第肆話 【2】
空を飛ばれるとは思わなかったけれど、僕も空を飛べるから問題ないです。ただ、楓ちゃんが下にいられると、妖魔に襲われたりしそうなんだよね。
「あいつを何とか出来そうなのか?」
すると、空を飛ぶ夜行さんをジッと見ている僕に向かって、スイトンさんがそう言ってきます。
「んっ、そうですね……僕も空は飛べるけれど、楓ちゃんが……」
「大丈夫っす! 自分の身くらい自分で――」
「いや、さっき妖魔は無理って言ってたじゃん」
「姉さん、自分を抱えて空まで……」
「戦いづらいから嫌」
「酷いっす!!」
こんな感じで楓ちゃんが心配だし、一緒に連れて行ったら余計な事されそうだしで、どうしたら良いのか考えているんです。
その間にも妖魔は襲ってくるし、夜行さんも、上から風の塊みたいなものを放ってくるし。あれは絶対に夜行さんの能力じゃないです。それを対処しながら、僕はどうしようかと考えています。
「ふん、大丈夫だ。行って来い。この狸くらい面倒見れるわい」
するとそんな僕に、スイトンさんが素晴らしい提案をしてきました。僕としても、それくらいしか手はないと思っていたので、この提案はありがたいです。
僕からじゃなく、スイトンさんから提案してくれたら……例え楓ちゃんが足を引っ張っても、僕は安心して任せられるよ。だって、スイトンさん自身がそう言ったんだから。提案した責任は、スイトンさんにあるよね。
「ほら、早く行け。あの状態の奴に対処出来るのは、この場ではお前くらいだ」
「えっ? あっ、はい! それじゃあ宜しくお願いします!」
しかも急かされましたよ。それなら、もう遠慮なく任せちゃっても良いよね。
そして、僕は地面を強く蹴って飛び上がり、夜行さんが飛んでいる高さまで浮遊します。
「よ~し! 行くっすよ~!!」
「おぉい! 待たんか! 妖魔は無理と言ってなかったか?!」
「無理っすけれど、ここは格好いい所を見せて、姉さんを驚かせたいんっすよ!!」
「そう言いつつ呆気なく捕まるな~!!」
「うわぁぁぁあ!! 助けて下さいっす!」
下から既に叫び声が聞こえているし、何だか地獄みたいなことになっているけれど、スイトンさんなら大丈夫だよね。結構強いし。
さて……僕は僕で、目の前の夜行さんを何とかしないとね。
「ほぉ、ここまで来るか」
「まぁね。それよりも、その馬、本当にあなたのですか?」
「おかしな事を……これは私の馬だ」
「あなたの馬は、首がないんじゃなかったんでしたっけ?」
そう、夜行さんの乗る馬は、首がありません。だけど、この馬は首があります。それと、ちょっとずつ小さくなっていってる気もするんです。
「……何? 首が……いや、確かに無いような……あったような……んん?」
「記憶が混在しているんですか?」
「お、おかしい……そもそも私はどこに……」
夜行さんが頭を抑え、必死に何かを思い出そうとしています。そこで僕は、あるものを目にしました。
夜行さんの首元に、何かネックレスのようなものがあったんです。そこから僅かだけれど、異様な妖気を感じました。
そしてそれは、夜行さんの乗っている馬にもありました。
「夜行さん。その首元のネックレスは何ですか?」
「ネックレス……? 何だこれは……知らん、こんな物は」
どうやら見覚えがないようです。となると、誰かに付けられた?
