第参話 【2】
「邪魔です!」
「ゲゲァ!!」
僕達の行く手を阻む黒い岩の妖魔を、御剱で斬りつけて、ノンストップでひたすら頂上へと向かいます。
普通の人なら倒れる所だけれど、神通力を駆使して走り抜けています。
そうしないと、咲妃ちゃんの結界が切れそうなんですよ。
「この道を駆け抜けるって、普通じゃないですからね!」
「分かっているけれど、しょうがないでしょう~」
「まぁ、たまにはこれくらいハードな運動をしておかないとじゃな~」
それにしても、僕の後ろから着いてきている咲妃ちゃんと玉藻さんが、息1つ乱れていないのが僕としては納得いかないです。
確かに、僕以上に長い間妖狐をしているから、これくらいは朝飯前なんでしょうけど……。
「ほらほら~また来るわよ~」
「はぁ、はぁ……それなら、咲妃ちゃんが対処して下さいよ!」
僕の方がそろそろ息切れしてきました。
「だって、結界を維持するのに集中してるもん~」
「玉藻さん!」
「索敵に集中しとるんじゃ」
2人してサボってませんか?! 僕だけ息が上がってるのも、妖魔を倒しながらなんだよね。流石に体力がもたないから、代わって欲しいです。
「頑張って椿ちゃん~頂上はもうすぐだから~」
「はぁ、はひ……2人とも、後で覚えててよね……!」
そして目の前の妖魔を斬りつけて倒し、その先に見える、噴火で抉れた富士山の頂上を眺めます。
本来はもう少し高いはずなんだけれど、この噴火で頂上が一変してしまっていて、大きな噴火口が出来上がっちゃってるんです。
その噴火口の周りに、黒い石碑みたいなものが沢山見えるので、多分それが呪いの拡散器なんでしょう。
それを壊してしまえば、日本への呪いの大部分が解けるようです。
そうすれば、宇宙にいる空亡を倒すことに集中出来るんです。だから、直ぐに壊してしまいますよ。その石碑の前に何だか人影が見えるけれど、関係ないです。倒してしまえばね。
「ふむ。あれは……空亡の分身体じゃな」
やっぱりそう簡単には倒せそうにないかも。空亡の分身体が守ってるなんて……。
「……まだ気付かれていないですか?」
「どうじゃろうな。先手必勝といくか?」
「気付かれていたらカウンターされて終わっちゃいます……」
頂上に向かって走りながら、僕と玉藻さんは作戦を練ります。咲妃ちゃんは、また札を出してなにかの準備を始めているので、アレを倒すのは僕達の役目になりそうですね。
拡散器を壊そうとしてくれているのなら、それは咲妃ちゃんに任せましょう。僕達は、空亡の分身を何とかしないとね。
「…………やっぱり先手必勝ですね。神風、狐風乱舞!」
そして、僕は右手を影絵の狐の形にして、妖気と神通力を混ぜた妖術を放ちます。
風の塊を飛ばす妖術だけれど、今回のはちょっと違いますよ。僕が放った風の塊は、そのまま大きな狐の形へと変化していき、更に周りの風や空気を巻き込んで大きくなります。しかも、そのまま分裂して新たな風の狐になって、相手を襲います。
つまり、何本かある石碑の前に立つ空亡の分身に、一度に同時に攻撃が出来るんです。先手必勝の攻撃には打って付けなんですよ。
「ほぉ。しかし、術が止まってるな」
「嘘でしょう……」
僕の放った風の狐さんが、ピタリと空中で止まっちゃってますよ。一体どういう事……と思ったけれど、こんなの出来るのは空亡だけですね。
「くっ! もう一発です!」
それならと、今度は黒い狐火を出現させて、それを狐の形に変えて放ちます。
これは分裂しないけれど、熱を含めばより大きくなるのは変わりません。一体でも多く倒さないと。
『無駄じゃ』
すると、空亡の分身体の一体がこっちを向き、腕を伸ばしてきました。その瞬間、さっき出した炎の狐が停止し、なんと狐の形をした風の塊と一緒に、こっちを向きました。
い、嫌な予感が……。
「いかん。避けるんじゃ!」
「分かってます!」
それを見た玉藻さんが叫ぶと同時に、僕は横に飛び退きます。その後、僕が放った妖術が全部こっちに飛んで来て、さっきまで僕達の居た所に直撃し、もの凄い爆風を放って飛び散っちゃいました。
爆発するようにはしていなかったから、この程度で済んだよ。念の為に爆発しないように調整しておいて良かったです。
『ほほふ。この程度かの?』
「ふむ……厄介じゃの」
「本当ですね……」
分身体とはいえ、多分実力は空亡のそれに近いんでしょう。ただ、リョウメンスクナの力は感じないです。
