第参話
翌日、僕と白狐さんと黒狐さんは、妖界の方の京都市北山、妖怪図書館へとやって来ました。
実はなんですけど、人間界の方はその隣が植物園で、妖界の方にも同じのがあるんです。
こっちは管理者が居ないので、妖草や妖花が伸びに伸びて、隣の図書館まで覆ってしまっています。
つまり、到着した僕達の目の前には、鬱蒼とした森林が広がっているのです。まるでジャングルみたい……。
「椿よ、しっかりと我に着いてこい」
「分かってます」
しっかりと掴んでますよ、白狐さんの袖を。
以前来た時には、白狐さん黒狐さんとはぐれちゃって……その、結構大変な目にあったんです。
その時の事があるから、今度ははぐれないように白狐さんの袖を掴んでいるんです。
因みに、その後ろには黒狐さんがいるので、手を握って貰っています。でもそれを見た瞬間、白狐さんも手を握ってきました。
やっぱりそっちの方が良かったですか。袖の方がポイント高いかな~と思ったんだけどね。
「さて、行くぞ椿」
「はい」
そして、僕達は目の前の森林に足を踏み入れて行きます。
下はアスファルトなのに、四方八方怪しい植物だらけ。口だけがあったり、目だけがあったり、中には手足が生えて走り回っている植物もいます。
「ケケケ……」
「ヒヒヒ……」
しかも、辺りから不気味な笑い声が僕の耳に入ってくる。こんな所は早く抜けたいです。
「白狐さん黒狐さん、早く行きましょう」
僕の方から図書館に行きたいと言ったから、あんまり怖がりたくなかったけれど、これは仕方がないです。怖いものは怖いです。
「白狐さん黒狐さん?」
あれ? 2人から返事がないです。
不思議に思った僕は、白狐さん黒狐さんにもう一回声をかけるけれど、やっぱり返事がない。それどころか、手が冷たいような……。
「ケケケ……」
「キキキ……」
「えっ?! 人型の植物妖怪『人妖花』?! 嘘、いつの間に?!」
おかしいと感じたから後ろの黒狐さんを見たけれど、顔が蔓で出来ていたので一瞬で分かりました。これは白狐さん黒狐さんじゃないです!
前に居た白狐さんも後ろを振り向いてきたけれど、それもやっぱり顔が蔓で出来ていました。
白狐さん黒狐さんと同じ格好で、中身だけ入れ替えられていました。
いつの間に? 入って直ぐですか?! いったいどうやって……。
「くっ……離して!!」
そして、人妖花はそのまま蔓を伸ばし、僕の腕に絡み付いてくる。
こいつの頭の花が咲いたらマズいです。確か、神経毒をまき散らしてくるはず……。
「ケケケ……」
「離……して! 黒焔狐火!!」
「グェッ!!!!」
とにかく、僕は真っ黒な狐火を放ち、人妖花を突き放します。火に弱いのは当然ですからね。ただ……。
「あっ……!!」
上から、別の大きなラフレシアのような花が落ちてきたと思ったら、僕のその黒い炎を食べちゃいました。
「妖食花……うわっ、上にいっぱい……」
僕の妖気を嗅ぎつけたのかな……。
この花は火が大好物で、こうやって火があると真っ先に食べに来るんです。
「キキキ……!」
そして、さっきの人妖花がまた僕を捕まえようとしてきます。逃げないと、ジッとしていたら捕まってしまう。
「くっ……!」
僕は急いでそこから離れるために走り出すけれど、どこに向かえば良いのか分かりません。
だから、白狐さん黒狐さんが助けに来てくれるまで、逃げ続けないと!
「はぁ……はぁ……あっ! 大きな木の幹……いや、根っこ?」
すると、目の前に大きな木の根っこが、壁のようにして僕の行く手を塞いでいました。
でもこれも『妖木』の策でしょうね。こうやって、僕を誘導しているんです。
この森林は、その全ての植物が妖気を宿していて、意思のある草花なんです。もちろん木もそうです。
だから、どんなことがあっても突破していくしかないんです。
「御剱、風来神威斬!」
そして僕は、御剱を取り出して、風の刃で目の前の木の根っこを真っ二つに切り裂きます。
このまま真っ直ぐ走り続けないと、誘導されて捕まっちゃうからね。
「はぁ……はぁ、白狐さん黒狐さん、早く来てぇ!!」
そのまま僕はまた全力疾走です。沢山の草花が迫ってきているから、安全な所なんてここにはないんです!
