第陸話
その後僕は、夕方頃にお父さんとお母さんに連れられて、天狐様の元に向かいます。
その前に結構真剣な顔をしていたから、何か重要な話なのは分かるけれど、いったいなんでしょう。
そして妖界の方の伏見稲荷大社にある、天狐様の社に着くと、その中で座って待機します。ここは相変わらず変わらないです。
それと天狐様も変わらないです。その場に直ぐに現れた天狐様は、派手な狩衣を着て現れました。髪の毛もツンツンに立ててるし……天狐っぽくないんですよね。
「久しぶりだな、椿」
「あっ、はい。お久しぶりです」
そして僕の前に座って、天狐様は僕にそう言ってきます。
「人間界の方は厄介な事になってるな」
「そう……ですね、でも大丈夫です。直ぐに取り返すので」
「そう簡単にはいきそうにないだろうがな」
「えっ? なんで……?」
その天狐様の言葉に、僕はちょっと動揺しちゃって聞き返しちゃいました。なにか問題でもあるのでしょうか?
亰骸を倒すだけだから、簡単にいきそうなんだけど……油断さえしなければ。
「亰骸の目的が、人間や半妖の妖怪化……となると、戦力増強をしているのだろうな」
「戦力増強?」
何でそんなことを……と思ったけれど、僕にも思い当たる節がある。僕の前に立ち塞がった、八坂神社の守り人八坂さん。
確かその人が、黒い太陽に気を付けろって言っていた。それと亰骸の戦力増強と、何か関係があるとしたら……。
天狐様が言いたい事って……。
「ん、その顔だと誰かから何か聞いていたのか?」
「あっ、少し……八坂さんから、黒い太陽に気を付けろって」
「八坂か……結局あいつも、これを何とかしたかったのかも知れないな」
そう言うと、天狐様は自分の後ろに隠していた、古い円形の鏡を取り出すと、それを僕に見せてきます。
「これは……?」
そこに映っていたのは、燃え盛る炎を噴き出す太陽の表面でした。
これって今の太陽の様子? 望遠能力があるの? それにしては凄すぎますよ。
だけど次の瞬間、その炎が消えました。良く見たら、下の方にある黒い影に飲み込まれたように見えるんだけど……。
「……えっと……何が起こっているの?」
「太陽が、食われているんだ」
「えっ?!」
太陽が食べられるって、何ですかそれ! そんな事ってあり得るの?
でも、天狐様の真剣な表情と、お父さんお母さんの険しくなった顔を見て、それが本当に起こってる事だと分かりました。
「黒い太陽……通称空亡。だがこれは、その封印が完全に解かれるどころか、1000年前には起こりえなかった、覚醒が起こっているのかも知れない」
「空亡……? 覚……醒?」
もう何が何だか分からないです。
普通に復活するんじゃなくて、何かとんでもない状態になって復活するんですか?
「太陽を喰らい、自身が太陽に成り変わろうとしているなら、これは完全に覚醒しようとしている。つまりもう、その封印が半分以上解けているんだ」
封印……封印されていた妖怪。空亡……頭が痛い……なんだろう。その空亡と言う言葉、遠い昔に聞いたような……何これ。
もう僕の記憶は封印されていないはずなのに、何でまた何かを思い出しそうになってるの?!
「椿、空亡は最強の妖怪とされていて、妖怪が最も恐れる妖怪として、遥か昔から語り継がれているわ」
すると、頭を抱える僕に向かって、お母さんは淡々と空亡の事を説明してきます。
でもその瞬間……僕の脳裏にある光景が浮かびました。
黒い炎に包まれて燃える大地、同じようにして燃えていく沢山の村々。
逃げ惑う人々、それを助けようとする妖怪達。
そして次々と殺されていく妖怪達、妖狐達……僕は両手を前に出して……何かを止めようと……何かを……ゆっくりと前から近付いてくる。女の子を……。
『駄目です! 空――』
「椿!!」
「はっ?! あっ、はぁ……はぁ……」
お母さんが叫んだから、映像が途切れました。
途切れて良かったような……良くなかったような。もう、何なのこれ……僕にはもう、封じられている記憶なんて……!
