第拾弐話 【2】
天変地異が巻き起こり、人々が逃げ惑い傷つく中、妖怪さん達は必死に避難誘導しています。
まだまだ台風やら竜巻やら、何ならこのまま火山噴火まで起きそうな勢いだけど、その前に物部天獄に異変が起きてました。
「か……あかか……はぁ……」
「……弱ってる?」
黒い妖気や様々な妖気が混ざった物部天獄だけど、その力が弱まっているように思えます。
もしかして、空亡とリョウメンスクナの力を使いすぎて、妖気が激減したんじゃないんですか?! だとしたら、今がチャンスかも知れません。
「妲己さん! 玉藻さん!」
「分かってるわよ!」
「足止めは任せよ。そのかわり……」
「分かってます、空狐の神通力を使って、空亡の力を消滅させて、リョウメンスクナの力を剥ぎます!」
僕の言葉に、妲己さんも玉藻さんも返事をしてくれて、僕の前にやって来ました。
「白狐さん黒狐さんは、僕のサポートをしてくれる?」
「了解じゃ」
「それくらいしか出来そうにないからな」
例え力が弱まっても、空亡とリョウメンスクナの力を持っているんです。油断は禁物だよ。
それに、空狐の力はそんなに長時間は使えないからね。勝負は一瞬。
「それではいくぞ。無心分け身」
最初に動いたのは玉藻さんです。
尻尾の中から、同じ姿をした大量の玉藻さんが現れて、物部天獄に向かっていきます。
「思考がない、私の言うことをただ聞くだけの人形じゃが、力は私と同じじゃ。それ、そのデカぶつの体を押さえるんじゃ」
「あ~ら、それなら同じ事を私もやれるわよ~無心分け身!」
今度は妲己さんですか。というか、妲己さんは何故か対抗心があるような気がしますよ。だって、玉藻さんよりも多いもん。
「む、何じゃ? やる気か妲己よ。ならば倍じゃ」
「何よ! それなら私はその倍よ!」
「ならばその倍じゃ!」
ちょっと止めて下さい! ワラワラワラワラと、2人の尻尾から妲己さんと玉藻さんが出て来てるってば! この数は流石に気持ち悪いよ。
「2人ともストップストップ!! 物部天獄が潰れるってば!」
「あか……かか。急になん……だ、これは!」
あ~あ。物部天獄の姿が見えなくなるくらい、2人の分け身で埋め尽くされちゃってるよ。これ、足止めとかのレベルじゃないや。
もちろん、物部天獄も避けようとはしていたけれど、そもそも能力は本体と同じ分け身だから、弱っている今の物部天獄では避けられるはずがなかったです。
心配する必要もなく、物部天獄の足が止まりましたね。それなら、ここからは僕が急がないといけません。
物部天獄から、空亡とリョウメンスクナの力を剥ぎ取ります。そうしないと、この状況を狙って空亡が向かってくるからね。
空亡の方は、まだ僕のお父さんとお母さんが足止めをしてくれていますね。次々と間髪入れずに攻撃していて、僕なら避けられそうにないほどの攻勢をかけていますよ。
それを空亡は、無表情のまま無言で避け続けているから、やっぱり油断出来ませんね。
「急がないと……物部天獄! もう終わりだよ!」
そして僕は、姿の見えなくなった物部天獄に向かって叫び、神妖の妖気と空狐の神通力を解放していきます。
やり過ぎたらまた暴走するから、ちょっとずつギリギリの所までいくよ。
「あ……かか。日本……日本滅ぶべし!」
「何でそんなに日本を滅ぼそうとしているかは分からないけれど、自分勝手なその考えは危険だからね。もう、あなたの旅は終わりです!」
そして白金の毛色になった僕は、右手を影絵の狐の形にして、その先に神通力と妖気を混ぜた力を集中させていきます。
これで……終わる。
日本に壊滅的なダメージがいったけれど、僕達妖怪が協力すれば、日本はきっと大丈夫。その為にはこいつも、空亡も、消えて貰わないと。
「終わりです! 物部天獄! 神狐無妙砕!」
そして僕は、指に集中させた力を放出して物部天獄に放ちます。神通力を含んだ、全ての力を消し飛ばす神術。しかも2人の分け身に埋まってて避けられない。
その2人の分け身ごとだけど、分身みたいなものだから大丈夫のはずです。
「あ……かかか……かっ?!」
だけど、僕の妖気の塊が相手に当たる前に、それが突然消えました。
しかも霧散したんじゃない、消滅したかのようにして一瞬で消えたよ。
何? 何が起きたの……まさか、空亡が?! でも、お父さんお母さんが相手を……。
「ほほふ……危ない危ない」
「か……かか。貴様……ぁあ」
物部天獄が苦しんでいる。
「しまった!! こっちは分け身か?!」
「嘘でしょ! 妖気も何もかも空亡と変わらなかったわよ!」
その瞬間、向こうで僕のお父さんとお母さんが最悪な事を叫んでいます。
分け身? お父さんとお母さんは、空亡の分け身と戦っていたの? それじゃ本体は……。
「抜かったの。私達と同じ分け身を……いや、使えるとは思っとったが、そこまでの精度とは思わなかったの」
空亡の声が物部天獄の背後から聞こえてから、妲己と玉藻さんが険しい表情をしています。
うん、僕もだいたい分かりました。空亡は、物部天獄の背後に回っていたんだ。物部天獄の動きを、僕達が押さえるこの瞬間を狙って!