「くっ、また……!」
その直後、また僕の目の前に木の根っこが通せんぼしてきます。何回も同じ事をしても、無駄ですよ。
「風来神威……」
あっ、駄目です。曲がらないと。別の所を斬らないと。
今度はその木の根っこに、あるピンク色の花が乗っていました。あの花は危ないです。以前それで酷い目にあったんだから。
「はぁ、はぁ……うぅ、どこもかしこもピンクの花が乗ってる……このままじゃ、白狐さん黒狐さん早く来てぇ……そうじゃないと僕……!」
白狐さんの能力を使ってるから、スタミナとかは普通よりはあるけれど、それでもこのどこまでも広がる大森林を、中々抜け出せないでいます。
同じ所をグルグルと回っている感じもするし、早く助けに来て欲しいです。
「はっ……!」
そして目の前が急に開けたと思ったら、広場みたいになっている所に出ました。
しかもその中央に、白狐さん黒狐さんが座り込んでいて、そして蔓のようなもので縛られているのが見えました。
「白狐さん黒狐さん!!」
2人が捕まったの?! 確かにこの森は厄介だけど、2人が捕まるなんて……。
「くっ……今助け……わぁぁぁっ!!」
それを見た僕は、捕まっている2人に向かって走って行くけれど、途中で足に蔓が絡みついてきて、そのまま引っ張り上げられてしまいました。
ちょっと! 下着が……!! 僕スカートだってば! 逆さまにしないで!!
「あっ……」
「キキキ……」
「ケケケ……」
しかも、中央で座り込んでいた2人は、さっき白狐さん黒狐さんの格好をしていた人妖花でした。
僕のバカ……さっき見たのに、また引っかかって……。
でも、捕まっている2人を見て、つい慌てちゃって……正常な判断が出来なくなっていました。
「うっ、くっ! この!!」
とにかく、僕は手に持った御剱を振り、足に絡んだ蔓を切ろうとするけれど、届きません。
「あぅっ!! しまった、御剱が!!」
そうこうしている内に、太い木の枝が僕の腕を叩き、御剱を叩き落とされてしまいました。
「くっ……黒焔狐……びっ!!」
ビックリした……狐火を出した瞬間、上から妖食花が降りてきて、その炎を食べちゃいました。ダメだ、上も下もなんて……こうなったら。
「玩具生成!!」
僕のオリジナル妖術の1つ、強力な妖具になる玩具を生み出す妖術で、この危機を脱します。
「いけぇ!!」
そして僕は、突風を生み出す竹トンボと、羽根が刃になってる竹トンボを複数生成して、それで一気にこの辺りの草花を切り裂き、吹き飛ばそうとします。
だけどそれをした瞬間、あるものが舞い散ったのが見えました。ピンク色の……花粉が。
「あっ、しまった!! あの花が……んっ!」
吸ったらダメ、吸ったら終わりです!
とにかく息を止めて、鼻にも手を当てて、この竹トンボで何とか……と思ったけれど、太い木の枝が僕の竹トンボを掴み、それを粉々に砕きました。
嘘……次の妖術を発動するには、息をしないと……この息苦しい状態じゃ、発動出来ても、上手く標的を狙えるか分からないです。
すると次の瞬間、宙吊りにされている僕に向かって、無数の木の枝が伸びてきて、そして僕の体に絡み付いてきます。
これは本当にダメです。
雪ちゃんがいつもニコニコ顔で眺めている、厚さのあまりないあの本に描かれているみたいなことに……。
「ん~!! ん~!!」
絡み付いてくる木の枝が、まるで触手みたいにして動いてくるのに寒気を感じて、僕は必死に抵抗をするけれど、それがいけなかったです。
ちょっとだけ息をしちゃいました。
そして、指の隙間から多少入り込んだピンク色の花粉を、吸っちゃいました。
だって、頭がクラクラしてきて、まともな判断や考えが……出来なくなって……。
「ん……うっ」
早く……早く助けに来て、白狐さん黒狐さん……。




