第拾壱話 【2】
空中に映し出された酒呑童子さんは、人間や半妖達に向かって話し続けています。
多分力を与えるというのは、黒い妖気の事。あれはいったいなんなの?
そして今思い出したけれど、この前それを酒呑童子さんに聞くのを忘れていました。僕のバカ。
とにかく、その黒い妖気を与えて妖怪化させるのが狙いだとしたら、この言葉に吊られて行ってしまうと、もう人間には戻れないです。止めないと……。
止まらない人がいても、事実を伝えて少しでも止めないと!
「おっしゃ~! 準備出来てるでぇ!」
すると、映像の酒呑童子さんを見上げる僕に向かって、後ろから浮遊丸がそう言ってきます。
僕の姿を、あの酒呑童子さんと同じように空中に投影する。そして酒呑童子さんを言い負かす。
それはそんなに簡単な事じゃないかも知れない。
それでも、何もしないよりかは……って、振り向いて確認した浮遊丸の身体に、コードが沢山付いてるよ。
あと、沢山ある目玉にはゴーグルみたいなものが付いていて、そこからもコードが伸びて、更に後ろにある大きな機械に繋がっていました。
いったいそれは……?
「あの、浮遊丸に何を繋いでいるの?」
「ん? これはの、妖電気の蓄電器じゃ。妖怪の妖気技術も日々進化しとるんじゃぞ」
そう言うおじいちゃんは得意気にしているけれど、おじいちゃんが作ったんじゃないでしょう?
因みに、妖電気はただの電気じゃなくて、電力が桁違いなんです。雷を、雷獣さんとかそれを扱うのに長けている妖怪さん達に集めさせ、そこに更に妖気を込めているからね。人間達が使ってるコンセントなんか使えません。
これは最近開発されたみたいで、おじいちゃんの家はその妖電気が流れています。
だから、人間用の携帯をおじいちゃんの家のコンセントで充電しようとすると、ショートして携帯が壊れちゃうんです。
人間用のも使えるように、両極性を持たせて貰わないといけませんね……。
「よっしゃ! いくでぇ!」
すると、浮遊丸がそう言った瞬間、そこに引っ付いているコードとかパーツとかを見ている僕に向かって、無数の目から発せられたサーチライトを当ててきます。
「わっ、わっ!」
「お~し! 妖気最大、電力フルパワーでいくでぇ!」
そうしないと投写出来ないの? まだまだ改良の余地がありそうですね。
すると浮遊丸は、そのまま体の横に付いている無数の目を、高速で体の周りに回転させていき、そして体の中央からまたサーチライトみたいにして光を放ちます。
「わっ! 僕が映ってる!」
そしてそのサーチライトの中に、僕の姿が空中に大きく映し出されました。水着姿の僕がね……着替えるの忘れてた!!
「わぁぁぁあ!! ストップストップ! 浮遊丸ストップ~!!」
僕は慌ててしゃがみ込むと、咄嗟に腕を前にしてその体を隠します。
「いや、無理や! 俺が映し出した瞬間は、しばらくは止められへんねん!」
1度その目の回転を止めないといけないから?
うぅ、このまま酒呑童子さんと言い合わないと駄目なの?! 恥ずかしすぎる!
『おっ? そっちも負けじと対抗してくるとはな~椿~で、それはサービスか? 殊勝な心がけだな』
『違~う!!』
映像の酒呑童子さんにそう言い返すと、映像の僕が、今言った事をリアルタイムに喋ります。
そりゃ、今ここにいる僕をそのまま映してるからね。恥ずかしがってしゃがんでた所も……ね。最悪です。
とにかく、僕は立ち上がって酒呑童子さんに抗議するけれど、酒呑童子さんの顔は真剣なままでした。
『体の方はあまり成長してねぇようだが……んで、てめぇはなんて弁明するんだ?』
ちょっと今の言い方にはカチンときたよ。僕だって少しは成長してるよ。
なんだか頭にきたから、腰に手を当てて胸を突き出しおきます。ただ僕の横で、何人か鼻に手を当ててしゃがみ込んだまま、親指だけを立てて「グッジョブ」のサインを出してます。皆何してるの?
