第参話 【2】
「これはいったいどういう事だ?」
相変わらずの逆立った髪の毛と、派手な着物を着た天狐様がそう言ってきた瞬間、その場の空気が少し張り詰めます。何せ、天狐様が少し怒っていそうな気がするんです……。
「こいつは確かに、この私が以前捕まえた人間の女性に孕ませ、産ませた子供だ。私の跡を継がせる為にな」
そして、天狐様はその子に近付いていくと、前で両手を広げて通せんぼする香奈恵ちゃんを睨みつけます。
流石に天狐様といえども、僕の娘を怖がらせるのは許さないよ。
「九尾のいなり寿司を食べさせたのは……いや、勝手に食ってしまったのはしょうがないが、固定させたのは誰だ!」
そう怒鳴る天狐様だけど……その前に反論しないといけないよね。
「天狐様……この子が、伏見稲荷の社殿にあるそのいなり寿司を食べる前に、なんで止めなかったんですか?」
「……」
天狐様が答えないよ。でも、僕はそのまま詰め寄って追求するよ。
「天狐様、なんで止めなかったんですか?」
「えぇい! うるさい! 私も忙しかっ……あぎゃっ!!」
「あっ、しまった……」
後ろから詰め寄る僕に向かって、天狐様が叫びながら、振り向いて緊縛の妖術を発動してきたから、つい神通力を使って跳ね返しちゃったよ。
「つ、椿……貴様その力はまさか!」
そう言えば、天狐様も神通力が使えるけれど、僕の右腕にある空狐様の神通力の方が強かったよね。
自分の力が跳ね返されるということは、空狐様の神通力以外あり得ないみたいなんだよね。だから、驚くのも無理はないです。
「うん、空狐様の神通力をね……ただ、まだ使いこなせてないから、咄嗟に力を使わせないで欲しいかな」
「ふん、知ってたら使わせんかったわ」
それを、縛られながらじゃなかったら格好ついたと思うけどね。僕のせいでごめんなさい。
だけど天狐様は、そのあと直ぐにその緊縛の妖術を解くと、再び立ち上がって香奈恵ちゃんの方を見ます。正確には、その後ろにいる男の子だけどね。
もちろんその男の子は、怖がって香奈恵ちゃんの背中にしがみついています。それを見た天狐様はため息です。
「お前の娘に懐いたか……となると、分かってるな?」
「うぅ……やっぱりそうなんですね……香奈恵ちゃん、良く聞いて。君は今から、その子の世話係になったから」
「……へっ?!」
そりゃ、僕の言葉を聞いて目を丸くするのは当然ですよね。だって香奈恵ちゃんは、子育てとか何かを育てた経験はないからね。って、育てる必要はないんだけど……。
「まぁ、世話係と言っても、色んな事を教えて上げる役……だね。そこまで難しい事じゃないけれど、その子の性格を決定付ける重要な役だからね」
生まれが特殊だから、その子は普通の育てられ方をしていないんです。だから、色々と抜けているの。
その補完をするのが世話係の仕事なんだけど……基本的に懐いた妖怪や半妖、人にやって貰うんです。
まさか香奈恵ちゃんに懐くなんて……。
「そ、そんな大役私には無理!」
「ん~僕達も補助はするから……」
もちろん香奈恵ちゃんは戸惑っています。だけどそう言った後に、急いで僕の後ろに回って来ています。凄く嫌な予感……。
「やっ!! 私は椿ちゃんの娘として育てられるの!」
「ひぁっ!! 尻尾に引っ付かないで!」
やっぱり、香奈恵ちゃんが必死に僕の尻尾にしがみついてきました。
「きゃんっ!!」
だけど、そのあとに香奈恵ちゃんも悲鳴を上げてます。どうしたのかな?
「ちょ、ちょっと……君まで引っ付かないで!」
「…………」
あっ、例の九尾になっちゃった男の子が、香奈恵ちゃんの尻尾にしがみついていました。
というか、何この状況。くすぐったいし悶えそうだから、離れて欲しいんだけど?!
