第参話
あの後、いつもの移動用の妖怪さんに乗って移動をして、僕達は堀川通りにやって来ました。
ここは北大路通りとの交差点。近くに閑静な住宅街のある場所です。
実は咲妃ちゃんの実家もこの近くみたいなんです。そんな近くで妖怪達が大行進しているなんてね……。
堀川通りは、京都の中心を北から南に縦断しているとても大きくて長い通りです。
主要道路といっても過言ではないから、こんな所で大行進されたら大迷惑なはずなんだけど、そう言った苦情はまだないみたいなんです。
恐らく、苦情すら出せない状況なのかも……。
そして、その大行進が始まるのは夕刻らしいのです。どこから始まるかも分からない、だから一応、僕と白狐さん黒狐さんは北の方に待機です。
トヨちゃんがその先を少し行った所の、大きな病院に向かう鞍馬口通りの交差点の所。
美亜ちゃんと飯綱さんは都市部の方、御池通りの所です。前にも行ったけれど、オフィスビルが多く建っている所です。
これで準備は万端、いつでも来なさいだよ。
「そうだ椿よ、待っている間に飛翔の練習でもするか」
「……こんな時に何を言っているんですか?」
こんな時に飛翔の練習とか……黒い妖気を纏った妖怪達が、突然
現れたらどうするんですか?
とりあえず目を細めて白狐さんを見るけれど、どんな時間も無駄には出来ないだろう? と言いたそうな目で見つめ返されました。
僕、白狐さんのその目には弱いの……。
「分かった、分かりました……練習しておきます」
「よし、といっても簡単なんだぞ。風や空気の流れ、その呼吸を捉えば簡単だ。椿は最近、風の妖術を得意とする。恐らく簡単だろう」
風……空気。その呼吸を捉えるって、それが難しいと思うんだけど……風の妖術で飛ぶのとは違うのかな?
「ん~風の妖術で飛ぶのとは違うの?」
「そうじゃな、少し違う。風を使うというよりも、自らの体を浮かす感じ……空間を認識する事も大事じゃな」
「まぁ、俺達はそこまで深く考えずに飛ぶからな。理解をするな、感じろ」
いや、難しいってば……車の運転を習いに行ったのに、感覚で覚えろと言われている気分です。
車の運転習いに行った事ないけれど、この前捜査零課の半妖の刑事、杉野さんに愚痴られたからね。多分、こんな感じだったんでしょう。
「ふぅ……とりあえず飛んでるイメージを強く持っておきます……行くよ……てぃっ!! あっ……ぶ!!」
はい、縁石に足を引っ掛けて道路に向けて顔面ダイブです。車が来てたら危なかったよ! 来てないタイミングでやって良かったよ。
「ほら椿よ、こんな感じじゃ」
「全く、俺達が手本を見せる前にやろうとするとはな」
すると、僕の上から2人の声が聞こえてきます。慌てて顔を上げると、そこにはフワフワと空中に浮かぶ2人の姿がありました。
体が淡く光っているのと、2人の周りに妖気が漂っている事から、妖気を使う事はもう分かりました。
というか僕ってば、妖気を使わずに飛ぼうとしてました……バカじゃないの?
とにかく、今度は妖気を体中に込めて……力いっぱい飛んでみます!
「ん~……たぁっ!!」
「いかん、椿よ! 妖気を放出しろ!」
「弾丸みたいになる奴がいるか!」
いきなり建物の壁が真正面に?! どうなったの僕? どうなってるの! 放出? 妖気を放出するんですね!
「ぎゃんっ!!」
だけど、この辺りに唯一ある高い建物の壁に激突してしまいました。しかもそのまま落ちてる!
「あわわわわ!! ギャフン!!」
そしてまた地面にダイブです。何回顔を打ち付けるんでしょうか……僕は。
「大丈夫か……椿よ」
「妖気を込め過ぎだ。ジェットロケットのようにして飛んでいたぞ」
飛べたのは飛べたんだね……でもジェットロケットって、妖気を放出しなかったら、そのまま貫いてましたね……あ、危ない危ない。
「う~難しいよぉ……」
「まぁ、繊細な妖気コントールが必要じゃからな」
「白狐、初めは上昇や下降をやらせた方が良さそうだな」
「むっ? そうじゃな。よし、練習するぞ椿よ」
そうですね、練習しないとまともに飛べそうにないです。
とにかく、上に浮いてから下に降りてを繰り返せば良いんですね。
だけど、これも妖気を込めすぎたら大変な事になるよね。
宇宙ロケットみたいに大空に……とにかく、妖気はあまり込めずに放出しながら……風、空気、空間、それを意識していけば……。
「んぅ……おっとと……」
「ほぉ……」
「もう妖気のコントロールを……まぁ、元よりその素質はあったからな」
「うむ。そうでなければ、あのような多彩な妖術は扱いこなせん」
ちょっと、2人してそんなに褒めないでよ……恥ずかし過ぎて妖気の放出の加減が……!!
