第拾壱話 【1】
撮影会も終わり、僕は着替える為にまた着替え用の部屋に移ります。
この格好で出て来た瞬間、皆拝んでました。だから僕はそんなんじゃないってば……。
殆ど紐のピンク色の水玉ビキニの水着。色んな付属を付けられて撮影されました。
ボレロとか付けたり、ヒラヒラのスカートみたいなものを付けたりね。
それと色んなポーズもさせられました。思い出しただけでも、顔から火が出そうな程に恥ずかしかったです。皆謎の盛り上がりを見せていたけどね。
とにかく、早く着替えたいです。
「良かった、元気そうね」
「お母さん……」
すると、僕が着替えようと別室に入った瞬間、そこにいた僕のお母さんが話しかけてきました。
普通に立っていたけれど、きっと空狐様の事で話があるんだと思う。ちょっと真剣な表情をしているからね。
「空狐は大丈夫? 昔天照大神様が、私達が子を成す時には、特殊な魂を使うと言ってはいたけれど……やっぱり、自分達の娘にこんな事をされるのは、いい気分ではないのよ」
「ん、ありがとう。僕も、香奈恵ちゃんがこんな状況になってたら、心底心配していたし、いい気分にはならないよ」
「そう……子供を産んだものね。まさか共感されるなんて……」
そう言うと、なんだかお母さんは感無量といった様子で僕に近付くと、そのまま僕の両頬を引っ張ってきました。
あっ、これ……怒ってるパターンだった。
「でもねぇ……椿ぃ? 無茶は駄目なのよぉ。あなたがぁ、相当無茶する時はぁ……ろくな事にならないのぉ」
しかも相当怒ってるよ! 語尾が伸びてるんだもん! これ、直ぐに謝らないといけないやつだ!
「ふぎぎぎ……ほへんなはい!」
「ん~? 聞こえなぁい」
聞こえなくしてるんでしょうが、お母さんが! ほっぺがちぎれるよ!
「まぁ、そこまでにしておけ、金尾。椿も本気で反省している」
すると、そのお母さんの後ろからお父さんが現れて、ちょっと強めの口調でそう言ってきます。
えっ? なにこのお父さん……いつもと全然雰囲気が違う。
「あらぁ……だけどぉ、娘の心配をしない親なんてぇ、良い親とは言えないでしょぉ? 椿も今は一児の母。見本は見せないとぉ……」
「十分見せてるだろう。それに今回の事は想定外だ。ある程度は大目に見るんだ。それと、駆けつけられなかった俺達にも非があるだろう」
「ん~そうねぇ……銀尾の言うとおり、私達が行けなかったからねぇ……」
そうなんです。僕が空狐様に身体を乗っ取られていた時、お父さんとお母さん、そして妲己さんと玉藻さんは、他の重要な事をしていて助けに来られなかったんです。
その任務を放っておかれた方が、僕は怒ったかも知れない。
実はあの時、伏見稲荷の僕の家に、亰骸の妖怪達が襲いかかって来ていたのです。
どうやら、座敷わらしのわら子ちゃんを奪おうと、酒呑童子さんが一計を案じたようなんです。
酒呑童子さんが僕の方に現れ、その注意を一斉に集めている間にわら子ちゃんを攫う。
でも、僕がわら子ちゃんを放っておくような事はしないよ。因みに、伏見稲荷の僕の家の方にはわら子ちゃんはいないけどね。
妖界の方の伏見稲荷にいたんだ。
ちょうど僕達の家のある所に、同じような家があるんです。わら子ちゃんはそこに居ます。
天狐様の結界もあるし、天狐様の目もある。何より、人間界の方の僕達の家から直通になっています。実は毎日会っていたんだよ。
だから、伏見稲荷の僕達の家を襲撃されたと聞いて、冷や汗をかきました。
お父さんとお母さんに、わら子ちゃんを守ってと言っておいて正解でした。
「それでもな、椿。あまり心配されるような事はするな。良いな」
「うっ……はい」
そして、いつもの親バカは一切なくて、真面目にそう言ってくるお父さんに、僕も素直にそう返事をしました。
いつものお父さんじゃないから調子が狂うよ。でも、いつ飛び付いてくるか分かりません。
「よし、空狐の神通力の扱いは、俺と金尾でやる。分かったら着替えて準備だ」
「へっ? へっ?」
だけど、お父さんはまだ飛び付いてこない。それどころか、大真面目な事を言ってます。
