第捌話
志織ちゃんがテンパっているせいで、次々と最深部手前の図鑑コーナーから、図鑑が出て来ています。
しかもその全てが、妖怪達のライセンス取得の為の、訓練用の妖怪図鑑なんです。幻が次々と出て来る出て来る。
志織ちゃんを落ち着かせないと!
「志織ちゃん、志織ちゃん! 落ち着いて下さい!」
「はわわわ……どうやったら最深部に? どうやったら最深部に?! この分厚いのを全部退かせば……!」
「志織! そんな事をしても最深部のは取れません! 落ち着いて深呼吸して、目的の本の呼吸を捉えなさい!」
上司の人も一生懸命志織ちゃんに声をかけているけれど、志織ちゃんは落ち着く様子はないです。
しょうがないなぁ……声が無理なら、もうこの方法しかないですよ。
「志織ちゃん、志織ちゃん! はい、僕の尻尾!」
「ほぇ? あっ、わぁ……モフモフ」
咄嗟に志織ちゃんの前に行って、自分の尻尾を彼女の目の前でフリフリさせました。当然、志織ちゃんはそのまま僕の尻尾をモフモフしてきます。くすぐったいけれど、我慢我慢。
「はうぅ……志織ちゃん、お、落ち着きました?」
「へっ? あっ、はっ! ご、ごめんなさい……私」
「んっ、大丈夫です。落ち着いて続けて下さい。あっ、それと、上司の妖怪さんの声に耳を傾けてね」
何とか落ち着きを取り戻したみたいです。
良かった……声が駄目なら、もう物理的なものでしか無理でしたからね。僕の尻尾くらいで落ち着かせられるなら、いくらでも触らせるよ。僕が我慢出来る範囲でだけどね……。
「椿、とりあえずこいつらを何とするぞ!」
「あっ、はい! 黒狐さん!」
それと、そろそろ白狐さんを起こさないとね。サキュバスさんはもう居ないだろうし、もう寝ぼけても来ないでしょう。
―― ―― ――
その後、この部屋にやって来た大量の司書さん達と、やっと起きた白狐さんも加わり、何とか皆で図鑑を全て閉じることが出来ました。
結構ヘトヘトになっちゃいましたけどね……。
「すまん、椿よ……我とした事が……」
「本当ですよ、白狐さん。僕、ちょっと危なかったです」
こんな状況じゃなければ、僕は多分抵抗出来なかったと思う。というか、多分黒狐さんも加わって……あっ、でも、今日の夜も2人の相手をしないといけないんだった。
しょうがないなぁ……今日はちょっと特別に甘えようかなぁ。
「椿、夜はまだ早いぞ」
「ふえ? あぁっ?!」
僕、また顔がにやけてた?! 黒狐さんが嬉しそうな顔してそう言ってきましたよ。
「そう、その調子よ志織。良い? 最深部には取ってはいけない重要書類が多いわ。目的の書類を一つだけ取る繊細な動きと、集中力がいるわ。雑念は捨て、集中しなさい」
「は、はい……」
そして、僕達が図鑑を閉じている間に、志織ちゃんは上司の妖怪さんの指示の元、この図書館の最深部の部分まで進めていました。
と言っても、2人の会話を聞き取って、そうなんだなって思うしかないけどね。相変わらずこの部屋の周りを蠢き、形を変え続けている文字達を見ても、僕達には何も分からないですからね。
それに良く見たら、志織ちゃんの体が淡く光り輝いています。妖気も高まってるし、これは期待出来そうです。
「あっ……こ、これ? これ、かな。椿さんの探している資料」
「そう思うなら、取ってみなさい」
「はい……!」
不安がっている志織ちゃんに、上司の方がそう言います。
そしてその後に、志織ちゃんが天井に手を伸ばし、目を閉じて集中します。
お願いします……これ以上失敗されると僕達の体力も持たないし、志織ちゃんの評価も……。
すると僕の前に、紐だけで製本された、ボロボロの古い本が一冊降りてきました。
「これ……」
「そ、それが多分、椿さんの言っていた、空狐様の妖具について書かれた物だと思います。あの、空狐様の資料も要りますか?」
「あっ、はい。妖気が大丈夫でしたらだけど」
「任せて下さい!」
今ので自信が付いたのでしょうか、志織ちゃんは満面の笑みでそう言ってきました。でも、また図鑑を出さないで下さいね。
さて、僕は僕でこの本を見てみないと……随分と古い本だから、めくるのも慎重にいかないと。
それとこの表紙の文字、妖狐の里の空狐様の祠にあった、あの石碑と同じ文字で書かれています。象形文字みたいな、そんな文字です。これなら読める。
「…………無慧。それが空狐様の妖具である、この数珠の名前かな?」
表紙はそれだけしか書かれていない。それじゃあ、中に使い方が書いてあるのかな?
