番外編 其ノ壱
椿達が撫座頭の力によって、無実の罪を押し付けられた直後、ある場所でそれを敏感に受け取った者がいた。
「こっちの計画通りにいったか」
寺院の中を思わせるような、木の造りによる内装。そして立派な木の柱が所々にあり、そのどれもが年代を感じさせていた。
更に奥には何体かの仏像が並び、そのどれもが仁王像のような険しい顔をしている。
そこに、1人の男性が入ってくる。
「童子、報告でたった今……」
「あぁ、分かってる。今感じ取った」
「流石です……それでは?」
「もちろんだ、人間、半妖どもの妖怪化を一気に進めろ。あぁ、それと、鞍馬天狗の家の奴等と協力しろ。俺の使いだと言えば、すんなり通してくれるだろうぜ。なんなら亰骸の事も話して良い」
ロウソクの灯りだけの部屋で、ぼんやりと浮かぶ姿には、額に角のようなものが見えていた。そして今入ってきた男性は、その者に頭を下げる。
更にはこの角を生やした者は、鞍馬天狗の家の事も詳しく知っていた。
「分かりました。それと、捕らえたあの者達はどうします?」
「あの4人か……うろちょろと俺の事を探ってやがったしな。まぁ、あいつらは最初から疑っていたし、俺の事を嫌ってやがったからなぁ……丁度良い、久しぶりに挨拶してやるかぁ」
そう言うと、角を生やしたその者は、ゆっくりと歩いて行く。そしてその後ろを、入って来た男性が付いていった。
―― ―― ――
そこから少し歩いた所で、地下へと入っていく2人。そこは何と、牢屋が広がっていた。
暗くてジメジメしているのはもちろん、苔むしていて、如何にも不衛生極まりない状態である。もう何十年もここが使われていない事がうかがえる。
すると、額に角を生やした者は、ある牢屋の前で立ち止まる。
「よう、久しぶりだなぁ~」
そして、その中にいる女性4人に話しかける。その4人は、椿に近しい4人であった。
「龍花、虎羽、朱雀、玄葉」
そう、鞍馬天狗の家にいる座敷わらしを守護する、あの四つ子の女性達であった。
なぜ座敷わらしと離れていたのか。そもそも座敷わらしは今、鞍馬天狗の家には居なかったのだ。
他言無用として、この四つ子の4人がコッソリと、鞍馬天狗の家から連れ出していた。
椿には報告していたが、絶対に誰にも言うなと強く言われていた為、絶対に口にしなかったのだ。
鞍馬天狗や他の妖怪達も、この四つ子の行動に首を傾げていたものの、この4人のやることに間違いはないと思い、追求はしなかった。
「くっ……くそ!」
「ここから出せ!」
「落ち着け、龍花、虎羽!」
「そうですね……こうなっては機会を伺うしか……!」
そして、全く同じ凛々しい雰囲気の顔をした4人が、黒髪のポニーテールを靡かせて、牢の外にいる者を睨みつけた。
この4人、四つ子なので体型も全く同じで、魅力的なスタイルをしている。それなら見分ける方法はどこかというと、ポニーテールを結んでいるリボンの色である。
白が虎羽、青が龍花、赤が朱雀、緑が玄葉となっている。
「あ~まぁよ~落ち着けや~お前等」
「くっ、その口調、毎度毎度忌々しい!」
「ん~そうだな。もう俺はただの飲んだくれじゃねぇからな……!」
「うぐっ……」
龍花の気迫にも一切怯まず、むしろ逆に彼女を怯ませた。
そして額に角を生やした者は、ゆっくりとその場にしゃがむと、面倒くさそうにしながら頭を掻きむしる。
その腰にはひょうたんが見え、そして使い古されてくたびれたロングコートを羽織っているのも分かる。
「飄々とあの時と同じようにして、座敷様を狙うなど、何を考えている!! 酒呑童子!!」
「お~お~吠えるねぇ」
そう、その額に角を生やした者は、何を隠そう酒呑童子であった。
ひょっこりと現れて椿の様子を観察し、そして師匠となって椿に修行を付けた妖怪である。
それが今何故このような行動に出ているのか……何故座敷わらしを狙ったのか……。
