第漆話 【1】
志織ちゃんに連れられて、僕達は図書館のあるスペースへとやって来ました。
そこは、中央が空いている円卓が置いてある部屋で、その円卓の真ん中に志織ちゃんが向かっていきます。
そしてここには、大量の本棚とか本が一切ありません。その代わりに、周りの壁には草書体で書かれた文字が大量に書かれています。
これは妖術を発動するための術式です。ここから司書さんが、利用する人が探している本を出すんです。
便利なような不便なようなって感じですけど……これが司書さんの能力に関わってきます。
上手い人なら一発ですけど……志織ちゃんはどんくさいので、全く関係ないのが次々と出て来るんですよ……。
「さぁ、では椿さん。お探しの本は何ですか?」
だけど、志織ちゃんは自信満々の笑みを浮かべながら、円卓の中央に行って妖術を発動します。
大丈夫ですよね、上司の人も入り口から見ているし、何かあっても対応してくれるでしょう。
そして、志織ちゃんが妖術を発動した瞬間、周りの文字が蠢きます。まるで虫みたいで気持ち悪いけれど、我慢ですね。
「えっと……空狐様に関しての資料と、その妖具に関してですけど……閲覧出来ます?」
もちろんここの資料等には、閲覧禁止になっていたり、制限がかかっているものもあります。
「ん~」
僕が言った後に、志織ちゃんが蠢く文字を眺めていきます。
この文字は、利用者が調べたい資料、それがどれだけあるのかを教えてくれます。
「空狐様に関しては、1850冊程の資料と文献がありますけど……その妖具に関しては……無い……いえ、1冊だけありました」
「1冊ですか?」
少ないだろうとは思っていたけれど、まさか1冊だけなんて……いえ、1冊あるだけでも良かったのかな?
「それ、閲覧は……」
「…………」
僕の言葉の後に、志織ちゃんが真剣な顔をしながら、この部屋の至る所に書かれている文字を見ていきます。
「閲覧は……条件を満たせば可能みたいです」
「条件……」
「その妖具を持つ者ですね」
なるほど、この空狐様の妖具を手に入れているということは、その身に空狐様の魂を宿している者ということ。
この妖具を持っているだけで、その証明になっちゃってますよね。
「それじゃあ、僕がその条件を満たしているから、閲覧を希望します」
「えっ?! あっ、うそ……もしかしてその数珠?」
条件を満たしている事を証明するため、僕は今、机の上にその数珠を出しています。
それを見て志織ちゃんは驚き、上司の女性も急いで僕の傍にやって来ました。
「そんな……空狐様の妖具……! これに関する資料は、1冊だけと出ているのね、志織」
「えっ? あっ、は、はい」
「それならその資料は、最重要書類として、この図書館の最深部に厳重に保管されているはずよ。志織、代わりなさい。あなたではまだ無理よ。いえ、何人か呼んでくるわ」
「へっ、えっ……でも」
「良いから、言うことを聞きなさい。あなたはそのまま待機しておいて!」
「はい!」
な、なんだか物騒な事になってきましたよ。
空狐様の妖具、そのたった1冊の資料を閲覧するのに、そんなに人数がいるんですか?
最深部って言ったら、妖界の存在に関わるような、そんな資料が沢山保管されていると聞いています。
空狐様のこの妖具って、その妖界の存在に関わるものでもあるのかな? ちょっとだけ怖くなってきました。
とにかく志織ちゃんの上司の人は、妖怪専用のスマートフォンを取り出し、それで何処かに連絡をしようとします。だけど……。
「待たんか、そなた。我々は志織に頼んだのだ。それと、そなたも志織に任せたであろう? それなら、最後まで志織にやらせるんだ。その為のフォローをするのが、有能な部下を生み出す第一歩だろう?」
「うぐ……し、しかし、こればかりは……」
白狐さんが志織ちゃんの上司の人を止めました。
あのね、良いこと言ってドヤ顔は良いんだけれど……ちょっとモヤっとしました。何でって?
