第陸話
それから無事に中に入れた僕達は、お目当ての本を探すんだけど……探すのも一苦労なんですよ。
図書館の中は居たる所に本棚があって、壁にも床にも天井にも、本棚が並んでいます。
良く落ちたり傷んだりしないな~と思ったんだけど、本棚の周りを妖気が囲んでいて、それが本を守っているみたいなんです。
そしてここには、何百億冊という本が存在しているんです。
だから、ここから本を探すには……司書さんが必要なんです。もちろんここにいるから、妖怪や半妖です。
そして僕は、図書館の中を忙しなく動き回る女の子を見つけ、その子に向かって手を振ります。
「お~い! 志織ちゃん!」
「はい?! ちょっと、図書館ではお静かに……え、椿ちゃん?!」
その子は僕の声に驚いて、こっちを振り向きます。
以前ここに来たときにもお世話になった、付喪神です。名前から分かると思うけど、本の栞が付喪神となったものです。
フレームもレンズも分厚い眼鏡をかけていて、そばかすがある女の子。黒い髪の毛もボサボサで、手入れなんかしていないのが分かります。
多分、お肌の手入れもしていないと思うけど、まだ付喪神化して日が浅いのか、お肌は綺麗なんですよね。
あっ、この子は栞だったからね、挟まれ続けられる日々で、胸なんて当然真っ平らなんです。本人は全く気にしてないけど。
それと、この子と接するときには油断したらダメなんです……。
「どうしたんですか? 椿ちゃん。お調べ物?」
「あっ、うん、そうなんで……」
「きゃぁっ!!」
あっ、やっぱり! 志織ちゃんがこっちに来る途中で、足がもつれて前にコケてます。しかも、大量の本をその両手に積み上げたまま……。
「ほっ……!!」
危なかったです……分厚い本が何冊かあったから、それが僕の頭の上に落ちて来そうになってました。
何とか避けたけれど……床に散らばった何冊かの本から煙が……。
「いかん、椿、一旦離れるぞ!!」
「うわっ!!」
突然白狐さんに抱っこされました。
確かに、本から出ている煙から妖気を感じます。いったい何を運んでいたの? 志織ちゃん……。
「あわわわ!! 魔人さん!! 出て来ないで下さい!! 間違えたんです!」
うわ~上半身ムキムキの、強面で髭もじゃの魔人さんが出て来ました。
ムキムキは僕、トラウマなんですけど。過去にムキムキな人と色々あったので……。
それと、もう分かると思うけれど、志織ちゃんはかなりドジなんです。
「むむむ……1度閉じるか、栞を挟まないと!」
すると、志織ちゃんは指と指の間に栞を出現させ、それを格好よく構えます。あの、だけど……。
「志織ちゃん、後ろ……」
「へっ? ひゃあああ!!!!」
飛び出す植物図鑑かな?
志織ちゃんの後ろに落ちて開いていた本から、沢山の木の枝や蔓が出て来て、志織ちゃんに絡み付いています。
ついさっきここの目の前の森林で、同じような扱いを僕は受けたので、これ以上はもう勘弁です。
「黒焔狐……」
「待ちなさい!! そこの馬鹿妖狐!」
「バ……?!」
すると、沢山出て来た木の枝とかを、燃やして処理しようとした僕に向かって、怒号が飛んできます。
「他の本が燃えたらどうするんですか! ここは火気厳禁ですよ! 分からないのですか!」
「あぅ……」
そうでした。妖気で本棚が囲われているとはいえ、何があるか分かりませんし、本棚を囲う妖気よりも強い妖気を当てれば、燃えてしまうかも知れないんでした。
「全く……」
そしてションボリする僕の前に、怒号を浴びせたその妖怪さんが出て来ます。
この妖怪さんも眼鏡をかけているけれど、フレームは細く、薄めの眼鏡です。志織ちゃんのとは正反対ですね。
そして、バリバリ仕事が出来そうなキャリアウーマンみたいな格好をして、茶髪の髪の毛も後ろで纏めています。
スーツがピシッと決まっていて、ちょっと格好良いけれど、雰囲気は凄く性格がキツそうな妖怪さんです。
