第伍話 【1】
妖怪の行進が始まってしまった今、それを止めようとする僕達の前に立ち塞がる、この唐傘兄妹を何とかしないと……このままじゃあ、大量の人間達が妖界に連れて行かれちゃう。
というか、周りの人間達が行進に気付かずに、そのまま行進に着いて行っているような……本当に大変な事になってる!
「お兄ちゃんには、指1本触れさせない!!」
「くっ……!」
すると突然、お兄さんに持たれている唐傘の妹の子が、その長い舌で僕を攻撃してきます。
因みにその体は何でも防げるのか、僕達の妖術が一切効かないです。舌は高速で槍みたいに鋭いし、攻守共に優れているよ、この子。
そして、白狐さんと黒狐さんとトヨちゃんはというと……。
「くそっ……椿よ!」
「えぇい、お前等! 退け!」
「椿ちゃん! 今行くから!」
気付いたら、行進する妖怪達に連れて行かれそうになっちゃってます。
どうやら、この唐傘兄妹が沢山の妖怪達に指示をしているらしくて、それとなく白狐さん達を僕から離していたみたいなんです。
「ふふふ……お兄ちゃんの望む事は、何でも叶えて上げるの」
すると、完全に有利に立ったと思ったのか、妹の唐傘の子がそう言ってくる。
望み? この唐傘兄妹は、その望みを叶える為にこんな事を?
「その望みって何ですか? 犠牲を払っても叶えるべきものなの?」
「そうよ……もう使われず、その道具の存在と妖怪すら忘れ去られそうになっているこの世界……自分には関係のないものには、興味すら持たずに忘れ去り。興味を持ったら持論を展開してストレス発散する」
「そうだ、妹よ。そんな最悪な世界で、俺達はどうしてた……」
「消えかけた……消えかけてたのよ」
唐傘の存在は……別に完全に忘れられてるわけではないよ。ただ、その正しい使われ方はもうあまりされてないと思う。
基本的に、撮影とかに使われるくらいかな……だから、その唐傘の本質が歪み、君達みたいな妖怪が生まれたって事?
それでも消えかけていた……ということは、存在を忘れかけられていた。そんな事はないと思うけどね。
「なんで消えかけていたの? 君達の存在は、忘れられては……」
「ふん……人間が妖怪をあまり怖がらなくなったから……あんたのせいよ! 椿!!」
僕のせい? 恐怖によってじゃないと、妖怪は存在出来ないの? そんな事はないでしょう。
その存在を忘れられなければ、妖怪は存在出来るんですよ。
「あのね……存在を忘れられなければ……」
「へぇ……妖怪の本質を歪めたのに、そんな事言えるんだ」
「本質?」
すると、唐傘の妹に続き、お兄さんが続けてくる。
「妖怪の本質は恐怖だ。人間との共存など、あり得ないのだ! だから、あの方は戻そうとしている。歪んだこの状態を、本来の状態に。その為に、再び妖怪の恐怖を与える役として、俺達が抜擢されたのだ!」
「邪魔はさせないわよ!! 人間に恐怖させて、その存在を畏怖させる。ただそれだけで存在出来るあの時に戻してみせる!」
今のこの状態は……不自然だって言うの?
「御剱……」
「なっ……! 私の舌を?!」
そうだね。さっき高らかに自分達の目的を宣言したあと、また舌を伸ばして僕に攻撃をしてきたけれど、いつもの巾着袋から御剱を取り出して防ぎました。これなら防げると思ったよ。
「君達の言いたいことは分かりました。人間と共存する世界の実現は、不可能だって事を言いたいんですね」
「当たり前よ、こんな弱肉強食の世界! アピール力の弱い妖怪は、存在する事すらままならないわよ!」
「人間との共存……聞こえは良いが、こんな世界で妖怪が存在するために必要なのは、人間にその存在を忘れられない為に、その為に人間に媚びへつらわなければならない事だろう」
『お前には、妖怪としてのプライドは無いのか!!』
「あっ……」
最後は兄妹同時にそう叫ばれてしまいました……。
確かに、今僕が作り出したこの状況……人間に危害を加えずに、尚かつ存在を忘れて貰わないようにするには……僕みたいに有名になる以外では、その方法しか……。
結局僕は考えが甘かった。ううん、考えていてもそこまでに至らなかった……。
妖怪としてのプライド。確かに、そんなものは捨てないといけないかもしれない……僕の考える人間と共存する世界では……。
「だけど、亰骸は違うわ! 正しき妖怪の存在。正しき人間と妖怪の在り方。そんな前の世界に戻してくれる。そして、あの大敵とも戦うと宣言されたの!」
「賛同する奴等は、瞬く間に増えている。お前はもう……前時代の犯罪者。戦犯に近い!」
戦犯は言い過ぎだよ、戦犯は。意味が違うってば。
「だから……あんたはここで死んでおきなさい!」
そう……僕の考えは間違ってる。
間違ってる?
