第拾壱話
「まぁ良いでしょう。空狐の祠に入る資格はありそうです」
あの後巴様にそう言われて、僕は空狐の祠へと案内されました。そこは長である巴様がいる家よりも更に奥、里の外れにありました。
朽ちた木の板が如何にも年代を感じさせます。それでも倒れずに立っている。
それと、何だか凄い力を感じる……でも妖気……じゃない。この中には誰もいないのかな?
「……」
それと、誰も祠を開けようとしません。何で?
お父さんとお母さんと妲己さん、それと玉藻さんと巴様のお付きの妖狐さんも来たけれど、誰も扉に触れようとしません。
「ちょっと、銀狐」
「お、俺か……いや、しかしな……」
「あなたこの里に居た時に、1回この祠に入ろうとしたでしょう?」
「いや、だからだよ……あれはもう勘弁だ」
なんでしょう、お父さんが凄い冷や汗をかいています。近付いたら何か起こるの?
「良いから行きなさい」
「うぉっ、止め……ぎゃんっ?!」
「あっ……」
すると、躊躇しているお父さんの背中を、お母さんが蹴り飛ばして、空狐の祠の扉にぶつけました。
その瞬間、お父さんは急に電撃を受けて、その場で伸びてしまいました。
これって……結界?
「プラス魂への苦痛付きね」
それって相当なダメージじゃないんですか? 精神的な苦痛を受けるのと、同じレベルらしいですからね。
「ちょ、ちょっと待て椿……パ、パパを心配しないのか?」
「いや、それは別に」
「うぐっ……そんな……ガクッ」
あっ、気絶した。
まぁ、大丈夫だからこそお母さんも蹴飛ばしたんでしょうし、しかもパパなんて言ってきたから、ちょっと寒気がしたんです。早く子離れして欲しいところです。
そりゃ、失った家族の時間を取り戻したいけれど……お父さんはちょっと度が過ぎてるんですよ。
ちょくちょく顔は見せてるし、一緒にご飯食べたりしているのに……足りないみたいです。
「銀狐の事は良いとして、この祠にはある妖狐しか入れないのよ」
すると、祠をじっと見ていた妲己さんがそう言ってきます。
「その前にも結界があるのじゃ。相当厳重に封をしおってからに」
あの、お父さんはそれに引っかかったんじゃ……。
「銀狐や金狐の私はその結界は通れるけれど、椿は通れないからね。ごめんなさいね2人とも、ちょっと協力して下さいね」
「ふん。その代わり、上等のお酒とお稲荷を用意してよね」
「私も同じので構わん」
あの……2人とも交換条件はそれで良いの? あと、もう1人は気絶しちゃってるんだけど。
「あの、手前の結界を解くにしても、お父さんが起きないけど」
「大丈夫よ、椿。こう言えば一発で起きるから」
嫌な予感がするけれど、お母さんは僕に耳打ちをしてきます。そして、その予感は当たりました。
あぁ、やっぱり言わなきゃ駄目なんですね。そりゃぁ、見た感じそれが1番効きそうだけどさ。う~仕方がないです。
「……パ、パパ! お仕事の時間だよ!」
「よ~し、やるか。皆も準備は良いか!」
早いですね、起きるの!!
僕が恥ずかしがりながらもそう言った瞬間、もう祠の前に立っていましたよ! どんだけ親バカなんですか。
しかも、キリッとして格好いい表情を作り出しているのがまた……余計に腹が立ちます。
「銀狐……そろそろ子離れしないさいよ」
「嫌だ」
「へぇ、私よりも椿が良いのね~へぇ~」
「あっ、いや……そうじゃなくて!」
「良いから、早くしなさい。夫婦会議はその後よ……」
「うぐっ……」
は~い、お父さんのバ~カ。
それはそれとして、早く結界を解いて欲しいんですけどね。何だか嫌な妖気がこの里に近付いているんですよ。
とにかくお父さんも起き上がったので、4人が横一列に並び、そして祠に向けて腕を伸ばし、手を広げます。
そのあと、4人で一斉に何だか良く分からない言葉を唱え始めます。また昔の日本の言葉じゃないかな……読み取れないです。
すると、4人がそれを唱え終わった後に、目の前の空間が一瞬光りました。
「さぁ、椿。一時的に結界が解けてるから、今の内に行きなさい」
「あっ、はい……でも」
「こっちに近付いてくる嫌な妖気は、私達が何とかしておくわ」
この里に妖気が近付いている事に、皆気付いていたみたいです。それなら安心かな。
それに、お母さんに背中も押されたので、これは行くしかないですね。この4人なら大丈夫だと思うけどね、最強の面子だし……。
そして僕は、空狐の祠にゆっくりと近付いていき、扉の前まで来ます。何だか凄い圧を感じるけれど、これは僕の緊張から来る錯覚かな?
