第拾話
グッタリとしてお風呂から上がった僕は、この里の妖狐達と同じ服に着替えます。薄手の着物と、袴と同じ素材で出来たスカートですね。
そしてようやく、この里の長のいる大きな木の家へと向かいます。しつらえは立派なので、その家に偉い方がいるんだなって、一発で分かります。
「ふぅ……疲れました」
「長に会う前から疲れてどうするの」
「だって、ここの里の妖狐達が……」
その家の前まで来るとお母さんが立っていて、僕を中に連れて長の所まで案内してくれているけれど、その途中でついため息交じりにそんな事を言っちゃいました。
お母さんが呆れた顔をして返してくるけれど、そもそもその原因は、この里の妖狐の女の子達にあるんですけど……。
因みに他の皆は里の妖狐達と遊んで貰っています。
どうやら長からの話は、僕とお母さんお父さん、そして妲己さんしか聞いたら駄目みたいなのです。その祠に行けるのも、その4人だけと言われました。
いったい何があるんですか? その祠に……。
そしてお母さんに連れられて、この家の中でも更に広い部屋へとやって来ました。二部屋か三部屋位が1つの部屋になってるくらいの広さです。
更にその奥には壇上があり、その前でお父さんと白狐さんと黒狐さん、そして妲己さんが立って待っていました。それともう1人いる。
えっ、あの十二単みたいな着物を着た妖狐は……。
「玉藻さん?!」
「あら、やっと来たね。お久しぶりじゃの」
何で玉藻さんまでこんな所に?
玉藻さんは今、コスプレ居酒屋の玉恵さんの所で、お手伝いしながら暮らしているんです。
実は玉藻さんと玉恵さんは、姉弟だったのです。あっ、玉恵さんが弟です。その……ニューハーフの妖狐さんなので。
だから今は、そこで2人で一緒に居酒屋を営んで、穏やかな生活を送っていたんだけれど、そんな玉藻さんまでこんな所にやって来ているなんて……よっぽど重要な事なんでしょうか?
「玉藻さんまで呼ばれてるなんて……」
「なに、あの祠を開けると言うではないか。あの祠は、それ程の強力な妖気を持った妖狐が、4人必要なのでな」
それで呼ばれたのですか。僕のお父さんとお母さん、そして妲己さんと協力して開けるんですね。
そこには何があるの? そんなに強力な武器でもあるの? それとも、誰かが封印されてるの?
「さっ、椿、それと皆も座りましょう。巴様が来られるわよ」
そして、雑談をする僕達に向かってお母さんがそう言ってきたので、僕達は順番に並んで壇上の前に座りました。
僕が真ん中でね。えっ……なんで?
「今日の主役はあなたよ、椿」
「へっ? へっ?」
僕? えっ……いったいどういう事?
ただ僕は、天狐様にここにある空狐の祠に行くように言われただけなのに……。
なんだか仰々しい感じになってきたので、ちょっと戸惑います。
すると、壇上の脇に居た妖狐のお姉さん達が、僕達に向かって声をかけてきます。
綺麗だなぁ、この妖狐さん達。一切痛んでなさそうなサラサラの長髪が、絹みたいに見えるよ。
「巴様が来られました。ご無礼の無いように……」
そして妖狐のお姉さん達がそう言うと、壇上の右袖から、着物も肌も目の色も髪の毛も、全部真っ白な妖狐の女性が出て来ました。
その真っ白な長髪は床まで伸びていて、うっかり踏んづけてしまいそうな感じだけど、髪の毛が足を避けているような、そんな感じで靡いていました。
この人が……巴様? 妖狐の里の長。
目も細目だから、その瞳が真っ白なのが気付きにくいけれど、何もかもを見通しているようなその視線は、ちよっと怖いかも知れない。
そして、その妖狐さんは壇上の真ん中に正座をして座ります。丁度僕と向き合う感じです。やっぱり、僕に関しての話? これ以上僕に何があるっていうの?
