第漆話
そして翌日、僕は白狐さん黒狐さん、そしてお父さんとお母さんと香奈恵ちゃんも一緒に、妖狐の里に向かう事になりました。今はその準備をしています。
「妖狐の里か~椿ちゃんみたいな妖狐達がいっぱいいると思うと……うふふふふ」
「香奈恵ちゃん、今は君もその妖狐ですよ」
変な笑い方をしないで下さい。それに、僕と同じような巫女服なんか着てたら、弄られるのはどっちになるかな~
「香奈恵、尻尾触り放題の天国、共に萌え死ぬ覚悟は出来てる」
「なんで雪ちゃんも出掛ける準備してるんですか?」
いそいそとお着替えをして、ちょっと大人っぽい服装に身を包んだ雪ちゃんの表情は、どこかウキウキしていそうです。
「しょうがないでしょ、私達も、今は鞍馬天狗の翁の所には戻れないわよ」
「そうっすね。皆さん元に戻って貰わないと、また姉さんを捕まに行かないといけないっすからね。そんなの嫌っす」
「そんなわけで、私達も椿ちゃんと一緒に行動するのは当たり前なのよ~」
そして、他の3人も出掛ける準備をしていました。いや、全員でゾロゾロと行くのは迷惑じゃないですか?!
「ふふ、妖狐の里には許可を貰っているから、皆で行きましょう」
「お母さん?! 良いの?!」
僕が不安そうにしていると、その後ろからお母さんがそう言ってきました。
「えぇ、別に誰も入ってくるなってわけでは無いからね。それに、椿も皆と一緒の方が良いでしょう?」
「えっ……いや、別に嫌では無いけれど、妖狐の里の妖狐達に迷惑かけそうな……」
「その割には尻尾振ってるわよ?」
「ふやぁっ?! 尻尾振らない、狐は尻尾振らない!」
狐は群れで生活しないから、尻尾なんか振らないのに、何で今僕は尻尾を振っているんでしょうか?!
とにかく、必死に止めようとしているけれど止まらない! 誰か止めて~!
「ふふ、人に慣れた狐は尻尾を振るようになるのよね~」
「お母さん! 僕は人に慣れた狐じゃない!」
そんなペットの狐じゃないんだから……。
そう思っていると、後ろから雪ちゃんが僕を抱き締めてきます。あっ、嫌な予感……。
「ほ~ら、椿。ナデナデナデナデ」
「ん~きゅぅ……って、駄目ぇ!!」
雪ちゃんに顎を撫でられて甘え声が出ちゃった! しかも香奈恵ちゃんの目の前で……もうお母さんとしての威厳も何も無いですよ。
「これこれ、あまり椿を撫ですぎるな。我等に反応しなくなるだろう?」
「本当に、最近の椿は妖狐らしくなって、更に可愛くなっているんだ。これ以上可愛くさせたら、俺達が独占出来ないだろう」
「そう言って白狐さん黒狐さんも頭撫でないで、顎撫でないで、ほっぺプニプニしないでぇ!! きゅぅぅぅ……!」
それ以上されたら、嬉しくて甘え声ばかり出ちゃうから! 勘弁して下さい! 僕は香奈恵ちゃんの前では、しっかりしたお母さんでいたいんです!
「さて、それじゃあ今の内に全部済ませちゃいましょうか。楓」
「う~美亜さん、自分も姉さんをナデナデしたいっす」
本当に、これ以上は僕の威厳も何も無いです。だから必死に抵抗しているけれど、雪ちゃんにしっかりと抱き締められていました。駄目だ、逃げられない!
結局その後僕は、全員にまんべんなく撫でられてしまいました。僕は皆のペットじゃないのに……。
―― ―― ――
その後、白狐さん黒狐さんに引きずられて、僕達はとある山奥へとやって来ました。
京都からは出ていないよ。それと、伏見稲荷にも雲操童さんは常駐しているので、撫座頭の影響を受けなかった者もいます。
その雲操童さんに運んで貰い、1時間もかからずに移動しました。ただ、その雲操童さんの上で僕はグッタリしていましたけどね。
もう本当に、僕は皆の玩具ですよ。
とにかくここは、京都市内からなら車で2時間弱、弥生時代、強力な国があったとして、古代丹後王国の存在が伝わる、京都の丹後半島の……海沿いの方です。
雲操童さんでは行けない場所らしいので、僕達は途中から山の中を歩いています。
確かこの地域には、日本海側最大の前方後円墳があったはずだよ。銚子山古墳だったかな。地元の人達が知らずに削ってしまって、一部田んぼにしちゃってるけどね……。
それとここは、丹後七姫と言われる美女達が居たんです。小野小町と静御前もその1人とされています。
あと『浦島太郎』や『天女の羽衣伝説』もこの地がルーツと言われていたっけ。
とにかく、それくらいこの丹後半島には伝説や伝承がいっぱいです。
だからね……こんな山奥で鬼が出て来ても、なんら不思議ではないし、別に驚きはしません。でも、ここは人間界だから! 出て来たら騒ぎになるから!
