第玖話
あれからずっと図書館で読みふけり、何とか空狐様とその妖具に関しての情報は、頭に叩き込みました。
空狐様に関しては、僕の知っている事とあまり変わりは無かったです。
強力な神通力を持ってる無尾の妖狐。ただし、無尾じゃなくて限りなく透明に近い尻尾らしいです。
妖具が透明だったからもしかしたらと思ったけれど、やっぱりそうでした。
「ふぅ……志織ちゃん、ありがとう。そろそろ閉館だろうし、帰りますね。白狐さん黒狐さん、帰……何してるの?」
ここの閉館時間は、人間界の時間で夕方5時です。
もうその時間に近付いていたので、僕は帰り支度をするけれど、志織ちゃん以外の妖怪さん達が、床にへたり込んでいました。
「つ、椿よ……お主は途中で読みふけって、新たに出て来た図鑑の事を忘れていただろう?」
「あっ……」
そう言えば何冊か出てましたね。
最初は何とか処理していたけれど、その後に志織ちゃんがちゃんと空狐様の資料を出して来たから、ついつい読んじゃってましたね。そしてそのまま……。
お陰で僕抜きで対処していたんですね。ごめんなさい、ご苦労様です。
「椿、今夜は……分かってるな?」
「あぅ……やっぱりそうなります?」
それだけ2人を働かせちゃったんだけれど、僕もしっかりと情報を得ないといけなかったからさ……。
それでも2人が頑張ってくれたから、僕は記憶出来るくらい読み込む事が出来たんだよね。だから分かってますよ。
「志織……今回は何とかなったけれど、やはりあなたにはまだ最下層付近のものは早いわね」
「あぅぅ……」
そして、志織ちゃんの評価は変わりませんでした。
志織ちゃん、もっと頑張って経験を積んで下さい。そうしたら、今度は安心して君に頼めるからね。
―― ―― ――
その後図書館を後にした僕達は、移動用の雲の妖怪雲操童さんに乗って、伏見稲荷の家へと帰って行きます。
途中で、この数珠を使う為の方法を色々と考えたけれど……先ずは空を飛べるようにならないといけませんね。
黒き星を呼ぶ力は……その後です。嫌な予感しかしないけどね。
そして、気付いたらあっという間に僕達の家に帰り着いていたけれど、そこでは家で待っていた皆が慌てていました。
「あっ!! お母さん帰って来た!」
「椿ちゃん!」
「姉さん!!」
そして、香奈恵ちゃんが僕の姿を見てそう言った後、里子ちゃんと楓ちゃんが血相を変えて叫びます。
なに? 何かあったの?!
「どうしたの、皆。そんなに慌てて……」
『椿さん!!』
「うわっ! ビックリした!」
すると突然、ちっちゃな人形みたいな物が、僕の足下から目の前に飛びだしてきました。
もしかして、下にいたのこれ……踏むところでした。危ないなぁ……。
でも、巫女服のこの姿とこの声って……。
『式神からでごめんなさい。私です、咲妃です!』
「咲妃ちゃん?!」
そう、咲妃ちゃんをそのまんま、ちびキャラみたいにした感じです。最近の自分自身の式神って、こんな風にゆるくなるんでしょうか?
『あの、ごめんなさい! わ、私……何とかして止めようとしたのですけど……と、止められなかったです』
「うん、妖怪掃討作戦だよね? でも、それは何とか……」
『いえ、あの……京北の方の鞍馬天狗さんの家なんですけど、そこの結界を何とか突破出来たと……そう報告が!』
「何だって?!」
鞍馬天狗のおじいちゃんの家の結界を破った?!
あれ、そう簡単に破れるものじゃないよ! いったいどうやって……いえ、それよりも、大量の陰陽師達がおじいちゃんの家を……。
『1時間前に、総攻撃が始まったのです!』
「そんな……」
僕が本を読みふけっている間に、そんな事に……全く情報が来ないと、こうまで後手になっちゃうなんて!
