第壱話
巴様からの話を聞いた後、トヨちゃんがお願いがあると言うので、トヨちゃんの向かっていた家に行きます。
その家には既にお父さんとお母さん、更には白狐さん黒狐さんに、妲己さんと玉藻さんがいました。
「椿よ、大丈夫か。話は聞いたが、またとんでもないことに……」
「んっ、大丈夫……大丈夫です」
すると、突然僕の両頬に柔らかい感触がします。
あっ、白狐さんと黒狐さんが同時にほっぺにキスしてくれた。僕の方が背が低いから、わざわざ屈んでくれています。
「むっ、白狐、俺が先にしようとしたのだが……」
「何を言うか、我が先にしようとしたのだぞ。そしてお主の方が1秒遅かったわ」
「何を! そっちが1秒遅かったぞ!」
あわわ……また喧嘩し始めたよ。
以前に比べて減ったけれど、やっぱりどちらの方が僕への愛が上か、競い合っているようなんです。
「もう、どっちも同じタイミングですよ。ありがとう、白狐さん黒狐さん」
「そうか。大丈夫だ椿よ、また我等が支えてやる」
「安心して、お前はお前がやりたいことをしろ」
そう言って、2人は僕の頭を撫でてきます。ほっぺもなんだかじんわりしてくるし、この2人が居てくれたら、僕は僕で居られそうな気がします。
「白狐さん黒狐さん、ぎゅってして……」
「ん? やれやれ、久しぶりの甘えん坊椿だな」
「ほら……」
そして、2人は両方から僕を抱き締めてきます。
これだけで僕は幸せです。僕は僕だって、感じられる。だから、2人にお願いしておきます。
「白狐さん黒狐さん、僕が僕じゃ無くなったら、こうやって2人で抱き締めて下さいね。多分、それだけで戻ると思うから」
「あぁ、分かった」
「2人というのが納得いかないが、まぁ良いだろう」
「ふふ、大好きです、白狐さん黒狐さん」
2人の優しい体温と良い匂いに包まれて、多幸感に包まれる僕だけど……あれ、何か忘れているような。
「見せつけてくれるね~」
あっ! トヨちゃんの事忘れて……。
「会員誌復活号の特集は、これね」
「姉さん~ちょっと羨ましいっす。自分も伴侶とか欲しくなってくるっすよ~」
「椿ちゃんはお母さんよりも、そっちの方が似合ってるね。ね、香奈恵ちゃん」
「そうだね~ずっとそのお母さんでも良いよ」
あぁぁぁ……!! 皆の前でした! しかも香奈恵ちゃんの前で……!! その場にいる全員ホクホク顔じゃん、もう!!
「白狐さん黒狐さん、もう良いから離れ――」
――てくれません! しっかりと力強く抱き締めてきています。これ、いつものパターンだから!
「はいはい、バカやってないで、豊川の話を聞きなさいよ。それと、この老妖狐の話もね」
「むぐっ?」
妲己さんがそう言ってきたので、僕は白狐さんの腕の中から、トヨちゃんの方と、そして言われた老妖狐の方を見ます。
縁側で「良いものを見させて貰ったよ」といった表情をする、老妖狐をね……。
しまった、見ず知らずの妖狐にまで僕……。
とにかくその妖狐さんは、かなり歳を重ねた感じがします。妖狐って、こんな風に老いたりする事は無いって聞いたのに、この妖狐さんは真っ白なお髭を生やして、お爺ちゃんみたいになってます。
「えっと、私のお爺ちゃんです」
「すまんの、初対面のあなた達に来ていただいて……」
「いいえ、私達にとっても関係の無い話では無いので」
トヨちゃんがその老妖狐を紹介したあと、申し訳なさそうに深々と頭を下げる妖狐さんに向かって、お母さんがそう言いました。
僕達にとっても関係のある話なんですね。いったい何でしょう。
「実は数日前に、私のいる豊川稲荷が、陰陽師の襲撃を受けてしまって、占拠されてしまったんです」
「占拠?!」
陰陽師が何でそんな事を?!