「御剱、風来神威斬!」
「へっ……きゃぁっ!!」
お兄さんが咄嗟に唐傘の妹を動かしましたか。ギリギリの所で、僕の飛ばした風の刃を避けられました。
「折れなかったか」
「……そうだね、ちょっと折れかけたけれど、忘れてたよ。僕の描く世界は……まだ出来ていない。途中なんです。邪魔な存在があって、上手くいってないの」
その存在を何とかしないといけない。
今そんな世界になっちゃってるのは、そいつらのせいなんです。だから何とかしないといけない。
悪意しかない、意思のない化け物に近い存在。妖魔。
こいつらが、僕の理想の世界の実現を遠ざけているんです! こんな世界になっているのも、こいつらのせい。こいつらが暴れているからなんです。
そして、今この場にもいる!
妖怪達の行進の中に、何体も紛れている。僕の背後からも近付いている。
それは日に日に増えている。日に日にその悪意が強くなっている。日に日に凶暴になっている。
いったいこいつらは何なの?
「お、お兄ちゃん……」
「ちっ、厄介な……だがな、こいつらが凶暴化しているのも」
「違うよ……こいつらの凶暴化は、僕のせいじゃない。原因はもっと別にあるよ」
ただ、それが分からないからずっと調べていたんです。
それを、黒い妖気で強化した撫座頭の能力で台無しにしてくれて……お陰で、妖魔達がまた強くなってるじゃないですか。
とにかく、もう白狐さん黒狐さん、そしてトヨちゃんの姿は見えなくなった。だったら良いかな……皆には秘密にしていたけれどね。
実は昨日、夢で懐かしい声を聞いて、ある力が復活していたんです。
『遂にこの時が来ましたね、椿。覚悟は出来ていますか? 再び始まる大きな戦いに、その身を捧げる覚悟は……』
そんなの、出来てるに決まっている。そう答えた瞬間、懐かしい力が僕の中から溢れ出し、そして満ちていくのが分かりました。
だから、飛翔も割と簡単に出来たんだよ。コントロールが出来ていなかっただけでね。
そして僕は、その力を解放し、全身に満たしていく。
さぁ……始まるよ、ここからは僕の番。もうお前達に、攻撃なんかさせない!
「ちょっと……なにそれ。なにその力! もしかして!」
「くっ……ま、まさか!」
「ふふ、さぁ……覚悟は出来てる? 負なる者」
『神妖の妖気?!』
正解です。しかも、僕本来の神妖の妖気、プラチナ色の毛色をして、無数の尻尾を持つ白金の妖狐の方だよ。
そして、その神妖の妖気を御剱にも流し、その刀身の真ん中を割って、そこから新たに光の刀身を出します。
「白金の神威神斬!!」
その後、僕はその御剱を上に掲げて振り下ろします。
それだけで、御剱の光輝く刀身が一気に伸びて、その刃が地面を裂いて空を斬っていきます。避けられるとか防げるとか、そんなレベルじゃないからね。さぁ、どうするの?
「ちょっ、お兄ちゃん、逃げ……!!」
「無理だ……大丈夫、お前とは一心同体だ……何時までも……!!」
すると、妹の唐傘の子はお兄ちゃんを守ろうとその身を前に、だけどお兄さんは、妹の唐傘の子に覆い被さるようにして守ろうとします。
良い兄妹だね。でも、僕が殺しをすると思う?
ちゃんと2人のギリギリの所を掠めさせています。ただ、後ろの街路樹は真っ二つですけどね。
久しぶりで威力のコントロールが上手くいかないや……。
そしてその場には、放心する唐傘兄妹だけが残りました。ついでに周りの妖怪さん達まで、全員吹き飛ばしちゃいましたよ。
本当、コントロール出来てないよ! 白狐さん達まで何処かに吹き飛んじゃった!