「……っ! こうしちゃいられないです、今すぐ……」
「行ってどうするの?! 椿ちゃん!」
「香奈恵ちゃん?! どうって、皆を助けて……」
「そのまま捕まるの?」
「うっ……」
慌てる僕に向かって、香奈恵ちゃんは親友のカナちゃんモードになって、僕を諭してきます。
そりゃ僕達はお尋ね者。鞍馬天狗のおじいちゃん達に、追われる身になっちゃってるよ。
でも、それでも……大切な妖怪さん達、大切な仲間達なんです。見捨てるなんて……。
「落ち着いて椿ちゃん。そのまま突撃しても、その後が大変でしょうが。大丈夫、この子の式神は30分前に来ていたの。その間、私達がボーと椿ちゃんの帰りを待っていたと思う?」
「へっ?」
するとカナちゃんは、自信ありげな表情になって、手を上に挙げると、人差し指で空を指しました。
いや、正確にはこれ、ポーズを取ってます。何かを宣言するときのポーズを……。
「題して『敵か味方か?! 謎のダブルヒロイン。コンコンガール参上!』作戦!!」
「長いですから!!」
もうちょっと短く出来なかったの? それとダブルヒロインって、もう1人は誰?
「は~い! 椿ちゃん! 準備は出来てるよ!」
「トヨちゃん……」
コンコンガールって言った時点で、妖狐だとは思いました。
妲己さんか玉藻さんかと思ったけれど、2人はどっちかというと、参加するよりも、そんな馬鹿な事をする僕達の姿を見て楽しむ方が、好きそうです。
「して、作戦はどうなっとる?」
「突撃は何人だ?」
そして白狐さん黒狐さんは、もう既にその作戦で行く気満々です。
「椿~衣装は私と玉藻で用意したわよ~ちゃんと着なさいよね」
当然、妲己さんと玉藻さんは嬉しそうな顔をしています。衣装って何?
あのね、緊急事態なんだよ。
鞍馬天狗のおじいちゃんの家の妖怪さん達は、一筋縄ではいかないし、そう簡単にあそこが落ちるとは思わない……と思いたいけれど、あそこには今、その家を幸運で守ってくれる子がいないんだよ。
出来るだけ急いだ方が良いような気もするんです。
「うぅ……これ以外に方法はないんですか?」
狐のお面で顔を隠すのは良いと思うけれど、妲己さんと玉藻さんが用意してくれたこの衣装……これ着るの? ねぇ……。
急ぎたいけれど、それでもこの格好だけは……だから僕は、何とか他の案を出してくれるように言うけれど……。
「時間がないんでしょうが、今から他の作戦を考えてる時間なんて無いわよ!」
妲己さんに正論言われました。というか、この作戦考えたの誰……って、考えるまでもなく雪ちゃんと香奈恵ちゃんですよね。
目をキラキラさせて、しっかりとカメラを持って、どの角度でどのように撮るかの話し合いをしちゃってます。
「2人とも、もうちょっと真剣にお願いします」
「あたたた……!!」
「分かった、分かったから、尻尾引っ張らないでお母さん!」
雪ちゃんは普通にほっぺを抓って、香奈恵ちゃんは尻尾を引っ張っておきます。
流石は僕の子ですね、僕の尻尾と同じくらいの触り心地です。これは確かに、皆触りたがるよね。
『あ、あの……皆さん。今結構緊急事態で……』
「咲妃とやら、この者達はいつもこうなんじゃ。緊迫し続けていたら、ストレスで戦う前に体が壊れてしまう。これがこの者達の、戦う前の儀式のようなものじゃ」
『玉藻さん。そ、そうなんですか……?』
「とにかく、あなたは心配しなくても……んっ? どうした? 体が欠けていっているぞ?」
『あっ、いけない! お父さんに見つかっ――』
「咲妃ちゃん?!」
玉藻さんと咲妃ちゃんの式神が何か話してると思ったら、突然咲妃ちゃんの式神が煙に包まれて、人型の紙切れが地面に落ちました。
これってもしかして……咲妃ちゃんの身に何かあって、術が解けたの?
そんな……こうしちゃいられない。早くおじいちゃん達の所に行かなくちゃ!
「ふむ……それよりも、咲妃とやらはその鞍馬天狗の家にいるのかの?」
「玉藻さん、サラッとそんな事言わないで下さい。いない可能性の方が高いじゃないですか! それじゃあ、咲妃ちゃんは実家の方に……?」
もし咲妃ちゃんの身に何かあったら、陰陽師達の暴走を止めるのが難しくなってきます。
おじいちゃんの家にも加勢に行かないとだし……それなら。
「二手に別れましょう」
「それしかないの」
僕の言葉に玉藻さんがそう答え、そしてその場にいる皆が真剣な顔付きになります。
さぁ、行きましょう。全ての妖怪を滅ぼせると思って、僕達を舐めてくれたお礼は……しないとね。




