第拾弐話
伏見稲荷の家に帰ってきた僕達は、既に家に帰っていたお母さん達を見て唖然としてしまいました。
だってその隣に、腕と脚に包帯を巻いている咲妃ちゃんの姿があったから。
「あ、あの……そちらの方は大丈夫でしたか?!」
「いや、うん……な、何とかね。それよりも、咲妃ちゃんが既に助けられていたとは思わなかったです」
「何よ~? 私達が苦戦するとでも思ってたの?」
「いひゃひゃ! いひゃいです、妲己さん! そうではないけれど、早すぎるというか、それとその人!!」
ボソッと呟くんじゃなかったよ。妲己さんの耳がピクピクと動いた瞬間、思い切り僕のほっぺを抓ってきました。
それよりも、僕のお父さんが連れている、縄で縛り付けられたその人って……。
「あっ、父です」
すると、僕が見ているのに気付いたようで、咲妃ちゃんがそう言ってきました。
やっぱり、咲妃ちゃんのお父さんですか。聞くところによると、陰陽師の組織『式柱』のトップをやっているみたいです。
まさかついでに捕まえてくるなんて……流石最強の妖狐4人衆です。
その人は短髪で丸眼鏡をかけていて、ちょっと頬がこけてはいるけれど、威厳はある感じです。目が恐いですからね。
何で荒いことをする組織の上に立つ人って、こうも目が鋭く恐くなるんでしょう……。
「咲妃よ……妖怪どもの手を借りるとは、情けない娘だ……うごっ」
「ちょっと黙れ……自らの娘にそんな辛辣な言葉を与えるとは、なんて父親だ! 自分の娘だろ、もっと愛で……ぐほっ!」
「お父さんもちょっと黙ってて」
咲妃ちゃんのお父さんの言葉に、僕のお父さんがキレちゃったけれど、キレるポイントが違うってば。恥ずかしい事を叫びそうになったから、ハンマーみたいにした尻尾で頭を叩いておきました。
「……椿ちゃん、良いお父さんね」
「そうですか? というか、話進まないから」
羨ましいそうな目で見ないで、咲妃ちゃん。
確かに君のお父さんが君にする仕打ちを考えたら、僕のお父さんは良いお父さんかも知れないよ。だけどね……。
「ふふ……反抗期もまた愛の試練。これを乗り越えた時には、この時の苦労が……」
何かブツブツ呟いてるよ。一生反抗期でいようかなぁ……。
とにかく、僕は咲妃ちゃんのお父さんに近付き話しかけます。
「さて、咲妃ちゃんのお父さん。今やっている妖怪掃討作戦。中止にして貰って良いですか? と言っても、1番上の人間であるあなたがいなければ……」
「ふっ、くくくく……」
何かおかしいのでしょうか? 僕の言葉の後に、咲妃ちゃんのお父さんが含み笑いをしてきます。そして、咲妃ちゃんの顔色もどんどん曇っていく。
何? まだ誰かいるの? 式柱を支えている人達が、まだいるというのですか?
もしかして、トップはこの人じゃない……それとも、他にも何人もその代わりをしている人がいる……ということ?
「椿ちゃん……京北の方の鞍馬天狗さんの家で、強い人達が2人いなかった?」
「いました。確か、神格の陰陽師とか……何だか変な事を……」
「実は今回の妖怪掃討作戦は、その人達の立案で、その人達がメインで動いているの」
「えっ……? それじゃあ、咲妃ちゃんの父親を捕まえても……」
「うん、あんまり意味がないんだ」
そして、咲妃ちゃんと僕が会話している間中、ずっと不敵な笑みを浮かべている咲妃ちゃんのお父さんが、僕達に向かって話しかけてきます。
「神格の陰陽師は4人だ……戦ったのなら分かっただろう? 奴等は別格だ、まさに神の如き力を持っている。何とか退けたとしても……」
「まぁ、あの2人なら倒したけれど、多分また動くんでしょうね」
「なにっ?!」
そんなに意外だったのかな? 自信満々に説明していた所悪いけれど、事実を突きつけておきました。
それにしても、あのレベルの人があと2人いるなんて……それにあの人達、人間かどうかも怪しいです。
だからって妖怪ってわけではないよ。妖気は全くなかったからね。それじゃぁ、あの力はいったいどうやって……。
「それはそうと咲妃ちゃん、あの妖狐は?」
「あぁ……月翔なら……」
ちょっと気になったから聞いてみたけれど、聞くんじゃなかったかな……凄く言い辛そうな顔をしている。ま、まさか……。
「あの妖狐さん、死――」
「――んでねぇからな!」
あっ、生きてました。僕の後ろから叫んできたよ。
だけどフラフラしてるし、頭から血がダラダラ出てるってば! 大怪我じゃん!
