第漆話 【2】
「それではいきますよ~」
志織ちゃんが気合いを入れて、この部屋の至る所に書かれている文字を見つめていきます。
蠢いたり形を変えたりとしていて、凄まじい情報量がそこに流れているんだなって思うと、ここの図書館の司書さんは、本当に大変な仕事なんです。
「てぃ!!」
そして、志織ちゃんがある文字を指差して声を上げます。すると、そこから1冊の本が僕の前に落ちてきました。
「これは……」
『誰でもお手軽に作れる、簡単妖怪食レシピ』
「志織ちゃん、これ料理本」
多分、ここの入り口の近くの本棚だと思います。もうちょっと進んで下さい、志織ちゃん。
でも、今日の晩御飯に使えるレシピがあれば見ておこうかな。
「あっれ~?」
「志織、落ち着きなさい。深呼吸して、もっと先にあるものを見つけなさい」
「は、はい!」
首を傾げる志織ちゃんに、上司の人がそう言います。
志織ちゃん、もしかしてあんまり成長してないんじゃ……ちょっと不安になってきました。
「ん~むむむむ……」
今度は目を閉じて集中しています。
お願いしますよ、出来るだけ数回で成功させて下さい。そうじゃないと……。
「これ!!」
「うぐっ!!」
「白狐さん?!」
今度は白狐さんの頭の上に、分厚い図鑑が落ちてきました。お陰で白狐さんが机に突っ伏して気絶しちゃいましたよ。
突然の衝撃だから仕方ないけどね。でも、この図鑑はいったい……。
『妖怪大図鑑 幻像集[海外編]』
「あの……ちょっと、嫌な物が出て来ましたよ?」
しかも、白狐さんの頭に落ちた衝撃で開いちゃってるよ、煙出てるよ、ちょ、ちょっと……これどうするの?!
「志織、惜しいわね。最深部の2つ上の階ね……あと2回、いえ、1回でいけるかしら?」
「やってみます!」
あぁ、これは僕達が何とかしないといけないんでしたね。とりあえず白狐さんは気絶してるし、黒狐さんと……。
「椿……後ろだ!」
「へっ? うわっ!!」
なにこの人?! 顔が三つある! 黒狐さんが叫ばなかったら、この人の剣で真っ二つにされてたました。
しかも黒い馬に跨がっていて、かなり迫力のある感じです。顔も厳つくて恐い。この人が海外の妖怪?
僕は恐る恐る、開いた図鑑のページを確認してみます。
「トリグラフ……さん? えっ、軍神ですよ」
「なっ……軍神だと?!」
すると次の瞬間、トリグラフさんは手に持った黒い剣で、僕達を切り裂いて来ました。
「危ない!! もう、容赦なく攻撃してこないで下さい!! 御剱!」
とにかく、僕も御剱を手にして応戦します。
だけど相手は軍神。僕の剣術なんかじゃ、太刀打ち出来ない事は分かっています。
「ふっ……弱い」
「あぅ!! くっ……」
やっぱり……軽々と受け止められて、そのまま弾かれて吹き飛ばされちゃいました。だけど、僕の尻尾の毛は付けられましたよ。
「うん?」
「はい、尻尾爆弾」
そう言って、僕は指を鳴らします。
ワザと吹き飛ばされて、ある程度距離を開けておきましたからね、遠慮なく爆発させます。
「かっ……!!!!」
そして、相手に付けた僕の尻尾の毛が爆発し、相手はそのまま霧散して消えました。
まぁ、幻ですからね……この程度だと思います。本当はもっと強いんでしょうね。
「椿……爆風でページがめくれたぞ」
「あっ……」
しまった、先に図鑑を閉じるべきでした。
「キキキ……悪い子供はお前か~?」
今度は何ですか? 醜い顔をしている、緑色の小人みたいなのが出て来ました。
あれ、これって棍棒を持たせたらそのまんまゴブリンじゃん。だけど、あんなに牙が大きくて鋭かったっけ?
「えっと……」
また図鑑を確認です。普通のゴブリンとは違うし、どこの国のゴブリンだろう。
「バグス? イギリス・ウェールズの民間伝承ですか……親の言うことを聞かない子供を食べる、ゴブリンの一種……そういえば日本でも、躾に妖怪が使われている事があるけれど、これもその類いかな?」
口裂け女さんとかそうですよね。
昔塾に行きたがる子供に、夜遅くになるとこんな化け物が出るよって事で、誰かが言い伝えた事で広がったからね。
「椿よ、のんびり読んでる場合か?」
あぁ、バグスが僕の隣で同じように図鑑に目をやっていました。
でも大丈夫です。このゴブリンは、親の言うことを聞かない子供を食べるんでしょ? 僕は子供じゃないし、親の言うことを聞いてないわけじゃな……。
「ケケケ!! 食ってや……!」
「何でそうなるの?! 狐狼拳!!」
「ゲェッ!!」
思い切り大きな口を開けてきたから、咄嗟に腕に付けた火車輪を展開して、炎を逆噴射させてブーストさせた拳で殴り付けました。
もちろん、相手は壁にぶつかった後に霧散して消えました……けど、さっきの衝撃でまたページが……攻撃する前に図鑑を閉じないと!