「何をしている? こういうのは早い方が良いだろう。それと、大勢の仲間がいたほうがいざという時には役立つだろう?」
「あっ、う、うん……えっ?」
お父さんが普通だ。逆に恐いんだけど……普段おちゃらけているからか、普通にしているだけで恐いです。
それに良く見たら、身なりもカッターシャツとチノパンで、そこらにいる普通のお父さんって雰囲気を出しています。
「お、おおお母さん……お父さんどうしちゃったの?!」
「どうしたも何も、本当に真剣な時になるといつもこうなのよ。でもね、良く見てみなさい」
「えっ? あっ……」
お母さんに言われてお父さんを良く見たら、何だか身体が震えているような気がします。必死に何かを我慢しているような……。
「ふふ、本当は親バカっぷりを出したいんでしょうけど、あなたの存在の維持に関わる事だから、そこは堪えてるのよ」
あ~ここで今僕が余計な事をしたら、お父さん壊れそう……それなら、素直に従っておくよ。
「ん、それじゃあ神通力の練習を――」
「椿ちゃん! 大変よ! 酒呑童子が……!」
すると突然、里子ちゃんがこの部屋に入って来て、そう叫んで来ます。
酒呑童子さんがどうしたんですか?!
「また襲ってきたの?!」
「違うけど、ちょっと来て!」
そう言うと、里子ちゃんは僕の腕を引っ張って、そのまま家の外に連れて行かれました。気が付いたら、皆も外に出ています。
するとそこには、巨大な酒呑童子さんが遠くの方で仁王立ちをしていました。空にも届きそうな程の大きさ……これ、酒呑童子さんの本体じゃない、映像か何かです。
『聞こえてるか~! この国の人々、半妖、そして妖怪達~!』
そして、僕がおじいちゃんの家から出たと同時に、空中に映し出された映像の酒呑童子さんが喋り出します。
『今、日本が妖怪の進出を受けていると、一部の人間の奴等はそう言ってるが、それは全て妖怪アイドル椿の策略だぁ~妖怪の立場が無くなりつつあるのも、そいつが原因になってる!』
しかもなんて事を言ってるんですか! 策略って……酒呑童子さん、なんでそんな酷いことを……。
『良いか、俺達亰骸は、生粋の妖怪集団だ! 人間との共存、人間社会への進出等、全く興味ねぇ! 進出なんてしねぇ! ただ俺達にビビっていれば良いんだけなんだよ! 人間!』
そして酒呑童子さんは叫び続けます。腕を組み、まるでこれを聞く人々に威嚇するかのようにして。
これ止めないと、このままじゃあ妖怪のイメージが悪くなるよ!
「椿、待て。例えリアルタイムだろうと、映像に何か文句を言っても意味がない」
「だけど……」
でも、何とかしようとその場から動いた僕の肩を掴み、黒狐さんがそう言ってきます。
『ただな、俺達は今戦力がいる! そこで……だ、人間。俺達が貴様等に力を与えてやろう。圧倒的な、強者の力だ! 欲しいか? 欲しいよな。人間は、超人的な力があればなぁって悲しい妄想をする生き物だからな! だが、それを現実にしてやるよ!』
いけない……これ、酒呑童子さんが本格的に動き出したって事じゃ無いの?
人間達の方から、望んで妖怪化する薬を飲んで貰おうという魂胆……そして、空亡との決戦の為の戦力にするつもりだ。
止めないと……少なくとも、酒呑童子さんの言ってる事は一部当たってるんだよ。
力が欲しい。人外の、超人になれる力が欲しいと思ってる人達は、結構いるんです。そこに酒呑童子さんはつけ込んだんだ。
「椿よ、これを止めるには酒呑童子を倒すしかない……が、ここでその効果を少し薄めなければ、力を欲する人間達が殺到するぞ!」
「そうは言っても、どうすれば!」
僕の後ろからそう言ってくる白狐さんに向かって、振り向きながらそう叫んだけれど、更にその後ろに浮遊丸さんが飛んでいるのを見て、なんだか察しました。
「大丈夫じゃ、浮遊丸に協力して貰い、酒呑童子のしている事と同じように、空中に椿の巨大な映像を投写する。あとは分かるな……」
要するに討論しろって事ですよね……僕に出来るかなぁ?