そして僕は、ゆっくりとページをめくります。
「椿よ、なんて書いてある?」
そんなに急かさないで下さいよ、読めるとは言え、かなり難しいんですよ。昔の言葉の言い回しが難しいですからね。
「うぅ……螺旋の渦の中、天翔る竜が如く力を持って、黒き皇を打ち倒さん。多分この『天翔る竜が如く力』が、この数珠を使えるようになるための条件かも……これはどういう事でしょう?」
「飛翔能力か?」
「白狐よ、そんな簡単な事ではなかろう」
えっ、飛翔能力? ちょっと待って、妖狐って飛べるの?!
「待って下さい! 白狐さん黒狐さんは飛べるの?!」
「んっ? あぁ、飛べるぞ」
「とは言え、妖気とは違う力を使わないといけないけどな」
初耳なんですけど……というか、そういえばそれっぽい事があったような……たまにどうやって移動したの? ということがあったからね。
「僕まだ飛べないから、もしかしたらそれかも……」
「ふむ、まぁ試す価値はあるかの」
「そうだな白狐、帰ったら練習してみるか」
練習……僕、飛べるのかな?
あっ、でも、この資料は持ち出し不可みたいだし、今の内に全部見ておかないと。
「えっと……『この妖具は、私自身しか使えないようにする。他の者に使われ、悪用されないようにしなければならない。その存在を、その事象を、何もかもをも無に帰してしまうこの数珠は、危険である』」
まぁ、この辺りは予想していましたよ。
ただ、その後に書かれた事がまた、この数珠の特殊性を際立たせています。
「『油断をすると、形を変えていく。無形の妖具。数珠は、1番形を成しやすかった』ですか……無形、形がない妖具だったんですね」
「椿よ……」
「あっ……」
僕が読み終わった後、白狐さんが机に置いてあった、空狐様の妖具を指差しました。
形が変わっていましたよ……扇子になってました。透明に近い扇子に……。
「なるほど、無形の妖具ですか……それと無慧をかけているのかな? それとも、他にも何かあるのかな?」
まだまだページはあるから調べてみます。
「『力は飛翔だけにあらず。星を呼ぶ力を持ってしなければ、この妖具は使えない。黒き星を呼ぶ力を持つ、この妖具を……』って、黒き星?」
「ふ~む、謎な事だらけだな……」
黒き太陽……黒き星。
あくまでもこの妖具は、空亡を倒すためだけに作られた妖具っぽいですね。
「う~んんん……」
後は基本的にこの数珠の能力とかくらいですね。
これ、使えるようになったらかなり強力なんですけど……流石、力だけ言ったら最強の妖狐です。
そんな妖狐の魂が、僕の中に?
未だにしっくり来ないけれど、使いこなせればかなりの戦力になるよ、これは。
「それで椿よ、その本はもう良いのか?」
「ん~出来たら複写したいけれど……」
白狐さんの言葉に答える様にして、僕は難しい顔をしてそう言います。もちろん、遠回しに志織ちゃんの上司の妖怪さんに言ってます。
「無理ですね。持ち出しどころか、複写も禁止されています。門外不出の物ですね」
「うぐ……そうですか」
そうなると、もう全部記憶するしかないですね。頑張って読み込みましょう。あっ、そうだ、そのついでに空狐さんの資料も読んでおこう。
「志織ちゃん、丁度良いから空狐様の資料も……」
「は~い! 今出してます~」
「うん、図鑑じゃないよね?! 戻ってる戻ってる! 階層戻ってるよ!」
「あ、あっれぇ?!」
もう大丈夫だと思ったのは僕の気のせいかな?! やっぱり志織ちゃんは志織ちゃんのままでした!