「ちょっと月翔! 動いたら駄目でしょう!」
「いいや、お嬢様を守れず怪我をさせてしまったんだ……! 寝ている場合なんかじゃねぇ! そこのおっさんに手を出される前に、俺が……!」
ちょっと、物騒なものを出さないで下さいよ。刀を抜いて咲妃ちゃんのお父さんに向けてます。
「月翔、止まれ!」
「なぅ……!!」
その後に、咲妃ちゃんが月翔さんに向かってそう叫びます。
すると、月翔さんはそのまま手を真っ直ぐ脚に付け、気をつけのポーズを取っています。
咲妃ちゃんに何か術でもかけられてるのかな? そんな感じの動きでしたね。
「玉藻さん。引き続き、月翔の治療お願いします」
「ふふ、分かったわ。途中で逃げちゃって、やんちゃなものよ」
「なっ、おっ……ちょっと待て、あれは……あれだけは止めてくれ! 玉藻さん! 自力で治るから、治癒力で治るからぁ!!」
「だ~めじゃ」
あぁ、玉藻さんが治療してくれていたんですね。
咲妃ちゃんが、月翔さんの後ろに現れた玉藻さんにそう言うと、玉藻さんはそのまま彼を担いで連れて行きました。お尻を撫でながら……。
玉藻さん、治療だよね? 他に何もしてないよね……月翔さんのお尻を撫でる撫で方が、どことなくいやらしかったような……。
「ごめんね、椿ちゃん。私じゃ、神格の陰陽師の4人を止められなくて」
「ん? あぁ、仕方ないと思うよ。あの2人は別格だったし、更にあと2人もいるなんて……想像もしたくないよ」
連れ去られて行く月翔さんを眺めながら、咲妃ちゃんがそう言ってきます。
でも、あんな人達を言葉だけで止めようとしても、多分無理ですね。
妖怪を滅ぼす。
このたった1つの事に囚われ過ぎています。
でも、こんな状態どこかで見たような……いや、何回か見ていますよ、僕とした事が……。
「咲妃ちゃん。その4人って、昔から陰陽師にいるんですか?」
「う、うん……小さい頃から私と一緒に、立派な陰陽師になるために修行してきた仲なの」
幼馴染みみたいなものですか……そうだとしたら、多分咲妃ちゃんが1番良く分かってるはず。
「その4人が、突然別人みたいになった感覚はありますか?」
「ある。2~3年前から……だよ」
ということは、もう確実ですね。
その4人は何かに操られているか、その体を乗っ取られているかのどちらかです。因みに……。
「ふふ……ふふふふ……くくく。2人倒した所で、あの4人が一斉に襲いかかれば、貴様等でも、ひとたまりも……」
「黒羽の妖砕矢」
「……っ!!」
後ろでブツブツ言ってる咲妃ちゃんのお父さんも、同じだったと思いますよ。
念のために黒羽の妖砕矢を打ったら、咲妃ちゃんのお父さんから黒いアメーバみたいなものが飛び出して来ました。
「お父さん!!」
「何ですか、これ?」
妖気も何も感じない。この黒いのはいったい何ですか?!
「ぬぅ……なんじゃこれは……気持ち悪い」
「祟り神とかそんなレベルじゃない、強い負の気を感じるぞ!」
だけど、それを見ていた白狐さん黒狐さんがそう叫びます。もしかして、相当ヤバいやつですか? これ……。
出すんじゃなかったかな? だけど、まだ咲妃ちゃんのお父さんの体に引っ付いているし、何とかしないと……。
「椿よ、これは神術で浄化せねばならんが……我等2人には浄化の力はない」
「前の僕なら、何とかなった……?」
僕のその言葉に、2人は答えにくそうな顔をします。それだけで十分答えになってるよ。
やっぱり神妖の妖気がないと、この先キツそうです……。
そう思っていると、黒いアメーバみたいなものは、また咲妃ちゃんのお父さんの中に戻っていきました。当然、咲妃ちゃんのお父さんはそのまま気絶しました。
それを見て心配そうに駆け寄る咲妃ちゃんに、僕は「大丈夫です」とは言えなかった……。
とにかく、陰陽師の組織『式柱』は、その全員が何かに操られているのだけは確かになりました。