「あわっ!! うぷっ……」
「んっ? おぉ」
あぁ、ほら、ちょっと妖気を放出しすぎてバランスが乱れて、そのまま白狐さんの胸に向かって飛んでいっちゃったよ。
もちろん、白狐さんはそのまま抱きしめてきたけどね。そうすると思いました。
「そうかそうか、褒められて嬉しかったのか?」
そして、白狐さんはそう言いながら僕の頭を撫でてきます。だけどね、まだそのご褒美は早いよ。完全には飛べてないから。
「む~まだ頭ナデナデのご褒美は早い」
「ん? そうか」
だからって抱きしめる腕に力を入れないで、そっちのご褒美もまだ早いから。
「白狐さん……練習させて」
「まぁ、あまり根を詰め過ぎるな。この練習は妖気の減りが凄い。そんな長時間練習しては、この依頼をこなせないだろう?」
「あっ、そっか……」
そうなると、普段から練習しておかないと。
もちろん図書館から帰ってからというもの、白狐さん黒狐さんに飛翔については教えて貰っていたよ。
その術の質とか、そういった事をね。そこを理解していないと飛翔は出来ないみたいなんです。
だから今僕は、多少でも飛べたり出来たんです。飛翔の理解がなければ、全く飛べないみたいなんです。
「さて……大行進をする妖怪達はまだか?」
黒狐さん……ずっとジェラシーの目を向けていましたね。しょうがないなぁ、今夜は黒狐さんに抱きついておこうかな。
それにしても遅いですよね。まさか、トヨちゃんと美亜ちゃん達に何かあったんじゃ……。
するとその時、僕の方のスマートフォンが鳴り響きます。
「おっ、来たか?」
「ちょっと待って、出るから。もしもし? トヨちゃん?」
電話の主はトヨちゃんです。ということは、鞍馬口通りの方からですか。
『椿ちゃん……あの、大量の妖怪達はまだだけど……1人怪しい妖怪さんがいるんだよ。ちょっと来てくれる?』
怪しい? いったいどういう事だろう……とにかく、行ってみた方が良いかも。
「分かりました。今行きますから、ちょっと待ってて下さいね。行きますよ、白狐さん黒狐さん!」
そして電話を切ると、僕は急いで白狐さんから離れて、トヨちゃんのいる鞍馬口通りの方向に向きます。
あれ、でもちょっと待って、今僕ってどこにいたっけ?
「椿よ」
すると、その後ろから白狐さんが声をかけてきて、下を指差します。
「あっ、あれ……?」
地面が遠い……僕、浮いてる? 嘘、飛べた……いや、僕浮かんでるの?!
「や、やっ……たわぁぁあ!!」
はい、そのまま落ちました! ですよね、そう簡単にいかないよね。なんか、たまたま無意識で上手くいっていただけでした!
「きゃん!!」
「まぁ、そう上手くは行かぬか……」
「ちょっ、ちょっと白狐さん! 尻尾は駄目ぇ!」
そして落ちていた僕を、白狐さんが助けてくれたけれど、尻尾掴まないで! ちょっと危なかったよ、色々と……。
でも、その後直ぐに僕をお姫様抱っこしてくれました。これは良いけれど、この状態で飛んで行くなんて……何というか、心臓がドキドキしちゃって落ち着かないよ。
「白狐、半分で変われ」
「嫌じゃ」
「ぬっ……! まぁ、良い。後で椿が勝手に……んっ? どうした」
まぁ、そうしたかったけれど、黒狐さんの下半身を見てたら何だか危なそうだなって思ったの。だから止めておくよ。
「黒狐さんのケダモノ」
「うぐっ!」
僕なりに冷たい目を浴びせておきました。そしたら、黒狐さんはそのまま項垂れて、フラフラと僕達の後を着いて来ます。これ面白い。
ケダモノになるのは夜だけにしておいてよ……黒狐さん。