語り出したトヨちゃんの言葉に、僕は思わず声を出しちゃいました。
「悪しきものが住み着く寺だって言って、容赦なく私の妖怪仲間達を……」
そしてトヨちゃんはそう言うと、涙を流し始めます。きっとそこには、沢山の妖怪さん達が住み着いていたんですね。
それなのに、陰陽師の人達が容赦なく殺していったんでしょう。そうじゃないと、こんなにも涙を流す事はないと思うよ。
「うっ、うぅぅ……なんで、なんで陰陽師の人達が、あんな事を……昔は悪い妖怪だけ退治してくれていたのに、いきなり……」
「妖怪掃討作戦……咲妃ちゃんの言っていた事が、始まったって事かな……」
「なにそれ? そんな事を陰陽師が……?」
実際に行動し始めたということは、咲妃ちゃんは止められなかったんだ。ということは、咲妃ちゃんの身も心配ですね。
あの子は悪い子じゃないから、きっと僕達に助けを……って、撫座頭さんの能力を受けていたら、僕達に助けを求めては来ないですね。
「そこで……私に陰陽師の事を教えて欲しいと、この子は遥々やって来たんじゃ」
「なんであなたに?」
トヨちゃんも長い間生きている妖狐ですから、陰陽師の事は詳しく知っているはずです。
「私はこの妖狐の里で、1番の情報屋として名が通ってます。最近の陰陽師の事を知りたかったんでしょう。しかし、私の持っている情報も、この子と変わらん。既に状況は、この子がどうにか出来るレベルではない。そこで、あなた達の力も貸して頂きたいと言う事で、呼ばせて貰ったのです」
淡々と話す老妖狐さんの目は、僕を見定めているような目をしていました。
「このように妖気が殆ど枯れても、あなたの中の善の気は感じられます。どうか、この不出来な孫の豊川に、力を貸してあげてはくれんか?」
妖気が殆ど枯れて……もしかしてその年老いた姿は、妖気が枯れたからそんな姿になったんですか?
そうだとしたら、いったい何があってそんなに妖気を使ったんでしょう……気になるけれど、それよりも今は陰陽師の事です。
妖怪掃討作戦が始まっているのなら、先ずは陰陽師の団体『式柱』を止めないといけません。
「……皆、良いですね?」
「良いも何も、椿はもう決めているんでしょう? それに、放っておいたら私達にも被害が出るし、何より鞍馬天狗の家まで襲われちゃうでしょうね」
僕の言葉に、お母さんがそう返してきます。
そしてその後ろで、皆も笑顔で僕を見てくれていました。それが同意してくれている顔だって、一発で分かります。
「ありがとうございます……そしてね、白狐さん黒狐さんはそろそろ僕を離してくれませんか?」
ずっと抱き締められたままなんです。落ち着くしずっと居たいけれど、流石にもう恥ずかしいですよ!
「み、皆さん。力を貸してくれるのですか?」
すると、僕達の様子を見ていたトヨちゃんが、驚いた様子でそう言ってきます。
もしかして、断られると思ってた? 僕達がそんな事するわけ無いですよ。
「断ったら断ったで、お母さんから拳骨飛んできそうだからね」
「あら、そこまではしないわよ。ちょっとお尻抓るくらいよ」
手は出すんですね……それなら尚更です。
でもそれを聞いて、トヨちゃんは嬉しそうな表情を浮かべたけれど、その後直ぐに不安そうな顔になりました。
「でも、陰陽師の妖怪掃討作戦はかなり大規模で……私達だけじゃあ……」
それなんですよね……その為には、撫座頭の能力を打ち消して、鞍馬天狗の家にいる皆を元に戻さないと……。
そしてそれには、美亜ちゃんの力とこの数珠を使わないといけません。
つまり、僕は情報収集をしながら、この数珠を使えるようにならないといけません。
この数珠……天狐様なら何か知ってるかな?
巴様は何も知らなさそうだし、そうなると、位なら空狐様の上にいる天狐様に聞いた方が良いかも知れない。
「皆、1度伏見稲荷の家に帰りましょう。天狐様なら、この数珠の使い方が分かるかも知れません」
このままだと、無作為に存在を消滅させてしまうかも知れないから、ちゃんと使い方を知っておきたいです。
だけど、伏見稲荷の家に帰る前に……残念そうにしながらも、目をキラキラと輝かせている、この里の妖狐さん達を突破しないと!
いつの間に周りに集まってたの?! 油断ならないです、ここの妖狐さん達は!