「妲己さん! 玉藻さん! 止めないと!!」
「いやぁ……もう遅いわよ。既に大半の力を取り戻したっぽいわ。上見なさい」
「あ……」
妲己さんに言われて上を見ると、太陽の輝きが鈍くなっていて、沢山の黒点が……いや、違います。太陽が黒くなっていっているんだ。
そして、辺りが徐々に暗くなっていって、夏が間近だというのに、薄ら寒くなってきています。
「ほほふ。ほほほほほ!!! ふふふふ!! 愚か! 愚かよのぉ!! お主等! 妾がこう出ると分かっていながらも! 一瞬の隙とやらで、こうも状況が変わるのじゃ!」
妲己さん玉藻さんが分け身を解き、お父さんとお母さんもこっちへやって来ます。もうそっちには、空亡はいないんですね。
「椿よ……一旦ここから離れるぞ」
そして、僕の後ろから白狐さんがそう言います。
「だけど白狐さん、どうやってここから離れるの? あれ……僕達を逃がしてくれると思う?」
既に物部天獄から自分の力を取り戻した空亡は、黒いワンピース姿ではなく、黒い炎をその身に纏った、妖艶な姿へと変貌を遂げていました。
髪も黒い炎みたいになって長く伸び、黒に映えるような紅い爪も伸びて、まるで刀剣みたいになっているよ。
その目も瞳は無くなり、ただ僕達妖怪を消滅させるためだけしか考えていないような、そんな表情に変わっています。
「ほふ。ついでじゃ、お主の力も貰っていくぞ」
「あっ……か……や、め……」
因みに右腕には、さっきまで怪獣みたいになっていた物部天獄が、力無く貫かれています。
もう既に怪獣ではなくなっていて、2つの頭と顔がある、ただの化け物みたいになっています。
空亡はそんな物部天獄から、更にリョウメンスクナの力まで抜き取る気です。
流石にそれは止めないと……! でも、足が動きません。何で……僕、体が震えて……。
「ほふ。そこでジッと見ておれ。妾が、この星で究極の生命体になる様をの」
そう言うと、空亡は右腕に力を入れ、物部天獄から妖気を抜き取っていきます。そしてどす黒い、妖気じゃない力まで。リョウメンスクナの力が、空亡に……。
「あっ……かぁ……ぁああああ!!」
空亡から力を取られた物部天獄は、水分を抜き取られたかのようにして干からび、ミイラになっていきます。
2つ頭のミイラに……って、これってリョウメンスクナの呪術物だよね?
物部天獄がリョウメンスクナに取り込まれちゃってたのかは分からないけれど、自分自身では扱いきれない力を体内に入れてしまったら、それと同化でもしないと自我が保てなかったのかも知れないね。
それよりも、空亡の方はもう止まりません。
「ほほふ。焦ったの、物部よ。妾がお主の居所を掴んだから、早めに空狐の神通力を欲したようじゃの。それでこやつの居城に乗り込むとは、馬鹿な事をしたものじゃ」
「…………」
駄目だ、皆見ているしか出来ない。
今手を出そうものなら、僕ですらあっという間に殺されてしまうかも知れない。そんな圧倒的な妖気の量と、手を出すのもはばかれるほどの、邪悪な妖気の質をしています。
「これは良い力じゃの、リョウメンスクナ。これならば、妖怪だけでなく、生きとし生けるもの全てを滅ぼせそうじゃ! 顕現せい!! 黒曜無獄城!」
すると、空亡は真っ黒になった太陽に向かって手を伸ばし、そこに向かって力を与えるかのようにして妖気を放出します。
その後、何と太陽がその姿を変えていき、日本城と西洋のお城を混ぜたような、真っ黒でごちゃごちゃした趣味の悪そうなお城になってしまいました。
太陽と同じ大きさで、太陽のようなエネルギーを放つそのお城は、紛れもなく太陽なんだと思い知らせれます。
これ、地球だけじゃなくて、太陽系全てに影響を与えるじゃないですか。
「ほほほ!! ふふふ!! さてさて! この星での用も済んだ事だ。罪深きこの星の者達を屠った後に、彼奴等との戦の準備をするとしようぞ! ほふふふ!!」
これが、本当の空亡の力。
機嫌良く高笑いをした後、そいつは僕達に見向きもせずに、変貌を遂げた太陽に向かって、真っ黒で巨大なその城へと向かって行ってしまいました。
どうしよう……これ。最悪の展開になったよ……。




