第伍話
空亡の仕掛けた呪いの拡散器は、全て破壊しました。
それによって多少呪いは弱まったけれど、やっぱり呪いをかけている本体を何とかしないといけないみたいです。
今でもちょくちょく地震は起きているし、当然太陽の熱は失われていて、皆極寒の中で生活している事になっています。既に人類が滅亡するまでのカウントダウンが始まっている。
「さて、椿さんの能力のおかけで、ギリギリの状態で戦う必要はなさそうですね。とはいえ相手は強大です。更には宇宙空間にいるため、そこに連れて行ける者は限られます」
大広間に集まった僕達の前で、アクトゥリアンさんがそう言います。
「まず、神通力がないことには宇宙空間では生きられません。万能の力があれば、自らの周りに空気の層を作れますからね」
なるほど……それなら行くことが出来るのは、僕とお父さんお母さん、妲己さん玉藻さん。そして白狐さん黒狐さんくらいですか?
「更には地球の方ものっぴきならない状態なので、こちらにも神通力が使える方がいて欲しいです」
「ということは、もう1人神通力が使える咲妃ちゃんがいるけれど、不安だから妲己さんと玉藻さんにも残って貰おうかな」
「そうですね」
アクトゥリアンさんが皆に色々と指示をしていく中、僕は僕で準備を始めます。
恐らく少数による一点突破になると思うので、何があってもおかしくないです。
僕自身が消滅する可能性もあるし、お父さんお母さん、白狐さん黒狐さんが消滅する可能性もあるんだよ。それでも行かないと……止めないと、空亡を。
そうしないと、人間も妖怪も全滅する。
それでも少し怖くなってくる。気丈に振る舞ってはいるけれど、やっぱりね……。
だから僕は、アクトゥリアンさんとおじいちゃんで話を詰めている間に、大広間からソッと抜け出し、以前この家で使っていた僕の部屋へと向かいます。
稲荷山の麓にある家は、あの2人が守ってくれています。この戦いが終わったら、いっぱい労ってあげないとね。
「…………この部屋で生活していた時が懐かしいな~」
あの時は生活も世界観も一変して、凄く大変だったな。白狐さん黒狐さんに頼りすぎてたし。
「……椿よ、ここだったか」
「あっ、白狐さん、黒狐さん……」
「今まで以上の激戦になりそうだからな。そりゃ、怖いのは分かる」
すると、僕のいる部屋に白狐さん黒狐さんがやって来ました。
僕がコッソリと移動したのを見ていたから、多分来るとは思っていました。というか、来ると分かっていたから2人を待っていたのもあるけどね。
「……全く、ここ最近お主は頑張り過ぎているからな」
「いや、しかし白狐よ、仕方ないのではないか? 結局俺達が不甲斐ないせいで、こんな事態になっているんだ」
2人が凄く申し訳なさそうな顔をする。そうじゃないよ、そんな事ないよ。
「白狐さん黒狐さん……違うよ、不甲斐ないのは僕だよ」
「何を言うか、お主は誰よりも頑張った。だから、最後くらいは共に戦い、お主の負担を減らしてやる」
「最後って……フラグ立てないでよ」
「おぉ、すまん……」
すると、白狐さんと黒狐さんが同時に僕に近付いてきて、そしてしっかりと僕を抱き締めてきました。
しかも両方から抱き締めてきて、まるで2人が示し合わしたかのようです。
こんな時に限って、喧嘩せずに仲良しこよししないでよ……2人に甘えちゃいそう。
でも、僕は誰の犠牲者も出さずに空亡を倒したいんです。もちろん、空亡を消滅させることなくね。絶対に生きたまま罪を償わせ、後悔させてやるんだから。
だけどそれは難しいんだろうし、もう一度封印する事になるかも知れません。それでも、やっぱり僕は中々非情にはなれません。ダメ妖狐だよ。
「白狐さん……黒狐さん」
そんな事を考えていたら、目頭が熱くなってきて、慌てて2人に抱きついちゃいました。泣いているの見られたくないからね。
「全く……」
「ここ最近あまりこういう事はなかったからな」
「そうですね……」
「泣きつくなんて、何年ぶりだ」
「泣いてません!」
白狐さんに言われて咄嗟に顔を上げたけれど、やってしまいました、まだ涙ぐんでるとこでした。白狐さん黒狐さんもニヤニヤしちゃってるよ。
「うぐっ……しょうがないじゃないですか……相手は最強の妖怪ですよ。しかも更に、現代での最強妖怪リョウメンスクナまで取り込んで、正真正銘の化け物になっちゃってるんですから……勝てるか不安です」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事かって……」
今度は黒狐さんが言ってきたけれど、良く見たら2人とも自信満々で、勝算のありそうな顔していました。なんで?
