第拾弐話 【1】
空亡は僕のお父さんとお母さんが止めてくれているけれど、いつまで持つかはわからない。
だから、物部天獄の方を早く何とかしないといけない……んだけれど……。
「あかかか……!! あ……かかか!! 滅ぼす滅ぼす。日本滅ぼべし!!」
言葉遣いがおかしくなってきているの。「滅ぼべし」ってなに? また力に飲まれてしまったみたいだね。
完璧に扱えるようになっていないのに、空亡にジワジワ追い詰められていたのか、僕の前に……いや、僕の領域を壊そうとした。
焦っていたんだとしたら、これは完全に失策だよ。当の雷獣さんはずっと気絶していて、センターの妖怪さん達の手で捕まっているしね。
そして気が付いたら、この辺り一帯に沢山の妖怪達も集まっている。妖狐も沢山います。
それなら、人間達を守るのも出来そうだし、香奈恵ちゃんや飛君も守れそうですね。
「さて……物部天獄。聞こえてますか?」
「あかかか……!!」
「おっと!」
そして僕は、目の前の怪獣となった物部天獄に、御剱を突き付けて言ってみたけれど、完全に僕の言葉は耳に入っていない。大きな手と太い腕を使って、僕を地面に叩きつけようとしてきます。
それは避けたけれど、今度は妖気を使った衝撃破のようなものを放ってきました。
「術式吸収!」
ただ、そういうのは僕には効かないんです。
「強化解放!」
そしてさっきの相手の攻撃を、倍にして返します。
「あかっ……!!!!」
当然相手よりも威力を上げて返しているんだから、防ぎようがありません。というか、大きいから避ける事も出来ないよね。跳ね返された自分の攻撃に吹き飛ばされて、後ろに倒れています。
もちろんグラウンドにです。そうじゃないと建物が潰れちゃいますからね。
ただ学校のグラウンドでもギリギリだったから……場所、変えた方が良いかな……。
僕がそう思っていたら、なんと突然地面から樹木が沢山生えてきちゃいました。禍々しい形をしているから、これはきっと美亜ちゃんの呪術ですね。
他に被害がいかないようにしてくれて、尚かつ物部天獄の動きまで封じようとしてくれているよ。
「椿! とっととやっちゃいなさい! 正直、これでも抑えられるかどうか微妙なんだから!」
「ありがとう! 美亜ちゃん!」
物部天獄は今丁度倒れていて、そこに美亜ちゃんの呪術で動きを封じているから、このまま空亡の力を消してしまえば……。
「あかかかか!! させん……日本、滅ぉべし!!」
だけど、倒れた物部天獄は思い切り両腕に力を入れ始め、更にもう一つの頭から妖気の波動を放ってきます。
「うわっ! ちょっ……近付けない!」
もう一つの顔も封じるべきでした。
「かぁぁぁあああ!!」
そして物部天獄は、咆哮と共に体に巻き付いた樹木を引きちぎり、上体を起こす……と同時に僕を殴ってきます。
「ぐっ……!!!!」
咄嗟の事で避けられなかったけれど、防ぐことは出来ました。ただ、僕はどこまで飛ぶんでしょう? 学校の敷地を越えちゃったよ。
「……もう、飛びすぎ!」
体勢を立て直して何とか停止したけれど、あの一撃でここまで飛んじゃうなんて……。
それに、そろそろ決着を着けないと……この暴風雨の中で戦うのはキツすぎます。それと、住民の人達にまで甚大な被害が出るよ。
天照大神様とか、他の神様達が止めてくれたら良いのにと思ったけれど、そもそも強力な呪いだから、神様でも止めるのが難しいのかも知れないね。
「早くしないと……皆もこれ以上、この状態で戦うのはキツいはず」
そして僕は、学校まで戻ろうとそっちに向かって飛ぼうとするけれど、目の前からの突風に体を煽られて、中々前に進みません。神通力を使って全力で飛んでるのに……自然の驚異は恐るべきです。
しかも、この暴風雨だけじゃない天災まで発生しました。
「この地鳴り……まさか……!!」
僕は耳が良いので、地面の下からくるソレにいち早く気付いたんです。気付いたけれど、どうしようもない……。
そして絶望する僕を余所に、それは人々に牙を向きました。
地面が縦に跳ね上がり、そして大きな横揺れが発生します。そう、大地震です。
激しい揺れは続き、建物を次々と破壊していく。たった一瞬で、僕の目の前は地獄絵図へと変わっていく。
空を飛んでいる僕は揺れの影響は受けないけれど、下にいる人達が、妖怪さん達も、更には香奈恵ちゃんと飛君も危ない。何とかしないと……。
「……くっ! お父さん、お母さん!」
ようやく元の場所に戻れた僕は、皆の状態を確認して、危ないことを悟りました。
そして、空亡を押さえているお父さんお母さんに向かって叫ぶけれど、そもそも2人とも空亡を押さえるのに必死でした。ちょっと慌ててしまっています。
「大丈夫よ! 椿ちゃん!」
そんな時、下から誰かの叫び声が聞こえてきます。
「わら子ちゃん?!」
地震で揺れて、バランスが取りにくくなっている中で、わら子ちゃんは扇子を広げて舞いを舞っていました。
幸運の気をこの辺り一帯に撒いて、少なくともここに集まっている妖怪さんと、その近くで逃げている半妖さん達の幸運を上げてくれていました。
それで何とか助かるかも知れないけれど、でも……人間達は……。
「でもごめんなさい、椿ちゃん。この地震範囲が広すぎて、全部はカバー出来ないよ!」
「わら子ちゃん、無理はしないで!」
息が上がっているし、相当妖気を込めているみたいです。それ以上やると、今度はわら子ちゃんが消滅しちゃうよ。
それにしてもこの地震、止まる気配がないよ! いつまで続くの?!
