第参話 【2】
巾着袋から御剱を取り出して、僕はゆっくりと歩きながら相手との距離を測ります。
さっきみたいに、いきなり尻尾が蛇みたいに変化して、襲いかかってくる可能性があるからね。
そして僕は、御剱に自分の妖気を流します。
これは神妖の妖気が使えていた時に使っていた、妖気の安定器みたいなものです。だから別に、神妖の妖気が無くても使えるよ。こうやって、御剱の周りに風を纏わせてね。
「一応言っておきます。退いてくれますか?」
その後に、僕は相手に向かってそう言います。派手に戦って、街に被害を出すわけにはいきません。
その修繕は僕達妖怪がやるんですよね。だから、出来るだけ壊したくないんです。
「はっ、そりゃぁ無理な相談やな!」
そう言うと、相手は猛禽類の脚みたになった腕を振り抜き、僕に攻撃をしてきました。
「――っ、そりゃそうですよね!」
もちろん僕は御剱を構えて、相手の攻撃をそれで受け止めます。そのまま妖術を放ちますけどね。
「黒槌岩壊!」
「げっ!!」
尻尾をハンマーにする妖術、それの強化版です。思い切り硬いだけですけどね。
僕の武器は御剱だけじゃないです。この尻尾だって立派な武器です。
「ほら、次行きますよ、黒焔槍!」
そして、次は黒狐さんの妖気を解放して、尻尾を黒炎に変えた後に槍みたいにして貫きます。
「げふっ……ぐっ!!」
だけど貫けなかったよ。相手が硬かったです。
それだけの妖気が全身に行き渡っているんでしょうね……黒羽の矢で剥がさないと、止まりそうにもないです。
「あっ……」
「全く……こんないかにも掴んで下さいって言うようにして尻尾を使ってくるなんて、お前アホちゃ……あぁ?!」
「投げ飛ばすの? やってみてよ」
「な、なんで持ち上がらへんねん! さっきは簡単に……!」
さっきはね。ビックリしちゃったから踏ん張れなかっただけで、白狐さんの妖気を解放すれば、その圧倒的な力で踏ん張って、絶対に投げ飛ばされないように出来るんです。
そのついでに……。
「ヒョイッと」
「うぉ……なっ! 何で俺の方が!」
「てぃ!!」
「うがっ?!」
僕が尻尾で相手を持ち上げて、そのまま地面に叩きつけました。それと……。
「御剱、風来神威斬!」
神妖の妖気を使った技ではないけれど、風の刃を使って、それに近い技にしてみました。
とにかく、僕は御剱を縦に振り抜いて、風の刃を放って相手を斬りつけます。
「げっ……! かっ、あっ……なんや……この圧倒的な力は」
「そりゃぁ、それだけの強敵と戦って来ましたからね。経験値が違います」
そして、今でも一生懸命戦い方の特訓をしているんだから、妖怪に成りたての人に遅れを取るわけにはいかないんですよね。
「あぁ……燃えるやないけ!!」
「へっ? いや、あなたの力では勝てないんだよ、大人しくその妖気を――」
「アホな事言うな! この力、この力があればこの国を牛耳れんねんぞ!」
そう叫ぶと、その人は更に新たな錠剤を取り出します。黒い妖気が纏う錠剤を……。
それ以上飲んだらどうなるか分からない、流石に止めないと!
「くっ……! 黒羽の妖砕矢!」
「なんや? うっ……! お、俺の力が削がれ……クソがぁ!」
そんな……ちゃんと貫いたのに、全部削げてない!
そして、そのまま相手は手に出した錠剤を口元に持っていきます。
「だから、それ以上は飲ませません! 人としても妖怪としても終わるよ!」
それを見て、僕は全力で跳びかかった。
その人が飲む前に止める為に、火車輪を展開して、それで殴りつけようとして……でも、既に口の中に放り込まれた。間に合って……!!