「よし……」
それでも、僕は気を引き締めるかのようにしてそう呟くと、祠の扉に手をかけます。これで電撃が来たら終わりですけど……大丈夫、だよね?
「…………」
大丈夫みたいです……お父さんみたいに電撃が来ることはなかったです。
ということは、僕はこの祠に入れる妖狐だって事? お父さんお母さんは入れないみたいだけれど、僕は入れるって……いったい僕に何があるっていうの?
とにかくそのまま扉を押して、僕は中に入って行きます。
「うっ……覚悟していたけれど、カビ臭い……」
こういう古い建物はしょうが無いんだけどね。
そして、中に入って驚きました。
この祠の中には殆ど何もないです。中央に石碑がポツンと立っているだけでした。ただ、その石碑から凄い力を感じます。
今まで対峙してきたどの敵とも違う、今まで手にしてきたどの武器とも違う。不思議な力を感じます。
「……んっ? 何か書いてある。え~と……」
そして、僕はその石碑に何か書いてあるのを見つけ、それを読んでみます。
『何千年、何万年、何億年……絶えず我々は戦ってきた。願わくば、次にやって来る私が決着を着けてくれる事を願う』
凄く崩れた文字……象形文字みたいな、そんな良く分からない文字だったのに、今、なんで僕はこれを読めたの?
何千年……何万年……何億年?! き、規模が違いすぎる。
でも、そんなに長い間生きてる妖怪っているの? 分からない……これだけじゃあ何も分からないです。
「ん? 何これ?」
そしてその石碑の根元には、何かが置いてありました。
透き通る程の透明な数珠? 何でこんな物が置いてあるのかな……?
何かの武器……にしては妖気は感じないです。だけど、不思議な力の出所はこれです。
「……う~ん、結局良く分からないままです。これで本当に、撫座頭の能力を打ち消せるの?」
でも、他にはなんにも見つからない。
とにかく、この祠にはこれ以上の物は無さそうです。それなら長居は無用です。この数珠だけ持って行きましょう。
そして、僕は祠の扉から顔を出して、外にいる皆に声をかけます。
「あの~祠の中にはこれといって何も……」
「椿! 危ない!!」
「えっ……!」
「けぇぇええ!!!!」
僕が祠から出た瞬間、お母さんが叫んでくるけれど、叫ぶ前から何かが僕に飛び掛かっていましたよ。
鳥のような嘴なのに牙が生えて、細い体と骨みたいな翼……妖気の質からして、こいつはただの妖怪じゃない。
意思のない妖魔だ!!
「くっ……!!」
しかも、一時的に結界が開いている事を見抜いて、こっちに……!
「ギャッ?!」
「へっ?」
だけどその妖魔は、僕に向かって鋭く伸びた爪を向けようとした瞬間に、掻き消えました。
消えたんです。消滅したというか……何もかもが霧散して消えたというか……。
しかも、もうその妖魔の姿が思い出せない。妖魔が襲いかかって来たのは分かるけれど、どんな妖魔か思い出せない。僕に何かをしようとしたけれど、消えた……目の前で。
僕の手元で何か光った気がしたけれど、まさかこの数珠?
とにかく、この里に近付いて来ていたのは妖魔で、他にも数体の妖魔がいるみたいです。まだお母さん達は戦ってますからね。
だけどお父さんとお母さんは、僕の手にしたものを見て、凄く悲しそうな顔をしました。
「やっぱり……そうなのね。出来たら違って欲しかったけれど……」
「あぁ、天照大神の分魂だと思っていた……いや、分魂は分魂だが、その分魂に入り込んだか……?」
何の事? いったい何の話を? それよりも、先ずは妖魔を片付け……。
『ギィィェェエエ……!!』
「へっ? へっ? なに? 何が起こったの?!」
だけど次の瞬間、また僕の手にした数珠が光り輝き始め、襲いかかっていた数体の妖魔を一瞬で、消してしまいました。
この数珠? この数珠の能力なの? なんなんですか、この数珠は……!