するとその瞬間、夜行さんの乗っている馬の目が真っ赤に光り出し、そして僕に向かって来ました。
「うわっと!!」
咄嗟に横に避けたけれど、僕を転ばそうとしてきたね。
「くっ……あぁ、そうだ。そうか、私はただ……道行く奴等を転ばせておけば……!!」
「ヒヒ~ン!!」
そして同時に、夜行さんの目が正気じゃなくなりました。もう僕の言葉なんて届かないかも……。
「夜行さん、僕の言葉は――」
「蹴り飛ばせ!」
「――聞こえてませんね。影の操!」
僕の言葉を無視して、思い切り突撃してきました。仕方ないから、影の妖術で馬を固定して――
「ヒヒ~ン!!」
――と思ったら、僕の影の妖術が弾かれた?! どういう事? 何か結界みたいなもので弾かれた感じがしたよ。
「くっ、御剱!」
そこで僕は、急いで巾着袋から御剱を取り出し、夜行さんの馬の蹴りを防ぐけれど、もの凄い衝撃で腕が折れそうになっちゃいました。
でも、直ぐに相手の横に回り込みます。とにかく、何とか動きを止めないと……。
「神風の鉄槌!」
そして、僕は夜行さんの乗っている馬に向かって、神通力を混ぜた風の塊をぶつけてみます。
「ヒヒ~ン!!」
だけど、この馬はその風を逆に操り、更に高く舞い上がっちゃいました。やっぱりこれは、風を操る馬……ですか。確か、そんな馬の妖怪がいたような……。
「くたばれぇぇえ!!」
「ちょっと、夜行さんは静かにしていて下さい」
「ふむぐっ!!」
そのまま、夜行さんが上から叫び声を上げて向かって来たから、咄嗟に影の妖術で夜行さんの口を抑え、そして僕は、突撃してくる馬から身を交わして距離を取ります。
「馬さん、あなたは喋れますか?」
「ぶるるる……!!」
喋れないのは分かっていたけれど、一応確認はしてみました。気が立っているのか、鼻息を荒くして、僕を睨みつけています。やっぱり、何だか操られていますね……夜行さんもだけど。
とりあえず、馬と夜行さんを離さないと。それで何とか出来るかも知れない。
「私の馬……返して」
すると突然、僕の後ろから女の子の声が聞こえてきました。
「誰?!」
慌てて後ろを向くと、そこには小さな女の子が、ある馬の背中の上に立っていました。
首がない馬……まさかこれ、夜行さんの馬?!
「君は……誰?」
「私は馬魔。私の馬返して! 盗人!」
「ぶわっ! ぼ、僕?! 僕じゃないよ!」
そう叫ぶと、その女の子は僕に向かって、逆巻く風をぶつけてきました。思い出しました。この緋色の着物に、金の頭飾りを付けた女の子も、れっきとした妖怪です。
馬魔は小さな女の子と子馬の妖怪で、馬を怖がらせ、脚を絡ませて転ばせる。結構恐ろしい妖怪です。頽馬という風の妖怪と同一視されている妖怪ですね。
「それじゃあ、何であいつに乗せてるの! 操ってるの! あいつの馬とすり替わってるのよ! あんたでしょう!」
「僕じゃないってば! 僕はあの妖怪を倒そうとして……」
「倒す? 倒すの……?」
あっ、しまった……怒っちゃってるかも……。
「ここらで悪さをしていたから……さ」
「それは私の指示じゃないわよ。操ってるあんたの仕業でしょう!」
「僕じゃないってば!」
このままだと埒があかないよ。それに、夜行さんだってジッとは……。
「危ない!!」
「きゃっ!! ちょっと……! 私が分からないの?!」
すると、言い争う僕達に向かって、夜行さんを乗せたその馬が突撃してきて、その女の子と一緒に、僕を蹴り飛ばそうとしてきました。
女の子を馬ごと突き飛ばして何とかなったけれど、僕の方は、避ける時にちょっと背中を掠めちゃったよ。
「あぁ……子馬じゃなくなってる。性質が変わってる……何したのよ、あんた!」
「だから僕じゃないってば!」
説得しているのに、さっきからずっと僕のせいにしちゃってるよ。とにかく、何者かがこの子の馬と、夜行さんの馬を取り替えたんだ。だとしたら、その何者かを探し当てないと。
「信じられないわ」
「信じてよ! というか、操っておいて襲われているの、おかしくない?!」
「……た、確かに」
やっと落ち着いてくれたかな? どうやら頭に血が上っていて、冷静さを欠いていたみたいですね。
その女の子は僕の言葉にハッとなり、俯いて考え込みました。
「それじゃあ……いったい誰が取り替えて……」
「うん、だから、その相手を見つけないと」
その前に、夜行さんと君の馬を抑えないと、暴れたままでは犯人捜しは出来ないよ。
「分かった。指示、止まりなさい」
すると、女の子は突然指を鳴らし、夜行さんを乗せた馬にそう指示をします。
「嘘……」
その瞬間、その馬は大人しくなりました。それなら最初から止めてよ。
「あなたが犯人じゃないなら、このまま暴れさせても意味ないわね」
「ついでに僕を退治する気だったの?」
「その通り」
この子、結構危険な妖怪でした。