「狐狼拳!!」
「うぐっ……!!」
何とかお腹に当てて相手を吹き飛ばしたけど……その直前に飲み込んだ音がしました。間に……合わなかった。
「お、お……おぉ……うぉぉぉおおお!!」
「いかん、椿! 逃げろ!」
膨らんでいく相手の体、盛りあがる筋肉。
人としてのものが一切無くなり、その人は変化していく、大きくなっていく。
こんなの妖怪でも何でもないです……ただの化け物。モンスターです。
「ぐぉぉぉおおお!!!!」
もうその人は、人としての意識が無くなっているんだと思う。
それくらいの獣のような雄叫びを放ち、体毛が体を覆い尽くし、口は裂けて牙が伸び、爪は鋭く大きくなっていく。
「椿よ、呆然とするな!」
「あっ、白狐さん黒狐さん……と、止められなかった……僕」
「だから何?! 起こってしまったのを後悔してもしょうがないでしょ! 直ぐに動くのよ、対策するのよ! これが何とか出来るとしたら、あんたしかいないのよ椿!!」
「お母さ……椿ちゃん」
そして皆が僕の元に来て、口々にそう言ってきます。
香奈恵ちゃんは心配そうな顔をしながら、僕を覗き込んでくる。
あっ……いつの間にかへたり込んでいましたね、僕。
それと良く見たら、撫座頭は既に捕まっていて、何かブツブツ言ってますよ。
あれ、気絶させた方が良いんじゃ……捕まえるだけじゃ、まだ何をするか分からないでしょ?
そうだ……そうです。やらないと、僕がやらないといけないんだ……。
既にビルの高さと同じくらいになってしまった男性は、もう妖怪でも何でも無くなってしまいました。
これを止める? 止める事が出来るとしたら、黒羽の妖砕矢。
それを、黒狐さんの妖気で解放された能力『術式吸収』と『強化解放』を駆使して、パワーアップさせないと無理です。
だけど、溜めている間は誰があれを止めるの? ううん、分かってる。白狐さん黒狐さんも、妲己さんもやる気の目をしている。
「白狐さん黒狐さん……それと妲己さん、ごめんなさい。一般人に被害が出ないように、止めておいて下さい」
「ふん、やっと戻ったわね。それじゃあそっちもとっとと動きなさいよ」
「分かってます。あとそれと……死なないで下さい」
だけど、僕がそう言った後に、妲己さんが僕のほっぺを引っ張ってきます。
「ほにょにょによ!! って、何するの!」
「あ~ら、いつの間にか偉そうな口をきくようになったから、ちょっとお仕置きよ」
「いたたたた……なんで……」
「私を誰だと思ってるの? 三大九尾の狐、妲己様よ。こんなもの……!」
そう言うと、妲己さんが巨大化した化け物に向かって、指を弾きます。その瞬間、化け物の動きが止まりました。
いや、違う。影です。その化け物の足下の影が、一気に全身を巡って、固まったのです。
「影蝋。それで、あとはあんただけだけど? もう準備出来てるの?」
僕の心配はいったい何処に? 何その強力な妖術は、卑怯ですよ妲己さん!
「あわわ!! 今すぐやります!」
とにかく、僕は慌てて準備を進めます。
「早くしなさいよ! 10秒毎にあんたをイ――」
「その言葉はダメェ!!」
しかもその計算だと、僕は壊れちゃいますよ! でも妲己さんならやりかねない。だから僕は急ぎます。
「黒羽の妖砕矢、散華……術式吸収!」
先ずは沢山の太い矢を出して、それを再度僕の中に取り込む。
そして、それをもう一つの能力で撃ち出すけれど、これ凄く妖気を消費するんです。
更に、大量の矢を出す方の妖術なので、一気に妖気を使う事になります。
「ふぅ……香奈恵ちゃん。いなり寿司用意しておいて」
「あっ、うん、大丈夫なの? お母さん」
「ん~1回目で何とかなってくれたら良いけれど、2回目3回目となると、流石にどうかな~と思う。だから、その時は僕にいなり寿司を食べさせて、香奈恵ちゃん」
そう言うと、香奈恵ちゃんはしっかりと頷き、僕の巾着袋からいなり寿司を取り出しました。
そして白狐さんと黒狐さんがお茶を手に……って、何を言うかはだいたい想像出来ます。
「よし。では、我が口移しで椿に茶を……」
「いや、俺がやる」
「それされると集中力が途切れるので却下です」
そう言うと、白狐さんも黒狐さんもあからさまにガッカリしたようになって、肩を落としました。分かっていたけれど、あとで代わりの事をして上げないといけません。
あんまり冷たくすると、僕から離れていきそうだから……って、そんな事よりも今はこっちに集中しないと!
そして、僕は深呼吸して意識を集中させると、妲己さんの妖術で動けなくなった化け物を睨みつけます。
「それじゃあいくよ。強化解放! 黒羽の妖砕矢、散華≪極≫!」
そう叫んだ後、狐の影絵の形にした手から、無数の黒くて太い矢が飛んでいきます。それと同時に妖気も一気に減っていく。
これ、耐えられるかな……結構減りますね。