『ちょっとは成長してるでしょ? ほら!』
言い返してはみたけれど、今この瞬間にも街の方では、僕の横にいる妖怪さん達と同じ事をしている人達がいるんでしょうね。そう思ったら、人間達も可愛いものかも知れませんね。
そう考えた時、僕の頭にあることが浮かびました。何も討論して打ち負かす必要なんて無かったよ。
人間達の習性と幅広いネットワークを利用すれば、僕達が言い争う必要もなく、人間達を取り込めます。
『酒呑童子さん。ここで言い争っても無意味だし、酒呑童子さんの今回の作戦を止めるのも、もう難しいからさ……最終的にどっちに付きたいのか、人間達に決めて貰おうよ』
『ほぉ……それは良いが、どうやって調べるんだ?』
確かに、この国の全ての人にアンケートを取る事は難しい……と思うけれど、妖怪達の方のネットワーク技術も進んでるからね。
人間達のネットワークに入り込んで、強制的にアンケートを取らせる事は出来ます。
でも、それだと無理矢理感があるし、抵抗する人達も出て来る。あくまでも前向きに協力して欲しいんです。
だから……。
『酒呑童子さんの元に行きたい人は行けば良いよ。その後どうなるかは、保証しないよ。つまり命の保証、人として生きていけるかの保証は……出来ないって事だからね』
『てめ……』
ふふ、何気にやんわりと酒呑童子さんの危険性を、示唆しておきましたよ。酒呑童子さんがちょっと顔をしかめたね。
『そこでね、酒呑童子さん。僕の今のファンクラブ会員数、4560万人を超える程の人達が、自主的に酒呑童子さんの元に行き、力を求めたのなら……酒呑童子さんの勝ち。期限までにその数を超えられなかったら、僕の勝ちにしない? 負けた方は、勝った方にもう口出し出来ないし、その計画の邪魔も出来ない。どう?』
殆どこの国の人口の3割近い数だけどね。半妖や妖怪も含まれているから、人間の方の数は分かりませんよ。
でも、それだけの数の妖怪や人間、半妖達が酒呑童子さんに賛同してしまったら、僕の計画は進める事は出来ないんだよね。
これが受け入れられずに拒否されたら、純粋な力だけではまだちょっと勝てません。空狐様の力が扱えてないしね……。
だから、少し緊張した様子で酒呑童子さんの様子を伺うと、酒呑童子さんは真剣な顔のまま、少し表情が険しくなっていました。
『……確かに、これに勝てば一気に計画を進められるな……だが言ったように、時間がねぇ』
『空亡の事? 妖怪だけを滅ぼそうって事だよね? でも、調べれば調べる程ね……人間にも無関係って訳じゃなさそうなんだよ。だったら協力的になってくれるし、良いと思うんだけどね』
『ちっ……調べやがったか』
あれ? 今舌打ちした? もしかして、この前のは嘘だったの?
すると、酒呑童子さんは腰に付けたひょうたんに手を伸ばすと、そのままそれを取って、その中に入っているお酒を飲み始めました。
『ふぅ……てめぇの言うとおりだ。黒い太陽の妖怪『空亡』は、この星に生きるもの全て根絶やしにして、大地も何もかも燃やし尽くす気さ。その復活まで長くて1年とない!! 半年だ! 半年までに決めやがれ! 人間! 俺様酒呑童子から危険な力を得て自ら戦うか!』
『僕達と協力して、自分達の持ってる本来の力で戦うのか! 選んで!』
正直、人間達にとっては無責任な事だと思うし、酒呑童子さんのやったことは許されない。決着は着けないといけないよ。
だけど、今は空亡への対策と……陰陽師の組織への対策です。この間にも、遠くの方で不思議な力を僕は感じ取ってるからね。
『結果を楽しみに待ってるぜぇ……椿ぃ~』
『こっちの台詞です!』
酒呑童子さんが腕を組みながらそう言うと、空中に投写されていたその映像が消えていきます。
僕はまた腰に手を当てて胸を突き出してるけどね。ただ、そろそろいい加減恥ずかしいかな……ムキになってついこんなポーズを……穴があったら入りたいよ。
それと、確認し合ってはいないけれど、目で分かりましたよ酒呑童子さん。
お互いの邪魔はしても良い。それと、僕のファンクラブの会員を増やすのも一向に構わない。ただ、最初に決めたボーダーラインは変わらない。
どれだけ僕のファンクラブの会員を増やせるかも、この勝負の鍵になってきますね。
うん、雪ちゃんが既にシャツの腕をまくって息巻いてますよ。香奈恵ちゃんもなんだか目がキラキラしてるし。
言っておくけど真剣勝負だからね! 遊びじゃないからね! 2人にはあとでキツく言っておきましょう。
すると、その直後に浮遊丸が力尽きて、僕の方の映像も消えました。
空を見上げると丁度日が沈んだ直後で、少し冷えてきている。いい加減着替えましょう。
さぁ……勝負だよ、酒呑童子さん。