「全く……志織、またですか」
「あぅぅ……! ごめんなさい~あひぃ! そ、そこはダメェ!!」
志織ちゃんが悶えてる。ちょっと危ないですね、早く助けないと。
すると、怒号を飛ばしてきた妖怪さんが、呆れた顔をしながら指を鳴らします。
その瞬間、その妖怪さんの周りに沢山の栞が出て来て、散らばって開いてしまった本に向かって飛んでいきます。
実はここの本は、その全てに妖気が込められているんです。防犯の為にです。
重要機密を勝手に読まれないように、こうやって許可無く開いたら、罠が発動するようになっているんです。
こうなってしまったら、栞の付喪神の司書さん達に、一旦栞を挟んで閉じて貰わないといけないのです。
つまり、このキツそうな雰囲気の妖怪さんも、栞の付喪神さんです。
そして、その妖怪さんが出した栞は、次々と開いた本の間に挟まり、その本を閉じていきます。どうやら何とかなったようです。
「はぁ……はぁ、あ、ありがとうございます」
「志織、あとでタップリと仕事を与えるわ」
「あぅぅ……」
実は初めて会うんだけれど、この妖怪さんが志織ちゃんの上司みたいですね。
ようやく解放された志織ちゃんがお礼を言うけれど、逆にその上司の妖怪さんからお小言を受けています。
「あなたはいつも慌てるわね。少しは落ち着きなさい」
「は、はぃぃ……」
とにかく、騒ぎは何とかなったようですし、僕達の用事を……。
「あの……本を」
「あぁ、失礼しました。本をお探しなのですね」
そして、僕がおずおずとそう尋ねると、上司の妖怪さんが急に礼儀正しくなって、そう言ってきました。その後に、志織ちゃんの方を見ています。
「志織さん。そう言えば、以前もこの方達の対応したわね?」
「あっ……は、はい……」
志織ちゃんは消え入りそうな声でそう答えます。
正直、前回は色々と大変でしたからね。それで白狐さん黒狐さんも、ちょっとここには足を運びにくくなっちゃったんですよ。
それでもこの前は、まだここで働き出して半年位の頃だったし、今はもう何年も働いているはず……なのに、ドジは変わっていないのが怖いです。
「リベンジしますか?」
「あっ……は、はい!」
あっ、急に元気になりました。リベンジしたかったのですね。だけど、白狐さんが止めに入ります。
「いや、すまんが、別の者を……」
「それでは、こちらの方へどうぞ~!」
あぁ、白狐さんの言葉が無視されちゃいました。それに、志織ちゃんにスイッチが入っちゃったみたいなので、もう無理そうですよ。
「申し訳ありません。それでも不安なので、私も近くで見させて頂きます。それでお願いしても宜しいでしょうか?」
「白狐さん。ここまで深々と頭を下げられて、丁寧に対応されたら断れないですよね」
「う……ぬ」
「白狐、大丈夫だ。椿は俺が守る」
「いや、それは我だ」
どっちでも良いですよ。それよりも早くしないと、志織ちゃんが先々行っちゃってます。図書館の利用者をちゃんと見て下さい、志織ちゃん。
「追いかけますよ、白狐さん黒狐さん。僕の事は2人で守って下さい」
とにかく、僕はそう言って志織ちゃんの後を追いかけます。
白狐さん黒狐さんも、今は争ってる場合じゃないのは分かっていたから、直ぐに僕の後を着いて来ます。
さて、ここからが問題なんですよ。
司書さんの協力を得ないと、目的の情報の載った本は、見つけられません。ここでその司書さんの能力が試されます。
志織ちゃんは前回ボロボロだったから……大丈夫でしょうか?
あれから何回も司書として対応はしていると思うけれど、今回の調べ物はちょっと難しいですよ。
だけど、張り切ってる志織ちゃんの後ろ姿を見ていると、何でか信じてしまいたくなります。しまいたくなるんだけど……。
「きゃん!!」
「あっ、コケた……大丈夫ですか? 志織ちゃん」
「だだ、大丈夫です!」
鼻血出しながら言われても……本当に大丈夫かな?