異物みたいなものだから、暴走しないよう分けずに本体が抱え込んでいるのかも知れない。
『来ることは分かっておったがの……しかし、妾の邪魔をするとはどういう事じゃ? どうせ、あやつから全部聞いておろう』
「……そうですね。でも僕達にとって、今この星で生きる事が全てなんですよ。攻めてくる宇宙人がいたとしても、この星を犠牲にしてまで戦わないといけないのですか?!」
『そうじゃ。そうでなければ勝てん』
「アクトゥリアンさんが居てくれて、その人達が退けてくれているでしょう? それなのに――」
『退けるだけじゃ。処刑もせず、その命を刈り取る事もしない、腑抜けた連中じゃ』
そんな僕の反論に、空亡の分身体達が一斉にこちらを睨みつけてきました。ちょっと怖いんですけど……いや、引いちゃだめです。
『奴等を退けるだけでは、また直ぐにこの銀河に手出しをしてくる。アクトゥリアンどもは優しすぎる。処刑というものを、今まで一切しておらぬ。甘い、甘いわ!』
「だからそいつらを徹底的に潰すために、自らの力を高めようと……リョウメンスクナも取り込み、地球を……いえ、太陽系を全て呪って負の力で満たして、生きとし生けるもの全ての命を使ってじゃないと――」
『倒せぬわ』
「そんな相手なんですか……それなら尚更退け続けるしか――」
ハッキリと言い切る空亡に、僕は反論を続けるけれど、そもそもこれは意味がないかも知れません。
空亡は、自分の正義の為にこの星を犠牲にする気なんだから、止まる気も考えを変える気もないですね。
「――いえ、もういいです」
それなら、もう力尽くで止めるしかないです。
『ほほふ。倒すか? この妾を。本体は太陽じゃがの~』
「分かっています。だから、ここで時間なんてかけていられません」
もう既に、ここの呪いを解く段取りは出来ています。咲妃ちゃんがちょっと前から準備していたし、何より玉藻さんが何十体にも分身しているんです。
そして僕は――
『ほふっ?! こ、これは……』
「もう動けませんよ」
影の妖術で相手の影を動かし、形を変え、大きな腕のようにして空亡の分身体を掴みました。そしてそのまま地面から浮かし、火口に向けます。
「このままゴミ箱にポイです!」
『させぬわ』
だけど、空亡の能力で僕の妖術が止まり、更には影の腕が解かれていきます。でも、それは予想通りなんです。
「玉藻さん!」
「分かっとるわい! 雷刻怒拳、風刻怒拳、炎刻怒拳! いぬるがよい、空亡の分身体!」
そして、僕の影の妖術で操られている自分の影から出ようとした空亡の、その影の中から玉藻さんが出て来て、腕に雷を纏い叫びます。
更に、他の空亡の分身体の影から出て来たもう1人の玉藻さんは、炎を纏っていて、また別の玉藻さんは風を纏っています。それが何体も……玉藻さんって、何気に凄いです。
『ぬぅ! 妾に逆らうか……ならば、最悪の未来を――』
「既に最悪じゃわ。人類史は、ここから大きく変わらざるを得んじゃろう。もう、満足じゃろう? 空亡!」
空亡の言葉に、玉藻さんがもの凄い形相で睨んで言い返します。あまりの形相でちょっと怖かったよ。流石は、伝説の三大九尾の1体ですね。
『なっ! ぎゃぁぁぁあああ!!!!』
しかもその後、空亡の分身体が何かしようとする前に、複数の玉藻さんが一斉に空亡の分身体を殴り付け、富士山の大きく抉れた火口の中心へと吹き飛ばしました。
『あ……くっ! くそ! 体が……!』
それと、良く見たら空亡の分身体のそれぞれの体に、変な印が出現しています。
そしたら空亡が体を動かせなくなったような、そんな感じがするんだけど……いや、動かせていないですね。身悶えして、何とか体を動かそうとしているけれど、動かせていません。
『ふん……良かろう。もう呪いは十分じゃ。妾の元に来るなら来るが良い。思い知らせてやるわ、この銀河系に来たる災いをの……』
すると、もう抵抗は無駄だと分かった空亡の分身体の数々は、それだけ言うと火口へと落ち、消滅しました。
その後、咲妃ちゃんの呪文が聞こえてくると、呪いの拡散器にヒビが入り、大きな音を立てて崩れていきました。
やっとこれで、日本への呪いが消えました。
ただ……もう復興出来ない程の被害が起きちゃってます。僕達妖怪が何とかしないといけないです。
空亡。もう僕は、あなたを許しません。




