第弐話
それから僕達は、妖狐の里を後にし、伏見稲荷の家に戻ってきました。
帰り際に名残惜しそうにしながら、里の妖狐さん達に弄られまくりましたけどね……。
「む~今日はちゃんとブラッシングしないと……」
流石に尻尾の毛がボサボサになってるよ。この尻尾は白狐さん黒狐さんのお気に入りなのに。
「へぇ、ここが椿ちゃんの家なんですね~」
そして僕の後ろから、トヨちゃんがそう言ってきます。陰陽師の、妖怪掃討作戦を止める手伝いをする事になったから、トヨちゃんも僕達と一緒に行動する事になりました。
部屋はあるから良いけれど、しばらくは白狐さん黒狐さんとイチャイチャ出来ませんね。
「椿よ、大丈夫だ。コッソリと……」
「白狐さん、雪ちゃんも居るからそれは不可能です」
盗撮されますからね。
あの盗撮のプロフェッショナル、浮遊丸さんみたいに押さえつけるわけにもいかないし、注意するくらいしか出来ないけれど、それで雪ちゃんが止まるわけはないんです。
そして、また1人増えそうなんですよね。僕達の家の前に誰かいます。
「おっ、やっと帰ってきたなぁぁあ! アウトロォォオ!! な妖狐、椿~!!」
「うるさいです、黒羽の妖砕矢」
「うおっとぉ!! こらこら、私は撫座頭の能力を自力で剥がしたぞ!」
僕達の家の前に立っていた管狐の飯綱さんが、そう高らかに叫んだ瞬間、僕は黒羽の矢を飛ばしたんだけれど、避けられました。しかも、自分で撫座頭の能力剥がした? 嘘でしょう?
「あの黒い妖気を感じたから、これは亰骸が何かやらかしたなと思って、憑きものはがしで無理やり剥がしてやったわ!」
「えっ……憑きものじゃないですよ、あれは」
「そこが私の能力のアウトロォォオ! なところさ!」
やっぱりこの人うるさいですね。
半妖なのに妖怪の血が濃いみたいで、憑きものをつけたりする事が出来るみたいです。
つける事が出来るから、剥がす事も出来るのは分かるけれど、撫座頭さんのは憑きものじゃないんだけど……この人、規格外です。
「んで、お前達が困ってると思ってな、この飯綱、助けられた恩を返す時と思ってやって来たってわけだぁ!!」
「それはありがとうだけど、とりあえず家に入りましょう。近所迷惑です」
「はっ! 人の迷惑気にしてちゃ、パンクに生きられねぇ!! アウトロォォオ!!」
「はいはい……」
とりあえず飯綱さんの尻尾を掴んで引きずっていきます。
稲荷山の近くだから、あんまり家は建ち並んでいないけれど、それでも何軒かの家が窓を開け始めてますよ。流石に文句を言われそうです。
「椿ちゃんって、変なお友達が多いね」
「褒め言葉として取っておきますね」
トヨちゃんの言うことも分かりますよ。なんで僕の周りにはこんな妖怪達が集まるんでしょう?
「おぉ、帰ってきたか椿」
そして、先に家に入って行った皆の後に続くと、玄関で天狐様が待っていました。
「天狐様……わざわざ僕の家に来てくれなくても、こっちから行くのに」
「いや、どうしても早く確認したくてな」
そう言うと天狐様は、僕の首からかけた数珠に目をやります。
あぁ、これを使えたかどうかと、僕が空狐になってしまっていないか、それを確認したかったのですね。
「天狐様、大丈夫です。数珠の方は1回だけ、勝手に力を発揮したけれど、それからはうんともすんとも反応しませんし、僕も空狐にはなってないよ」
「そうか、全て聞いたか……その上で、お前はどうする? 椿」
決まっています。
「僕は僕のままで、空狐の能力と数珠を使って、空亡を倒すよ。そして長きに渡る戦いに、終止符を打って上げます」
「ふっ……相変わらずだな。強欲な」
「小さい頃から僕は強欲ですけど?」
「ははっ、そうだったな。それならやってみろ。十数年前と同じように、八坂を止めた時と同じようにしてな」
天狐様はどうやら、僕を試したようです。
でも、もう僕の心は決まっている。もうブレない、もう弱気になんかならない。僕は僕として、空亡と戦ってやります。
そして亰骸も式柱も、悪い企みをする組織は全部僕が止めてやります。
「まぁ、その前に……その数珠の力を使えるかどうかだ……な!」
「へっ?! うわっ!」
すると天狐様が、僕の持つその数珠に向かって手を伸ばし、光を飛ばして当ててきました。
その瞬間、数珠が光り出して凄い力が溢れてきます。これって、まさかまた……。
「天狐様、何をして……」
「抑えてみろ、椿。そうでなければ、ここに居る奴等全員消えるぞ」
「ちょっ……!!」
そんないきなり?! 少しくらい使い方を教えてくれても……。
「悪いが、私にはその数珠の使い方は分からない。空狐だけしかな! だから、お前の中の空狐の魂に語りかけてみろ」
「そ、そんなぁ……!」
一切そんな力なんて感じた事ないから、語りかけるも何もないんですけど。
それなのに、急にそんな事を言われても……いや、やらないと皆が消えちゃう……やらないと、やらないと!