『おのれ……麻呂子王。良くも我々を……』
「って、これ怨念じゃん。黒羽の矢」
『がぁっ……!!』
何時までも迷っててもしょうがないですよ。だから、僕がその怨念を弾いて上げたけど、その瞬間何処かに行っちゃいました。どこに行ったの?
「ふむ……どうやら麻呂子王とやらを探して、この辺りを彷徨っていたのだろう」
「怨念が消え、成敗された本来の場所に飛んだんじゃないのか? しばらくしたら成仏するだろう」
すると、さっきのを見て白狐さん黒狐さんがそう言ってきます。
良かった……ってその前に、麻呂子王というのが気になるので調べてみましょう……えっと……。
「えっ? えっ……えぇ!!」
「どうした椿よ」
「姉さん、なんか凄い奴だったんっすか?」
「凄いもなにも……聖徳太子の異母弟だよ……」
『なっ……?!』
半分血が繋がってる兄弟じゃん。
昔の偉い人の中には、そういう繋がりが多かったとは聞くけれど、この土地ってやっぱり……京都ならではの伝承が多いですね……。
すると、その場で立ち止まっていた僕達の耳に、何かがやって来る音が聞こえます。また妖怪?
「白狐さん、黒狐さん……」
「分かっとる」
「何が来るんだ?」
「あっ、皆も戦う準備をしておいて」
その音が聞こえた時から妖気は感じていたけれど、音が近付くにつれて、それが濃くなっているので間違いないです。妖怪ですね……。
「はぁ……はぁ……あぅ!」
へっ? 急に誰かが茂みから飛び出して、躓いた?
「きゃぅっ?!」
「はぶっ!!」
ちょっと! 僕に向かって突っ込んできましたよ!
だからその直後に、僕は顔に柔らかい衝撃を受けて、後ろに倒れちゃいました。って、この柔らかい衝撃は……。
「う、う~ん……いったた……はぁっ?! あっ、女性で良かった~」
「うぶぶ……! 退いて下さい!」
「ご、ごめん!」
やっぱり、豊満な胸でしたね。思い切りその胸に押し潰されたんですね、僕……。
ふふ、うふふ……胸が無い僕に対しての嫌味かな~?
「つ、椿落ち着け……変なオーラが出とるぞ」
「え~そんなオーラ出てませんよ~」
「うぅ、なんか怒ってる? とにかくごめんってば! それよりも私、追われてるのよ! 助けて!」
そう言って、その豊満な胸の女の子は僕達に助けを求めてきます。
でも、歳は僕と変わらない若い女の子の見た目です。だけど良く見たら……見慣れた物がその子には付いていました。
フサフサの狐色の尻尾、同じ毛色の耳が、ピョコンと頭から生えている。この子、妖狐だ!
「はれ? 良く見たら……尻尾が、えっ? 妖狐仲間?! わっ、わっ、5人もいる!」
「オタク仲間みたいに言わないで下さい……」
別にそれが悪いって訳じゃないけれど、なんか言い方が……。
「あっ、ごめん……でも、それなら丁度良いや。あれ、何とかして!」
そう言って、その妖狐の女の子が指刺した方向からは……。
『麻呂子王~!!』
さっき僕が退治した鬼の怨念が現れました。
全く同じ奴? いえ、2体居たんですね。角の付き方がちょっと違います。
最初の奴は額の真ん中から1本、今度のは右端から1本生えてます。別の鬼ですね……ソックリだけど。
「黒羽の矢」
『がぁっ!!』
とにかく全く同じ術で対応するだけです。
うん、この鬼も怨念を弾いたら何処かに飛んでいきました。
そして、その後妖狐の女の子がキラキラした目で僕を見てきました。これ、また僕はやっちゃったんでしょうか?




