第拾弐話
空狐の祠にあった謎の数珠のお陰で、襲ってきた妖魔は全部消滅しました。どんな奴等だったかは忘れたけどね……。
存在ごと消してしまった感じがします。この数珠、凄く恐ろしい妖具なんじゃ……。
「やはり使えたか、椿……」
「えぇ、間違いないわね」
そんな僕の様子を見て、お父さんとお母さんがそう言ってくる。2人ともこの数珠の事を知っていそうです。
「お父さんお母さん、この数珠なんなの?」
「その話は、長の所に戻ってからにしよう」
お父さんがそう言った後に、お母さんと一緒に巴様の所に向かって行きます。そして、妲己さんと玉藻さんもそれに続いて歩き出しました。あんまり外で言ったら駄目な事なのかな?
「…………」
一抹の不安を感じるけれど、大丈夫だよね……僕は本当は悪い妖狐だったとかじゃないよね。
―― ―― ――
その後巴様の所に戻ると、お父さんとお母さんが事の顛末を話しました。そしてその後、僕が脇に置いた数珠を見ています。
「椿、不安に感じるでしょう。それは空狐の妖具なのです」
「空狐様の?」
この数珠を、空狐様が使っていた? それなら、何であんな祠に封印されているんだろう。
「それは、1000年毎にある妖怪の封印が弱まる度、その身に空狐を宿す者が引き継いでいった物。そして再度封印が完了したら、次の1000年後に託されます。完全に倒せる、その日まで……」
「えっ……つまり僕は……」
「えぇ、その身に空狐の魂を宿しています。恐らく、天照大神がその魂を見つけ、それを元に自らの分魂としたのでしょう」
僕の中に、空狐様が……。
そして1000年毎に封印が弱まる妖怪って……きっと空亡の事ですよね? その封印が解けかけているって聞いたからね。
天照大神様と八坂さんが言っていたのは、この事だったんだ。
「椿、問題なのはね。空狐様は相手の体を乗っ取る事もするのよ」
「へっ?」
「つまりだ、空亡との戦いになったら、お前はお前じゃなくなる。お前の存在は消えて無くなるかも知れないんだ。前任者が、そうだったと記録されている」
お母さんの言葉に首を傾げていると、お父さんが更に凄い事を言ってきました。
僕が僕じゃ無くなる。
その空狐様に乗っ取られて、僕の精神も消されちゃうのかな。つまり、僕の中には空狐様の精神もあるって事?
えっ、ちょっと待って、妲己さん良く僕の中に居られたね。
「何よ? 私があんたの中に居られたのは、その空狐の魂が小さく小さくされていて、ビー玉よりも小さかったのよ。いったい何の魂なのかも分からなかったし、そもそもその時は何の力も感じなかったから、放っておいたのよ」
そうだったんですか。でも、今はもっと大きくなっているんでしょうね。
正直怖いです……僕が消えてしまうなんて。
「椿、辛いのはお母さんも一緒よ。銀狐だってね」
うん、お父さんは泣きそうなのを必死に堪えてるもん。そうだね……僕は沢山の妖怪さん達に愛されているんだ。
今までの僕の人生は僕のものです。取られてたまるかです。絶対に、空狐様の意志には負けません。
「大丈夫です。僕には皆がいるし、帰る場所があるんです。僕の中にずっと潜む妖狐には、取らせませんよ」
逆にその力を僕が使ってやるんだ。もう恐がってピーピー泣く僕じゃない。それを見せてやるんだ。
「強いの……椿は。今までも、空狐をその身に宿した者がここに来ているが、皆この話を聞いた瞬間、絶望し恐怖しておった。そなたは、違うの。それならばもしかしたら……いや、期待はしない方が……」
「いや、期待しておいて下さいよ。見てて下さい、その空亡との戦い、僕の代で終わりにしますから!」
「そうか……太陽が産まれた時から、その影として存在している空亡を、倒す……か」
「えっ?」
ちょっと待って下さい。人が意気込んでいる時に、新たな情報でトドメを刺そうとしないで下さいよ。
太陽が誕生した時から? そんな時から空亡は存在していたんですか?!