「んん? なんだここは」
今度は大っきい人が出て来た!! 巨人?! 何これ!
この部屋の天井に頭が付いちゃってますよ。というか、背中も折れちゃってます。3メートルから4メートル以上はありますよね。
「……バロール。ケルト神話に出て来る巨人族の首領ですか……ひとにらみで人の命を奪う邪眼持ち……って、マズいです!」
「もう倒してる」
「あっ……」
流石黒狐さん。相手が動いた瞬間には、もう黒い雷で倒していました。
とにかく、これ以上ページがめくれたらマズいので、僕はそのまま図鑑をソッと閉じました。
でも次の瞬間、また新しい図鑑が僕の前に落ちてきます。
「また妖怪図鑑?! ちょっと、志織ちゃん! 先に進んで下さい~」
「ふぇぇ……! 結構分厚いですぅ!」
「落ち着きなさい、志織! それ全部図鑑だから!」
駄目です、志織ちゃんが若干パニックになっちゃってます。次から次へと図鑑を……埋まる! この部屋埋まる!!
「わっ、わっ、わぁ!!」
そしてその図鑑が沢山落ちて来て、次々とページが開いちゃいます。そうなると、もう次から次へと妖怪達が出現してきます。
もちろん妖怪だけじゃないです。幻想生物図鑑もあるので、当然モンスターも……。
「わぁぁ!! ドラゴン! ドラゴンがぁ!!」
「白狐、起きろ!! 緊急事態だ!」
こんな状況でも、白狐さんはまだ気絶しています。それだけ衝撃が強かったの?!
「ん~椿よ、まだ足りんのか? しょうがない奴――」
「なんの夢を見てるんですか!!」
「ぐがっ?!」
口元にやけちゃって……夢の中の僕と何してるの! 罰として、ハンマーみたいにした僕の尻尾で叩いておきます。
「んん……? おっ、ここは……」
「もう、やっと起きた。ほら、白狐さんもこの騒ぎを――」
「なんだ、夢ではなかったか。しかしいつの間に服を着たんだ、椿よ」
寝ぼけてる! 白狐さんが寝ぼけて僕の腕を引っ張って、そのまま抱き締めてきました!
「白狐さん、寝ぼけないで! これ夢じゃないから!」
「あ~ら、良いじゃない。夢を見続けたら……というか、そのままイチャイチャしてくれたら、私も助かるのに~」
えっ? 白狐さんの後ろから声が……って、悪魔の尻尾に悪魔の角、そしてコウモリみたいな翼……おへその下に淫紋。これ、サキュバスさんだ!!
「おぉ……そうだな。よし、椿よ……このまま」
「わぁ~!! ストップストップ!!」
僕の服を脱がそうとしないで、白狐さん!!
これ、完全にサキュバスさんの能力にかかってるよ! どうしようというか……もう一回こうです!
「黒槌土塊!!」
「ぐぉっ!!」
ハンマーにした尻尾で、再び白狐さんを気絶です。ごめんなさい……こうなったら、もう一度寝て貰うしか……。
「あ~ら、つれないわねぇ。私は精気が貰えたらそれで良いのに……って、あら、あなた……同性同士でもやってる匂いがするわ。それなら遠慮は要らなかったわね。あなたを襲え……」
「黒羽の妖砕矢」
「きゃんっ!! あん、もう……意地悪ぅ」
僕の秘密の情報を言われちゃった……抱きついてきた白狐さんの腕を解くのに時間がかかっちゃって、妖術を発動するのが遅れました。
このサキュバスさんは実体がないから、この妖術でかき消せると思ったよ。ビンゴでしたね。
「椿!! 白狐はどうした!」
「…………あ~」
そして、後ろからドラゴンと戦っている黒狐さんが叫んできます。それと……。
「あ~ん!! 分厚いのばかり~!!」
「志織、志織! 私の声を聞きなさい!!」
志織ちゃんがどんどんテンパっていってます。
これ、図鑑から飛びだしたものを処理するより、1度志織ちゃんを落ち着かせた方が良いかも知れません。




