第伍話 【2】
神妖の妖気が解禁されて、僕は白金の毛色と髪色になり、その髪の毛も長くなって腰の辺りまで伸びています。
昔、僕の神妖の妖気は無くなると、天照大神様からそう言われたけれど、元々僕の魂には空狐様の魂があって、そこにも神妖の妖気は封じられていたのです。
天照大神様が、それを糧に昨日の夜、僕本来の神妖の妖気を復活させてくれたんだけれど、以前に比べて格段に強くなってませんか?
「…………どうしよう」
ちょっと御剱を振り下ろしただけで、辺りにいた大量の妖怪さん達を吹き飛ばしちゃったもん。
白狐さん黒狐さんに、トヨちゃんまで吹き飛ばしてる……でも、その吹き飛んだ先に、3人の妖気と他の妖怪さん達の妖気を確認出来てるから、死んではいないね。
「お、おおおお兄ちゃん……」
「くっ……話が違うぞ……お前はもう、神妖の妖気が使えないんじゃないのか!」
「あ~酒呑童子さんにはその事言ってないのに、何で分かるのかな……だけど、ちょっとイレギュラーな方法で、神妖の妖気を復活させて貰ったんです」
多分、酒呑童子さんもこの展開は予想していなかったでしょうね。僕だって、昨日までは神妖の妖気が戻るなんて思ってなかったよ。
「くっ……くそ! このままじゃぁ、俺達は……」
「お、お兄ちゃん……こんな所で私達が捕まる訳には……」
流石に力の差が歴然としているからか、唐傘兄妹は僕から後退っています。もちろん、お兄さんがだけどね。妹は唐傘だから、お兄さんにその身を委ねている状態だもん。
だからって、このまま逃がすわけにはいきません。事情を聞くために捕まえておかないと。
「唐傘~お前等は行進の方を進めろ~」
「えっ? この声……!! うわっ!」
すると、唐傘兄妹に近付く僕の前に、何かが落ちてきました。しかもそのついでに、地面を割って土煙を出して、僕の視界を奪ってきました。兄妹を逃がす気だ!
でもその前に、聞こえてきた声に聞き覚えがあるよ。
「よぉ~椿~久しぶりだなぁ……てめぇはやっぱ相変わらずだなぁ、おい」
「……やっぱり、酒呑童子さん……なんですか? なんなの、その格好は」
そう、土煙の中から姿を現したのは、額に立派な角を付け、お酒の入ったひょうたんを腰からぶら下げた、あの酒呑童子さんの姿でした。だけど、容姿が違う。
無精ひげが生えていたのに剃ってる。
それと服装も、首元に黒いファーの着いた白いロングコートを羽織っていて、それには険しい顔つきをした鬼の顔の肩当てが付いています。
そしてその内側の服装は、黒いスーツ姿です。ネクタイまで締めていて……ピシッと決めています。目つきまで違うもん。
まるで全くの別人になったような感じがするけれど、この妖気にこの話方、その雰囲気はあの酒呑童子さんに間違いない。
僕の知ってる酒呑童子さんに……というか、酒呑童子さんが何人もいるかは聞いていないし、そんな事は聞かないけどね。
そして、つり目で気だるそうだった目つきは、決意の灯が灯ったようにギラギラしています。
「……酒呑童子さん。なんで……かはっ!!」
僕が酒呑童子さんに話しかけようとした瞬間、お腹に衝撃が……酒呑童子さんが殴ったの?! その場から動いてないよ! 空気圧を飛ばしたのかな。
「ちっ、これ位じゃ気絶しねぇか。完全に神妖の妖気復活か~椿」
「けほっ、けほっ……いきなり何を……」
そして気付いたら唐傘兄妹いないし! 酒呑童子さんの登場で、そのまま行進の方に向かったのですね。
とにかく、酒呑童子さんの登場は僕にとっては想定外だよ。
まさか出て来るなんて……でもそれほど、この行進が重要って事なんですね。
「酒呑童子さん、なんでこんな事を……! なんで亰骸なんて組織を……茨木童子と同じような事をしているんですか!」
「分かんねぇのか? 黒い太陽の事を」
「空亡の事? 覚醒して復活するとか、凄くマズい事になりそうな事は聞いたけれど」
「へぇ~そこまで聞いといて、まだ何もしてねぇのか? いや、してやがるが……甘ぇよ。人間と共存しつつ、空亡を迎え打とうなんてそんな考え、甘ぇんだよ!!」