「そもそも空亡は、創世神の手違いで生まれてしまった、闇の象徴。負の力の発信源。災厄、病、不幸そのもの。そして自身のそういったものを、ばらまいているんだ。地球にその空亡の力が舞い降りたのは、パンドラという少女の仕業だったかな……」
神話レベルのお話じゃないですか、パンドラの箱ですか? あれって空亡の力だったんだ……。
「その時は空亡という名ではなかったがな。そして、日本人が空亡の存在を認識し始めたのは1000年前じゃ。しかし、その遥か昔から、空亡との戦いは勃発しておった」
そんな昔から戦っていたのが空狐様なんですね。でも、空狐様は3000年前からだから、それより前は誰が? まさか、天照大神様? それとも、その創世神って方?
「そんな大敵に、椿、そなたがどう立ち向かうか、しかと見ておこう」
巴様はそう締め括ると、ゆっくりと立ち上がり、壇上の袖に向かっていき、その奥に消えていきました。
「…………」
でも、僕はその後もずっと唖然としています。多分口が開いちゃっていると思います。
正直、とんでもない敵なのは予測していたけれど、ここまでとは思いませんでした。レベルとか規模とかじゃない、次元が違う。どうしよう……。
―― ―― ――
その後、僕達も巴様の家から出たけれど、僕はずっとうわの空です。
誰かに尻尾を弄られている気がするけれど、それどころじゃないです。
とんでもない敵、更には撫座頭の事もあるし……陰陽師の事だって放っておけない。どれから片付けたら良いの?
何だか、十数年前を思い出しちゃうよ。でもあの時は、そのどれもがまだここまで緊迫した状態じゃなかったです。
空亡の方は、あとどれくらい持つんでしょう? その間に全部片付けられるのかな?
「――ん」
でも、陰陽師の前に撫座頭でしょうね。味方を取り戻さないと、この数で陰陽師の組織を潰すのは難しそう……。
「――ちゃん……」
それなら、この空狐の妖具で撫座頭さんを消す? いやいや、撫座頭さんを消さずに、日本中に広がった撫座頭さんの妖気と、その妖気に絡んだ黒い妖気だけを掻き消すんだよ。
でも、それをするのにどれだけの妖気と、どれだけの繊細な技術が必要になるんだろう? うぅ……僕に出来るかなぁ?
「椿ちゃん!!」
「うひゃい!!」
いきなり尻尾に強い刺激が走ったので、思わず毛が逆立っちゃいました。あれ? 香奈恵ちゃん……君いつから……。
「もう、お母さんったら、戻ってきてからずっとぼうっとしてて。その数珠なぁに?」
あっ、気が付いたら既に里の中央の広間にやって来ていました。
そしてお父さんとお母さんと、妲己さんと玉藻さんがいない。どこに言ったの?
「他の4人は?」
「もう、何にも聞いてないなんて……あの豊川稲荷のトヨちゃんが来て、お願いがあるって言ってきたの。これからそこに行こうって所なのに、お母さんがぼうっとしてるから、4人は先に行っちゃったよ」
僕が4人の事を聞くと、香奈恵ちゃんが腰に手を当てて、まるで「しっかりしてよねお母さん」って感じで言ってきました。
ごめんなさい、ちょっと色々とあり得ない情報を聞いたから、頭がね……。
「姉さん、話なら後で聞くっすから、先ずはトヨちゃんの所に行くっすよ」
「どうせ大方、新たな敵の事を聞かされたんでしょうけど、あんたは今までどれだけの強敵を倒して来たと思ってるのよ」
「楓ちゃん、美亜ちゃん……」
でも残念ながら、今回ばかりはそう上手くいきそうにないです。
僕は僕の意志を曲げる気はないし、いつか妖怪も人間も、全てが分け隔てなく暮らせる世の中を作りたいです。
だけど……でも……。
「椿ちゃん、1度に全てやろうとしないで、少しずつ片付けていこう?」
「そう、私達も手伝う。だから、いつもの椿でいて」
「里子ちゃん、雪ちゃん……」
そうだよね、僕は1人じゃない。大切な妖怪達がいっぱいる。友達も親友もいる。守りたいものが沢山出来た。
だからそうだよ、折れるわけにはいかないんです。
僕の中の空狐が、僕を乗っ取りそうになっても、この思いをしっかりと持っていれば対抗出来そうです。
そして空亡だって……封印され続けていたのなら、対策はいくらでもあるはずです。それを探せば良いんです。
大丈夫、もう僕は大丈夫。いつものように、一歩ずつ進んでいくだけです。