「ちょっと、2人とも離れてよ!」
「私はいやぁ~~! ちょっと、君が私から離れて!」
そして、そのままゾロゾロと行進です。
これ見たことある! お互いの尻尾に掴まってゾロゾロと歩き回るの、おもしろ動物映像で見たことある!
「可愛いの」
「まぁ、1人男子が入ってるが、まだ殆ど知識がない無垢な状態だ。そう思うと、3人とも小動物みたいで可愛いものだな」
「ちょっと、なんで僕まで小動物扱いなの?!」
白狐さん黒狐さんは、それを見ながらほっこりとしていて、お茶を啜っています。そんな場合じゃないってば!
天狐様はまだ怒ってるから、そっちを何とかしないといけないよね!
「まぁ、あとで天狐のいなり寿司を与えれば、九尾の妖気を上書き出来る……が、姿は上書き出来ん。九尾のままだ。これは重罪だぞ……妲己!!」
「ぎゃひぃっ!! な、何で私よ!」
あっ、妲己さんが天狐様に思い切り尻尾を握られた。というか、一瞬で天狐様が妲己さんの後ろに回り込みましたよ。
「何回私から目をそらしている!」
「な、何の事……?」
そう言いながら目を逸らしてるよ、妲己さん!
「まったく、大方固定の茶を間違って飲ましたのだろう! 今は嫁となっているから重罰は与えられんが! 夫である黒狐と白狐と共に、ある依頼に行って貰うからな!」
何で白狐さんまで……とか思っちゃった僕は、もう相当白狐さんよりになっちゃってます。
「あの、天狐様……白狐さん黒狐さんは僕の……」
「分かってる。だがお前は、まだ空狐の神通力を扱いこなせてないだろう? しばらくはそれを扱いこなす練習をしろ」
天狐様の背中に向かってそう言い返そうとしたけれど、ダメでした。正論を言われちゃいました。確かにその通りなんです。
「はぁ~椿ちゃんの尻尾……フカフカ~」
「……落ち着く……」
あ~それと、この2人も何とかしないといけないよね。
結局僕の方が先に力が抜けて、そのままその場にへたり込んじゃまいました。
それに続いて2人も座ったんだけど、香奈恵ちゃんは僕の尻尾を、九尾の男の子は香奈恵ちゃんの尻尾をもふもふしちゃってます。
僕は誰の尻尾をもふもふすれば良いのかな……僕が1番損してないかな?
すると、天狐様は妲己さんの尻尾を握ったまま引きずっていき、その場を出ようとします。多分依頼の事を話すんでしょうね。妲己さんは暴れてます。
「まぁ、何も跡継ぎはそいつ1人ではない。ただ、そいつが今の所優良なのだ。くれぐれも、これ以上の汚点は止めろよ」
そう言って天狐様は出て行ったけれど、少し気迫が籠もっていて、流石の僕もちょっと恐かったです。
何であそこまで跡継ぎに固執するんだろう……妖狐なら沢山いるのに。その妖狐達が、歳を重ねて天狐になるのを待つんじゃダメなのかなぁ?
そして、その場にいたおじいちゃんはただ黙って事の成り行きを見ているだけでした。たまにお茶を飲んだりはしてるけれど、いつものことだって感じでした。
天狐様が来ると、おじいちゃんはいつもこんな感じになっちゃいますよね。仕方ないと思うけれど、別におじいちゃんと天狐様の間には上下関係はないです。
だから、意見は言えると思うんだけど……触らぬ神に祟り無しなのかな?
「椿よ、我と黒狐は妲己の後を追う。しばらくは神通力の練習をしといてくれんか」
「んっ……分かりました。行ってらっしゃい。気を付けてね……」
天狐様の出す依頼だから、絶対に普通じゃないと思います。不安だけれど、そこは妻として、夫である2人を信じて見送るしかないです。
そして、ちょっと名残惜しそうにする僕を、2人は交代で抱き締めて行きました。ズルいなぁ。
でもね、僕の尻尾に2人が引っ付いた状態だったんだよね……いい加減離れてくれるかな? 2人とも?!
「はぁ~椿ちゃんのフカフカ尻尾~」
「ん~……」
あっ、ダメです。この2人、もう完全に別世界です。全くもう……。




