第肆話
ピンク色の花の花粉を吸い込んで、僕の頭はクラクラしてくる。
木の枝も、僕の体に絡み付いてきてるけれど、色々とそれが危ないんです。逃げないと……ここから脱しないと!!
でも、頭が……思考がもう……。
「椿~!!」
「この野郎、そんなマニアックな攻めを椿にするな~!!」
すると、遠くの方から白狐さん黒狐さんの声が聞こえてくる。あぁ、やっと来てくれた……でも遅いよ、もう……。
「ふっ!!」
「黒雷槍!!」
そして白狐さんはその爪で、黒狐さんは黒い雷の妖術で、僕に絡み付いてる木の枝を取り払ってくれました。
「ふぁっ……」
「おっと! 椿よ、大丈夫か!」
「すまん……ここに入った瞬間、おかしな突風で身包みを剥がされ、吹き飛ばされた!」
その後、落ちてきた僕を白狐さんが受け止め、そのまま地面に着地します。
でもちょっと待って、身包み剥がされたって……そういえば人妖花が白狐さん黒狐さんの服を……。
あっ、待って……視線を下に落としたらダメ、視線を下にしたら……。
「椿、大丈夫か?」
「僕の前に立たないで! 黒狐さん!!」
僕の視界に入らないでよ!! 2人とも服を着てないでしょう!! 今はダメ、今はそんな2人を見たらダメなの!
あの花、あのピンクの花のせいで……もう僕の心臓はドキドキしちゃってて、顔も真っ赤になってるはずなんです。
徐々に体が火照ってくる。ダメ……抑えないと、抑えないと!!
「椿よ、そんなに引っ付いてどうした?」
「ふぐっ……! 何でも……何でもない!」
白狐さんの匂いが良い匂いで、ドキドキが加速して危ないです。甘え声出ちゃいそうになっちゃった!
「それよりも、白狐さん黒狐さん服を着て!」
「いや、そう言われても……」
「あいつらをな……」
あっ、そっか。人妖花、あれを倒さないと2人の服が……火は使えない。それならどうしよう……。
「よし。とにかく椿よ、少し離れ……椿?」
「……んっ」
今、白狐さんは僕の真正面から抱き締めて来ている。離れたら見えちゃう。離れたらダメ、離れたらダメ。
「どうした椿よ。このままでは戦い辛い」
「このまま戦って」
「無茶を……」
「手伝うから!」
白狐さんは僕を離そうとしてくるけれど、僕は必死になってしがみついてそう言います。白狐さん、困り顔してます。
でも、しょうが無いんです。今は多分、白狐さんと黒狐さんの裸を見たら理性が飛んじゃうから……だからダメなの。
「椿、お前もしかして……この花の花粉をまた吸ったのか?」
「ん~~!!」
黒狐さんが居ないと思ったら、ピンクの花の妖花を気絶させて、こっちに持って来ていました。何で持ってくるの!
慌てて口を押さえたけれど、花が揺れて花粉が舞っていて、また吸っちゃったかも。
もう分かってると思うけれど、このピンクの妖花は、催淫効果があるんです!
その時の事は覚えていないけれど、以前吸ってしまった時、僕は白狐さん黒狐さんに迫ってしまって……。
「あぁ、やっぱりか。以前よりは少ないようだが、多少吸ったな?」
「んっ、んっ、んっ!」
黒狐さんの言葉に、僕は口で手を押さえながら頷きます。
「足りんな……もう少し吸――」
「んんんぅ、んん!!(黒槌土塊)」
「ぐほっ!!」
何を言い出すんですか、黒狐さん。
だから、僕は尻尾をハンマーにした妖術で、黒狐さんのお腹を殴っておきました。気合いで何とかなりましたよ。
「わ、悪かった……」
「黒狐よ、遊んでる場合じゃないぞ。あいつら、我等を見ても恐れる事なく蔓を伸ばしてきているぞ」
本当だ……臨戦態勢です。やる気なの?
それとも、頭に付いている花の神経毒を、既にまき散らしているとか……?
それなら好戦的になる理由も分かる。そのままだとマズい事もね。
とにかく、黒狐さんはピンク色の花を遠くに放り投げてくれたので、僕は口を押さえていた手を離して、妖術を発動します。
「玩具生成!!」
白狐さん黒狐さんが居てくれたら、僕の補助もしてくれる。それに仕留めきれなくても、白狐さん黒狐さんが何とかしてくれます。
そして僕は、生成した妖具となった大きな竹トンボを、両手で回します。
「て~い!!」
もちろん、その竹トンボは竜巻が出る方です。刃が出るのは、近くに白狐さん黒狐さんが居ると危ないので使えないのです。
「キキ……」
「ケケ……」
目的は当然、白狐さん黒狐さんの服を着た人妖花を、吹き飛ばして気絶させる事です!