空狐さん、お願い……僕の中に居るなら返事をして!
……………………
………………
…………
何も返ってきませんでした。
えっ、嘘でしょう?
こういう時って、何か反応があっても良いのに。なんで、どうして……どうしよう!
「やはりまだ無理か」
そう言うと、天狐様が今度は指を弾きます。するとその瞬間、数珠の輝きが消えていき、溢れてくる力が収まりました。
抑えられるなら言って下さい……いや、そう言われてたら僕はこんなには必死にはならなかったと思う。天狐様の考えそうな事ですね。
「何を見ている? 今のは一時的にその数珠の封の、その一部を解いただけだ。それでもその力の奔流。そしてお前はそれすら扱えない。粋がってはいても……」
「分かってる……分かってます」
やっぱり、僕自身の妖気だけじゃ駄目だ。いや、それで使えるようにしないと……もうあの力を手に入れる事は出来ないんだよ。
神の力の断片……神妖の妖気は……。
「それでも何とかすると言ったのだから、何とかするのだろう? 椿」
「…………」
嫌な事を言いますね、天狐様。
こうなると分かっていて、ワザと……嫌な妖狐です。こうなったら意地でも……。
「期待しているぞ、椿」
すると、僕の横を通り過ぎると同時に、天狐様はそう言ってきました。
その口調は嫌味ったらしくはなく、本当に心の底からそう思っているって感じで言われました。
そして、天狐様はそのまま帰って行きました。
「おぉ、中々アウトローな妖具を手にしたんだな、あんた」
「椿ちゃん……晩御飯は私に任せて! 早速修行するんでしょ?」
「えっ……う~ん、こんな所で暴走したらマズいし、修行してどうこう出来るレベルじゃないよ。何か、何かあるはずです。使う事が出来る方法が……それを調べます」
がむしゃらに修行しても、一体どれだけの時間を要するか分からないし、それだけ修行しても、結局使えないって可能性が高いです。それに、時間ももうないみたいだし、のんびりしていられません。
「うん、妖怪図書館で調べましょう」
「ぬっ……あそこに行くのか、椿よ」
「はい、白狐さん黒狐さんごめんなさい。また案内お願いしますね」
「ぬぅ……椿の頼みだから仕方ないが……」
「そうだな白狐、あいつ等に会うのが……」
実は妖界の方の京都北山に、妖怪御用達の図書館があるんです。
そこには本だけじゃ無くて、研究資料とか調査資料なんかも残されていて、古い文献も沢山あります。
きっとこの数珠の事も、何か資料が残ってるかも知れません。
実はここ、僕は1人じゃ行けないんです。白狐さん黒狐さんの案内がないと……。
他の妖怪さんは行けるんだけど、道中が迷路になっていて、僕はまだそのルートを覚えられていないんです。
だから、白狐さん黒狐さんに頼むしかないけれど、白狐さん黒狐さんは浮かない顔をしています。
そうだよね、図書館の番人がちょっとね……。
「あの……案内してくれたら、今日と明日の夜、僕を好きにして良いよ」
「良し、行くか椿よ」
「待て待て俺が先だ」
「ちょっと、まだ夕方! 気が早い!!」
今も昔も、白狐さん黒狐さんに頼み事をするときは、上目遣いをしてからの甘いアメです。
気絶はしなくなったけれど、直ぐに行動に移すようになったから、結局困るんですけどね!
白狐さんが僕を抱えて、2階の僕達の部屋に向かおうとしてるよ! 夜だって言ってるのに!!
「さぁて……里子、晩御飯作っといてね~さっ、行くわよ、白狐黒狐。軽く1戦ね」
「わぁぁぁあ!! 妲己さんはダメェ!!」
軽く1戦って何ですか! 夜だって言ってるの、夜だってばぁ!!