「椿よ、久しぶりに抱き締めたからか、今ハッキリと分かったぞ。もうお主の体は、空狐に取られる心配はない」
「へっ……?」
「気付かないのか? 空狐の意思が感じられん。というか、お前が既に空狐となっているぞ。それも、神狐を超えるレベルでな」
「…………」
そう言えばここ最近、僕を乗っ取ろうとする空狐の力の働きがなかったです。僕が取り込んじゃったの?! 嘘でしょう……。
「あ、あれ……僕……」
「空狐もお主を認め、完全にその力を譲渡したというところかの? まぁ、とにかくこれで、空亡への勝算が出来たわ」
すると、2人とも僕を抱き締めた腕を緩め、少しだけ離れると、しっかりとこっちを見てきます。
もうその目は自慢の嫁。自分の事のようにして誇らしげになっちゃっています。
「え、えっと。でも、空亡を倒した後も……」
「確かに大変だろうが、それも手はある。今はとにかく、地上に残った者達が、アクトゥリアンとかいうやつの作戦を遂行してくれる事を祈るだけだ」
そして、白狐さんと黒狐さんが続けて言ってきます。
「椿よ」
「全てに決着を着けるぞ!」
全くもう。僕の悩みなんて全部吹っ飛ばしちゃってくれて……まだ空狐の力なんて扱いきれる自信はないよ。
だけど何でだろう、何とかなるように思えてきちゃいます。2人の優しい笑顔と、力強く握ってくるその暖かい手に、もの凄く勇気付けられちゃいます。
「もう。結局僕は、2人に依存しちゃってるなぁ……はい! 分かりました! 全部終わらせます!」
ここまで来たら、もうやるだけですからね。と、そう僕が意気込んでいると、僕の視線に小さな影が覗きました。部屋の入り口の襖から、誰か覗いてる?
でも、この妖気……。
「……香奈恵ちゃんと飛君?」
「……」
「……お、お姉ちゃんバレて」
「バ、バカ! まだバレてないわよ! もうちょっと甘えん坊椿ちゃんを――」
「声出した時点でアウトですよ」
香奈恵ちゃん、君は相変わらずですね。僕のこんな姿を見て喜ぶなんて……因みに、もう一つ弱い妖気を感じています。雪ちゃんですね。
「よし、次のファンクラブの表紙はこれね」
「ぬわぁあ!! 雪ちゃん!」
ちゃっかり写真撮られてました! しかもプリントアウトされてた! それは断固として阻止しないと。
「雪ちゃん、それ返して!」
「嫌……! どうしてもと言うなら、私とも最終決戦前の、決意のハグを」
「分かった、分かったから!」
「そしたら、2号連続素敵な表紙に――」
「表紙用ですか?! それじゃあ却下です! 返して!」
相変わらず雪ちゃんはしたたかですね。あの手この手で僕のファンクラブ活動を活発にしてくるよ。だからって、その全部を僕が容認しているわけではないですからね。
「写真返し……って、あっ」
「あれ……写真が。椿、いつの間にこんな力を……」
空狐の力かな? 写真が僕の手元に瞬間移動してきました。全く、こんなもの撮られたら困ります。
「しっかりと焼失して……と」
「椿……ダメ!」
もう遅いです。狐火で写真を燃やしましたから。まぁ、燃やしたフリして写真を増やし、それを懐に隠したけどね。
白狐さんと黒狐さんとの写真って、実はあんまり持ってないんですよ。ふふ、宝物にしよう。
「ふっ……甘いよ、椿。最近の写真はね。デジカメの中にデータがあれば、いくらでもプリントアウト出来る!」
「知ってました! だからそのデジカメ渡して!」
実は慌てて忘れていました。
とにかく僕は、急いで雪ちゃんを追います。増やされても困るし、なによりパソコンに保存されたら削除するのも一苦労ですからね。
「雪ちゃん、待って~!!」
その後、僕は雪ちゃんを1時間近く追い回しました。時間がないっていうのに、何をしてくれているんでしょうか、雪ちゃんは……。