「椿、まさかとは思うけど、前世の記憶が?」
「へっ? 前世……えっ? 僕の前世?」
何言ってるのお母さん。そんな香奈恵ちゃんみたいに、前世の記憶を持って産まれたわけじゃないでしょ?
でも、子供ならたまに前世の記憶が……って、僕は子供じゃない。それなのに、何で前世の記憶が?
「前世というよりも、転生に近いと思うがな……何せ、その魂は未だに椿の中にある」
「……へっ? なんの魂が僕の中にあるの?」
天狐様の言ってる事もなんだか良く分からないです。
いったい僕は何なの? 何者なの? 天照大神の分魂だったけれど、今はただの妖狐だよね?
だけど、天狐様は続けてきます。
「そもそも椿。お前は過去の戦いで、その体を失う程の力を使った。それが天照大神の計らいで妖狐になった……と思うだろうが、そもそも体を無くした者に妖狐の体を与えるなど、天照大神にそんな事が出来ると思うか?」
「……えっ? えっ……」
天狐様の追撃で、僕はもう大混乱です。
ちょっと待って、それってどういう事なの……? 天照大神様は、そんな事出来ないって事? それじゃあ、僕はどうやって……。
「金狐、銀狐。あの祠を開ける時が来たようだ」
「そうみたいですね」
「来て欲しくはなかったがな……」
そして天狐様の言葉に、お父さんとお母さんが暗い顔をします。何か良くないことなの?
「とにかくだ、空亡は妖怪を滅ぼす存在。それを倒そうと亰骸が動いているとしたら、この状況にも説明はつく。しかし、今のままでは亰骸の策を覆せん。だから椿、お前は見に行かなければならない。妖狐の里にある『空狐の祠』にな。それが、亰骸攻略と空亡攻略の第一歩だ」
そして、天狐様はそう言いながら立ち上がると、そのまま奥へと向かっていきます。ちょっと待ってよ、僕には何が何だか……。
「あの、その前に僕には……」
「あぁ、撫座頭の能力も、空狐の祠に行けば攻略法が見つかる」
立ち去ろうとする天狐様に声をかけると、天狐様は僕に背を向けたままそう言います。
「へっ?」
いったいどういう事? 空狐の祠には何があるっていうんですか?
だけど、呆然とする僕を置いて、天狐様はそのまま奥へと消えていきました。
「椿、行きましょう。妖狐の里に」
「行くにしても、あそこは遠いからな。準備をしないとな」
そしてその後に、お母さんとお父さんがそう言って立ち上がります。
もう何が何だか分かりませんよ……だけど、その空亡というのが復活しそうになっているなら、それも止めないといけない。
でも、それは僕がやるの? 僕達がやるの? どっちなの? 協力して倒せる敵なの? それとも……。
ううん、考えていても仕方がない。今は僕の大切なものを取り戻したい。
その攻略の鍵となるものがあるのなら、その妖狐の里にある『空狐の祠』に行ってみましょう。
でも空狐って確か、3000年も生きてる妖狐でしょ? その妖狐がその祠に居るって事なのかな?
因みに3000年って、天狐様より長生きなんです。位は天狐様が上だけど、能力的には空狐の方が上なんです。つまり、隠居している妖狐になります。いったいどんな妖狐なんでしょう。
そして、僕もお父さんとお母さんに続いて立ち上がり、天狐様の社を出ようとするけれど……。
「あぅっ」
そのまままた可愛くお座りしちゃいました。
し、しまった……真剣な話で緊張してたし、また変な映像が脳裏に過ぎったりしたから、足に力が入ってました。
足が痺れてる……。
「どうした椿」
「何でもないです」
お父さんに言ったら突いてきそうなんで言いません。早く痺れとれて!
「あら、どうせ足が痺れているんでしょう? ツンツン」
「ふにぎっ……いっ!」
そう思っていたら、お母さんが僕の後ろに伸びていた影を操って、それで突いてきました! 何してるの、お母さん!
当然僕はその場でへたり込んで、しばらく足の痺れと格闘していました。