すると、酒呑童子さんは険しい顔付きにのまま、僕に向かって拳を打ちこんで来ます。
「くっ……!! あぅっ!!」
咄嗟に白金の尻尾を何本か増やし、それを硬質化して前に出したけれど、それごと殴り飛ばされました。
強い……この状態の僕が簡単に殴り飛ばされたよ。
「お前は甘い。何もかも甘い。もう空亡は復活するぞ、覚醒してな。そして妖怪を滅ぼす。だがな……人間は狙わねぇ、それが空亡のやり方だ」
「えっ?」
地面に膝を突いて、何とか酒呑童子さんの姿を見失わないようにしている僕に向かって、酒呑童子さんはそう言ってきました。
もう復活する? それと、人間は狙わない? ちょっと待って……それって嫌な予感がする。
「気付いたか? 椿。人間達が、その命を懸けてまで妖怪を助けると思うか? なぁ!」
「…………うっ」
真っ先に「そうだ!」とは言えなかったよ。
共存の道を探っていても、人間はやっぱり自分達の事しか考えない。自分達に利益のある事でしか動かない。
人の絆の物語なんか良く報道されていても、全体からみたらほんの一握りの出来事。世界中で沢山起きている出来事の中の、1割か2割くらいの事……。
「そんでこの妖魔達……だ! 俺の計画が中々進みやがらねぇ。なぁ、椿。本当に人と妖怪が共存出来ると思ってるのか? 俺は無理だと思うね」
喋りながら妖魔をぶん殴らないで下さいよ。空の彼方に吹き飛んでいったよ。
この妖魔達……もしかして酒呑童子さんの計画も遅らせている? 僕達の計画が上手くいったら困ると思ってる? そんな意思があるの? 無いはずだよね……それなら、誰かが命令を?
あぁ、人間との共存は――
「僕は可能だと思ってるよ。例え時間がかかっても、この世界で生きている数多の生物の一員なんだって、そう思わせるまで僕は消えないし、諦める気はないよ!」
「もうブレねぇか……椿」
「ブレないですよ。だから止めますよ、酒呑童子さん。空亡だって、僕が倒してやります!」
「傲んじゃねぇよ、そう言うのは、俺に勝ってから言いやがれ!!」
すると、酒呑童子さんはもの凄い量の妖気を放出し、僕に迫ってきます。それに、その妖気には殺気まで混じってる。
僕を殺す気?
「やっぱ、退場させても戻ってくるよなぁ、お前はそういう奴だよな。だからよ、もう戻って来られなくしてやるよ……死ね、椿」
「くっ……」
こんな酒呑童子さんは見たことがない。
本気の殺気……本気で殺しにかかる動き。その動きに無駄はなく、情けは一切無いです。
「あっ……」
そして、ほんの一瞬の隙に……僕は酒呑童子さんの拳にお腹を貫かれていました。
油断していたんじゃない。本気の殺気の酒呑童子さんを前に、咄嗟に構えは取った。
でも、その構えも空しく、酒呑童子さんの腕が凄いスピードで……目に見えない程のスピードで迫ってきて、僕を貫いたんだ。
スピードもパワーも桁違い。これが本当の酒呑童子さん。本気になった酒呑童子さん。
「がふっ!! ぐっ、うぅぅぅ!!」
だからって、それで「はい、終わりました」って倒れ込む僕じゃないよ!
僕だって負けられない理由はあるし、師匠の酒呑童子さんを敵に回してでも、叶えたい夢があるんだ!!
そして僕は、お腹を貫く酒呑童子さんの腕を掴み、しっかりと握り締めます。
「へぇ、ピーピー泣いてた頃とは違うってか」
「はぁ、はぁ……僕も……げほっ、一児の母になってるんです。大切な者を守りたい想いは、あの時よりも強いよ!! 白金の狐狼拳!!」
「うぐっ……!! ぬぅぅぅう!!」
痛みは我慢する。血反吐を吐いても、そっちが先に倒れるまで倒れない!
そして僕は、腕に付けた火車輪を展開して、白金色の炎を逆噴射させると、ついでにその腕にも白金色の炎を纏い、それで酒呑童子さんの顔を殴り付けました。
だけど、酒呑童子さんはその場から動かない。しかも、強くなった僕を見てニヤついてる。
お願い……だから、そのまま吹き飛んでよ! その師匠面は止めて!!