「あかかか!! 来た……来た! 我が呪い! これで日本は滅ぶ!!」
「くっ……! 物部天獄! いったいどうやったら、こんなに地震が続くんですか!」
もう建物はあらかた倒壊していて、ビルも次々と倒れ……人々が巻き込まれて、もう何人も……お願い、もう止まって。なんで止まらないんですか!
「あかかかか!! 日本にあるエネルギーが溜まっている断層、その全てが一気に暴発したのさ! かかかか!!」
そんな……とういう事は、南海トラフに、京都を縦に走っている花折断層まで同時に……そんなことをしたら、日本にある危険な断層にまで全部誘発して、日本全体が……。
「ほほふ……中々やりおるの」
「くっ……最悪の展開か!」
「流石に倒すのに時間がかかりすぎたわ……こっちもね。だから、空亡! あなただけは今ここで……!!」
「ほほふ、無駄じゃ。妾はこの時を待っておったのじゃ。さぁ……て」
更にお父さんお母さんの声と、空亡の興奮を抑えきれない声が聞こえてきます。これ以上、何をするというんですか……空亡。
もう日本は……いや、まだです。僕達が諦めたら駄目です。残った戦力で、物部天獄と空亡を倒さないと! 僕1人だけでも……!
そして僕は、日本の惨状を嬉しそうな表情で見ている物部天獄を睨みつけ、御剱を握り締めます。
今なら、やれる。
「椿!」
「椿よ!」
すると、そんな僕の横に、白狐さんと黒狐さんがやって来ました。やっと意識を取り戻したみたいです。
というか、こんな地震が発生して起きない方がおかしいですよ。空亡にやられ、お父さんお母さんに助けられたあとも、ずっと意識を失っていたから仕方ないけれどね。
「すまん。不甲斐なかった……」
「丁度妲己の奴も来たようだから、ここから反撃といくか!」
「……はい!!」
確かに、直ぐ近くまで妲己さんの妖気がやって来ています。妲己さんも今まで何やっていたかは分からないけれど、これだけ戦力があれば、物部天獄くらいは……。
あっ、もう一つ巨大な妖気が……これは、玉藻さんだ!
「椿! 悪かったわ、時間がかかっちゃって」
「妲己さん! 玉藻さん!」
「すまんの、暴風雨が発生してから、人々の避難を優先しておったのじゃ」
申し訳なさそうにそう言ってくる玉藻さんだけど、そう言えば玉藻さんって、空亡の話し方と似ています。ややこしいですね……。
でも、人々の避難をしていてくれて助かりました。
「しかしじゃ、こんな地震まで発生しては、どうにも出来ん。海からの巨大な津波も来とるからの。それは他の妖怪達に任せたから、私達は呪いの元を断たんとな!」
海から津波まで……そうでした、こんな大きな地震が起きていたら、巨大な津波も……。
「な~んか、さっき見てきたけれど、活火山もヤバそうなのよね~本当、日本の終わりって感じよ」
そして、玉藻さんに続いて妲己さんもそう言ってきます。
地震の震動で、活火山にまで影響を与えるなんて……でも、確かに今も地震は続いています。正確には、地震が発生して止まり、また発生して止まりって感じなんです。
このままじゃあ、本当に日本が崩壊します。
「そうならないように、僕達が止めますよ!」
「分かってるわよ~日本が滅んじゃ、私も困るからね」
「流石に生活出来ないのはマズいのじゃ」
「よし、止めるぞ、椿よ!」
「他の妖狐達もいる。俺達なら止められるぞ!」
僕の言葉に皆が続きます。そして全員が、物部天獄を目の前に捉え、各々構えを取っていきます。
だけど、僕はその物部天獄を見て、あることに気付きました。