「…………」
何を話してくるんだろう……そう思って僕は身構えます。
「…………」
だけど、巴様は中々話してこない。
「…………」
まるでお人形さんみたいに感じる。だけど、早く喋って欲しいです。その視線を向けられ続けるのは、ちょっとキツいです。
「…………」
「巴様?!」
すると、巴様は突然涙を流し始めました。
えっ? えっ? 僕何かした?! 明らかに僕を見て泣いたよ? いったいなにが……。
「……すまぬ。巡り巡って、よもやこの時期にまた妖狐のお姿とは思わず……つい」
「えっ……えっ?」
「そなたが椿じゃな。申し遅れた、私はこの里の長をしている、巴と言う」
「あっ、はい。えっと、椿です。よ、宜しくお願いします」
そして僕は、巴様が挨拶をした後に自己紹介をして頭を下げます。
礼儀はちゃんとしないと、横にいるお母さんにお尻を抓られちゃいますからね。
「そう固くならなくともよい。そなたはこれからの日々に、試練が待ち構えておるんかもしれんのじゃ。ここに居る間はゆっくりすると良い。それと、今は落ち着いて日々を過ごすんじゃ」
そう言って、巴様は柔やかな笑みを僕に向けてきました。あっ、表情が無さそうな感じもしたけれど、ちゃんと笑ったりもしてくれました。
よかった……怖そうな人だったから、ちょっと緊張しちゃってました。
それよりも気になる事を言われましたよ。
「あの、これからの日々に試練って……?」
確か僕は空狐の祠に行くんですよね? そこには、空狐様がいるんじゃ……その妖狐に何か言われるの?
「行けば分かる」
何だかはぐらかされました。行けば全部分かるのかな? それなら行くしかないけれど……。
「その前に、そこに行く資格があるかどうか試させて貰う」
そう言うと、巴様は右手を前に差し出して広げてきます。その瞬間、僕の後ろに何かが出て来る気配がしました。
敵? こいつを倒せとか、そんなやつですか?
そう思って後ろを確認すると、そこには目の前にいる巴様と全く同じ姿をした、もう1人の巴様が座っていました。
「さぁ、捕まえてみて下さい」
「へっ? 捕まえる……のですか?」
お母さんに睨まれた。言葉使いを気を付けないと……。
「そうです。正し、普通では捕まりませんよ」
「うえっ?!」
僕の直ぐ後ろにいるから、直ぐに捕まえられると思ったら、右手を伸ばした瞬間、今度は僕の左側に座っていました。
一瞬で移動したの? 見えなかった……こんなの捕まえるなんて出来るの?
「うっ……くっ! あれ? ちょっと!」
気が付いたら、僕は立ち上がって真剣に捕まえようとしているけれど、いちいち反対側に出て来るから、捕まえられないよ……ってあれ、これってもしかして、僕が捕まえようとする腕に反応してるんじゃ……。
試しに右手で捕まえようとしたら、左に、左手で捕まえようとしたら右に移動しました。
それならと思って右手を使い、左側にいるもう1人の巴様を捕まえようとしたら、逆さまになって天井に張り付きました。意味なかったです。
「む~影の操!」
もう良いです、妖術を使って捕まえます! と思ったけれど、今度は妖術が出ません! 封じられてる?!
「体術のみで捕まえて下さい」
「うぅ……」
壇上にいる巴様は、何だか少し嬉しそうにしています。もしかして楽しんでます? これ、試してるんじゃなくて、僕で遊んでるんじゃ……。
「む~」
そうなると、ただ捕まえようとするだけじゃ駄目ですね。何かあるはずです。攻略法が……。
それよりも、この巴様は分身か何かなのかな? この分身の巴様を捕まえるなんて出来……。
「…………」
ちょっと待って下さい。あれ? 巴様は、分身を捕まえて下さいって言ったっけ?
言ってない! ということは……。
「……そっち!!」
「あら……」
ようやく相手の言葉の意図を理解した僕は、咄嗟に壇上の巴様に向かって行き、そのまま飛び付きます。
要するに、巴様を捕まえれば良いんだ。同じ姿をした巴様が出たから、ついそっちを捕まえるんだって思い込んでいました。
そして立場なんか関係なく、捕まえる時は目上でも容赦なく捕まえられるかどうかを、試されていたんだ。
「ふふ、捕まえまし……」
「さぁ、それはどうかしら?」
「……あれっ?!」
相手は逃げる暇はなかったはず……それなのに、僕の手にはなんの感触もなかったです。
それで良く見たら、巴様が正座をしたまま、ちょっと横にズレていました。それで僕の突撃を回避しましたか……だけど。
「んっふふ~それでも捕まえてるのは捕まえてます!」
「……おや?」
そう、尻尾です! 僕の尻尾の先を、巴様の腕に絡ませる事に成功していたんです。
「やりますね……こんなに尻尾を自在に扱うなんて。敏感なのに」
「ふぁっ?! そ、それなら触らないで下さい!」
何だか触り方が艶っぽいというか、そんな触られ方は初めてです。軽く悶えそうになっちゃいました。
とにかく、これは捕まえた事で良いよね?