「白狐さん、志織って呼び捨てですか~?」
「ふぎぎ……!! 待て椿、悪かった!」
いきなり女性を呼び捨てとか、白狐さんの女たらし。もうずっとほっぺた引っ張ってるもん。
「は、離せ椿! それどころじゃないだろう!」
「分かってるけどさ~な~んか、モヤモヤするの。このモヤモヤが晴れるまで引っ張っときます」
「うぐぐ……!!」
僕の腕をタップしてもダメですよ。
「まぁ、白狐の言うとおり、この術式による妖術は、途中で術者を変更出来ないだろう? 続けさせるしかないぞ」
「……いえ、無理をすれば代われます」
「無理をすれば? それって、志織ちゃんが……」
「えぇ、彼女の付喪神化を解きます。つまり元の栞に戻れば、この術式は一旦元に戻ります。そこから私が……」
「それじゃあ却下ですね。志織ちゃんにやって貰わないと」
そんな犠牲を出すような方法で代わって欲しくは無いです。上司の人も志織ちゃんに頼んだんだし、僕達にお願いしたでしょう?
だから、そこは最後まで志織ちゃんにやって貰わないとね。そうじゃないと、彼女は何時までも成長しません。
「あの、ごめんなさい……私、私やります!」
すると、志織ちゃんが今まで以上に真剣な顔になって、上司の人にそう言いました。
その前に僕達の言葉で、上司の人ももう観念していましたけどね。
そして、その後にスマートフォンを耳に当て、何処かに連絡を取り始めます。まさか、そんなの関係なしに代わろうとするんじゃ……。
「私よ、この図書館で今手が空いている司書達に伝えて。直ぐに私のいるナンバー42のルームに来て頂戴と。えぇ、最深部の資料を1冊取り出すわ。条件は満たされている。いえ、そんな事をしていたら何日かかると……はぁ?! 規則規則と、そんなのに従って、志織の初の大舞台を台無しにする気?! 良いから早く伝えなさい!!」
そう叫んだ後、その上司の人は電話を切りました。だ、大丈夫なの?
「全く、上は頭が硬いわね。条件が整っている証拠を提示して、センターに問い合わせして確認をさせてなんて……そんな事をわざわざする必要があるのかしらね……ここに持って来ている時点で、もう条件は満たしているのに」
「あ、ありがとうございます」
そんな上司の人の行動を見て、志織ちゃんは泣き始めてしまいました。
「あ~もう、泣かない。その代わり、いくら失敗しても良いから、ちゃんと目的のものを取り出すのよ」
「はい!!」
何だか良いですね。部下を信頼して、部下も上司を信頼して……そうなると仕事もはかどるし、部下の能力も上がるってものですよね。
それはそうと、今センターって言葉で気が付いたんだけど……。
「白狐さん黒狐さん、僕達手配書が……」
「ん? 気付いていると思ったのだが、気付いてなかったのか、椿よ」
あっ、いつの間にか白狐さんのほっぺから手を離していました。いけないいけない。
「いや、もう良いじゃろう!」
「しょうがないな~それで、もしかしてこの図書館も……」
「あぁ、当然強力な結界がしてある。呪いとかそういうもので、この図書館を攻撃されてはマズいだろう? 他とは違う、かなり特殊で強力な結界が張られている」
つまりこの図書館の中も、撫座頭さんの能力は届いていないんですね。
良かった……志織ちゃんが普通に対応してくれたから、すっかりと忘れていましたよ。
それじゃあ、あとは志織ちゃんが頑張ってくれるだけですね。
「そうそう、申し訳ないですれど、あなた達3人の力も貸して頂きます」
「へっ?」
「最深部の途中には、訓練用の『妖怪大図鑑 幻像集』の本棚があります。幻ではありますけれど、もし志織がその本を間違って取ってしまったら、大量の妖怪達が出て来ます。その対処をお願いします」
やっぱり、志織ちゃんにやらすべきじゃなかったでしょうか? そんなの志織ちゃんが以前のままなら、絶対出してきますよ。
お願いします。ちゃんと成長してて下さいね、志織ちゃん!