実はこの4人は、酒呑童子が座敷わらしを狙っているという情報を掴み、いち早く鞍馬天狗の家から座敷わらしを逃がしていた。
つまり、今のこの酒呑童子は、相当危険な事を考えているとしか思えなかった。
「あいつの幸運のパワーが必要だからな……」
「それならこの組織はなんだ!! 亰骸だと?! 京の骸? それとも亰嗟の骸か! 貴様、やはりあの茨木童子の意志を……」
すると、龍花に続いて怒鳴り散らす虎羽に向かって、酒呑童子が淡々と話し出す。
「継いでねぇ。こいつは元々、荒々しかった頃の俺が立てていた計画だ。茨木童子はそれに反対して、独自で動いていただけさ。まぁ、その茨木童子のやり方はむちゃくちゃ過ぎたし、穴だらけで結局失敗したがな」
そして酒呑童子はそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。そこにはもう、飲んだくれの妖怪はいない。
その雰囲気はもう既に、鬼そのものであった。無精髭も剃っており、昔の酒呑童子はどこにもいない。
「覚悟しておけよ。本当の酒呑童子が、貴様等を地獄から救ってやるよ」
そう言うと、酒呑童子はその場から去って行った。
「地獄から……だと? ならば、何故我々をこんな所に……」
「それよりも、椿様に報告を……」
「そうだな、何とかしてこの事を椿様に言わないと」
「そして座敷様を守って頂かないと……!」
だが、この時4人はまだ気付いていなかった。
椿達が、日本中の妖怪達から追われる身になっていた事を……。
―― ―― ――
酒呑童子は先程の広間に戻り、木で出来た豪勢な椅子に座ると、そこから開け放たれた窓の外を見る。
そこは人間界で、今は夕刻なのか日が沈んでいくのが見える。酒呑童子はそれを眺め、そして独り言を言い出す。
まるで、自分の心に言い聞かせるように。良心を押し潰すかのようにしながら……。
「椿……てめぇの事は気に入ってたがな、やっぱ駄目だわ。それじゃあ駄目なんだわ、椿」
その目は、怒りでも憂いでも無い、言い表せないような恐怖に満ちた表情をしている。
「どこのどいつか知らねぇが、やってくれやがったな。陰陽師の奴等も動いているが、間に合わねぇ。まぁ、あいつらはまだ何かやっていそうだ。怪しいから調べているが、尻尾が掴めねぇ……椿、遅ぇよ、動きが遅ぇ」
そう言うと、今度は酒呑童子は険しい顔付きになる。
「妖怪や半妖と人間が仲良しこよし……そんな事やってる間に、世界が滅ぶんだよ。黒い太陽……怪奇日食が始まるぞ」
そう言う酒呑童子の目には、沈んでいく太陽が映っている……が、肝心のその太陽の一部が黒くなっている。
しかも、底が見えない程の深い穴になっているみたいに真っ黒であった。それが他にもポツポツと存在している。
「人間どもは黒点と言ってるか。それに紛れてんだわ……食われた後がな。誰かがアレの封の半分を解いた。いや、もう少し解いてやがる。あと、どれだけだ?」
そして酒呑童子はゆっくりと立ち上がり、その窓から離れて部屋を出て行こうと歩き出す。
「悪いな、椿。てめぇは退場だ。伏見稲荷で白狐黒狐と仲良しこよししとけ。もうてめぇじゃ勝てねぇよ。だから……」
ゆっくりと歩く酒呑童子のその目は濁っておらず、むしろ決意に満ちた目をし、火が灯っていた。
これが酒呑童子の決意した事。例え元仲間から罵倒されようとも、進むと決めた道。
遥か昔、茨木童子と決別した時に置いてきた心。
十数年前、茨木童子と戦い、そして相手が死んでいった時に、その心は戻っていた。
酒呑童子は止まらない。
「俺様が全ての決着を着けてやる」
大江山の鬼が、今ここに復活をした。
焼けるような夕焼けに照らされ、酒呑童子の背後で怪しく映る、険しい顔をした木彫りの像の数々は、正に今の酒呑童子の心を映しているようでもあった。