そのついでに周りの植物も気絶させて、図書館に行くのを楽にしておきます。
だけど、人妖花はその場から一切動きません。吹き飛ぶ気配もないです。もしかして、あの蔓で地面に固定しているんじゃ……。
でも、それはそれで倒しやすいですけどね。
「狐尾槍!!」
「ギギャッ!!」
動けないのなら、絶好の的なんです。
だから僕は、自分の尻尾を槍みたいに硬くし、そのまま人妖花を貫きます。
白狐さんの服までは貫かないように、毛先が貫通したらそこだけ戻して、服を掴み、後は一気に人妖花から引き剥がして、白狐さんに向かって放り投げます。
「おぉ、助かったぞ」
「さっ、早く着て下さい」
そして、それをキャッチした白狐さんに向かって、僕はそう言うけれど、白狐さんは着てくれません。
そう、ここでやってしまった事があるんです。
「椿よ、離れてくれないと着られないぞ」
「離れたら見える。離れたらダメ、離れたらダメ」
「それならこのままでも良いのか?」
「う~!!」
正直このまま引っ付いていたら、理性が持ちそうに無い。
さっき黒狐さんがあの花を持ってきたから、またちょっと吸っちゃって……理性を保つギリギリの所で踏ん張っているんです。
「全く……あの花の花粉の効果は、そんなに長くは無いだろう?」
「それでも、その数十分でも嫌なんです……乱れたくないんです」
「俺達しかいないから良いだろうが……全く」
「う~う~!」
そうなんだけどね、そうなんだけさ。乱れてる僕を見て欲しくはないって、そう思っちゃう。
そんなので僕に惹かれて欲しくない。そんな感情があるから……だからこそ、あのピンク色の花の花粉だけは、吸いたくなかったんです。
「白狐さん黒狐さん、もうちょっと乙女心を分かって下さい。母親になっても、そういうのはあるんだよ?」
「分かったわい」
「そうだな」
僕がそう言うと、2人は笑顔で僕の頭を撫でてきました。
とにかく、あと数十分はこのままじゃないとダメですね。それと、黒狐さんの服も取り返さないと。
そして、僕はもう一度大きな竹トンボを生成して、竜巻を生み出します。
相手はその間に木の上に移ったけれど、場所なんて関係ないよ。竜巻に飛ばされそうになるのは、一緒だからね。
「狐尾槍!」
「ゲッ……!!」
その後に、さっきと同じようにして、槍のように硬くした尻尾を突き刺し、黒狐さんの服だけを器用に掴んで、黒狐さんに向かって放り投げます。
黒狐さんはちゃんと着てね。着られるでしょ?
「よし、服も取り返したし、このまま突破するぞ!」
「黒狐さんは服を着て!!」
受け取った服を肩にかけて、格好つけないで!!
見える、見えそう! 見せないでソレ! 腰に手を当てないで!
「黒狐よ、ワザとじゃろ?」
「バレたか?」
「フ~フ~!!」
「分かった、悪かった椿。尻尾のハンマーを解いてくれ」
必死に白狐さんの胸にしがみつきながら、黒狐さんに威嚇しちゃいました。これじゃあ黒狐さんがヘソを曲げちゃいそうです。
大丈夫だとは思うけれど、後で白狐さん黒狐さんに何かしてあげよう。
そうだなぁ……この体で……。
「む~む~!!」
「椿よ、どうした! 我の胸に頭をグリグリして、可愛いだろう!」
そんな事言われても、ちょっと何か考えただけで、直ぐに危ない思考に入っちゃうよ!
とにかくこの森を抜けないと、それまでには花粉の効果も無くなってるはずです。
そしたらちゃんとした思考で、2人に優しく……2人……に。あ~!! ダメェエ!!
「う~う~う~!!」
「椿よ、ゲホッ! ちょっと待て、我の胸に頭突きをするな!」
「ふふ、天罰だな白狐よ。1人でおいしい思いをするからだ」
もうダメ、もう嫌だ……もう理性の限界です……こんなのどうやって我慢したら良いの?
白狐さんに抱きつきたい、白狐さん黒狐さんに可愛いがって貰いたい。そんな思考ばかりが頭を……。
「ところで椿、俺がさっき持って来た妖花はな、俺がピンク色にしておいたが、あれは青い色の妖花だ。性欲を抑える妖花の方だな」
「へっ……?」
「つまりな、それの効果で、もうピンク色の妖花の効果は相殺されているぞ」
えっ……ちょっと待って……それじゃあその後の僕は……その後の僕は……。
「…………」
「椿?」
とにかく、それなら白狐さんから離れても大丈夫だよね。
うん、そう思ったらいつもの思考に戻ってきました。冷静になれてます。
そっか、効果は消えてたんだ……とっくに……。
「術式吸収、術式吸収、術式吸収……一斉強化解放……」
「待て椿よ、溜め過ぎだそれは!!」
ふふ……うふふ、溜め過ぎなんかじゃありませんよ。こうでもしないと、ここを消せないもん。
「この森……燃やし尽くしてやる~!!!!」
「落ち着け椿!!」
こんなの落ち着けません。
僕が……まるで僕が、変態な妖狐さんみたいに……この森があるから、毎回毎回僕を……こんな森消えて下さい!!
だけど結局、その後に火を食べる妖花に、その火を食べられてしまい、この森林を焼き尽くす事が出来ませんでした。
良いもん、いつか燃やすもん。




