NIHILVM PARS II
産まれて初めて海を見た。
ヒトとしてではなく、モノとして。
積荷として。商品として。道具として。
運搬されていく私の足元を、海が通る。
それは葡萄酒の色をしていると聞いていた。巨人ですら飲み干せぬ大きな酒盃。
それはひどく塩辛いのだと話す人がいた。巨人とても倒れるほどの苦い水。
なんということだろう。世界は驚きに満ちている。
その匂いについてある人は、胸をむかつかせるはなはだ不快なものだと述べた。またある人は、胸のすくような爽やかな芳香だと述べていた。
海など見たことのない私には、その匂いは思い浮かべようとも難しい。
海で泳ぐのは気分がいいという。――私は泳げないので全くぴんとこなかったけれど。
たまに溺れて死ぬ人もいるそうだ。――なるほど、海は怖いところだと私は思った。
そこには魚やら蟹やらが住んでいるらしい。ぶよぶよとした白い茸も泳いでいるという。
ごくたまに食べたことがある「貝」というのは、実は海で採れると聞いたときには驚いた。
それを採って暮らしているひとがいるそうだ。
きっと彼らは毎日貝を食べているに違いないと私は考える。私はそれを羨ましく思った。
そればかりではなく、身の丈象よりも大にして、カエルのような滑る皮膚を持ち、目は無く、しかし耳が良いことあらゆる四足獣をもしのぎ、十二本の手足をもって人や馬を捉え貪る、恐るべき怪獣も潜んでいるという人もいた。
なんということだろう。世界は驚きに満ちている。
海には馬は居るのか――私が聞くと、もちろん居ると彼は答える。
脚は無いが逞しい「ヒレ」を持ち、賢く従順な海の獣。人々はそれを飼いならし武装せしめ、恐るべき軍団を作り上げたのだ――アカイアの「海馬騎兵」の名は海の西方に轟いている。
苦笑いを浮かべた父上との会話は、なぜだか奇妙に覚えている――いや、今思い出しつつあるのだ。
「あんまりいい加減なことを教えないでくれ、この子はちょっと素直すぎるから」
「馬はいないのですか。なあんだ」
「海馬はいる。居ないのは怪獣だのなんだのとか、そういった類の生き物だ」
「では魚は? 蟹は? 白い茸ってなに?」
「ほら、こうなる」
詩人は頭を掻いて私に詫びる。謝られた私は、なんだかおもちゃを取り上げられた気分になって、ふいに母の方を見た。
こういうとき、私と父を――いや、ある種の「世界」とをとりなしてくださったのは、いつも母だったからだ。
母はあの、きらめく瞳に微笑を浮かべてこう言った。
「すべての命は海より現れたのです。いま生きている者たちだけではありません――未だ彼女の胎の中に眠る生き物たち、やがてはそこから陸に上り、我々とまみえるであろう者どもの姿かたちは、想像もつかないものでしょう」
「鹹き水と甘き水の交わるところ」にて、すべての霊魂の支配者たるエメントリアーテが沐浴すると、そこから最初の生き物が現れたのだ。
虫も、魚も、鳥も獣も人も。
王国も、帝国も、四方の果ての人々も――すべては等しく海より来る。
そこで母上はちらりと父上に目配せしたのだった。父はふうむと唸ったが、しばらくして一つ頷くと、ゆっくりと語り始めた――海の彼方よりこの地に至る、新しき人々とその歴史について。商いをして暮らしていた人々は、海の周りを転々とするうちに、いつのまにかこの地にたどりついた。そしてその一人が定着し、この地の者と交わったのだと。
そして私を指さして、深い声でこう言った。
その黒い肌はその証。長き旅を乗り越えた、かの偉大な旅人たちより受け継いだもの。
あらゆる白き肌の者と等しく、そこには歴史が宿り、いとも高貴なるなにかが宿っている。
海、それは私にとって他なるもの。それと同時に私の根源を作っているはずのなにか。
驚くべきもの。恐るべきもの。やがては至るべき場所。
それは死と生に同時に結び付けられている。
私がかつてその不思議に捉われ妄想をたくましくした、草原の対極たるあの海を、私は今眼下にしている。
そこに色は無かった。
そこから臭いはしなかった。
いかなる生き物もそこにはいなかった。
ひとびとが暮らしている痕跡はなかった。
私のふるさとはどこにも見えない。
あの日から、ずっとだ。耳は聞こえているし、味は感じているし、目は良く見えるし、鼻も利いている。
だけど、何も感じない。
音はする――ただの音が。
食べ物には味がある――ただの味が。
見えるもの全てがものでしかなく、臭気と快気の間にいささかの差異も存在しない。
なにより、風が吹いていない。吹いているはずの風を、なぜか私は感じていない。
私が思う人々はどこにもいない。海について語ってくれたあの人たちは、存在することを止めてしまった。
私の幼い好奇心を、その豊かな教養によって満たしてくださった、私の愛しい母上。
何かを知るということが、何かを受け入れることだと諭してくれた、いとも慈悲深き我が母上。
私の未熟な自己認識を、その確固たる自負によって鍛えて下さった、私の愛しい父上。高貴であるということが、その血によって定まるものではなくて、自らを十分に知るということであると諭してくれた、いとも気高い我が父上。
私を形作ってくれた、すべての人々。すべてのことがら。あるいは――あるものの全て。
それらが欠けているということ。
何かが欠けているというのではなく、すべてが失われてあること。
生きたまま死んでいるということ。
それがヒトでなくモノであるということ。
運搬物。商品。道具。
それらが存在をしらないように、私もまた存在の意味を忘れてしまった。
それがなぜだか面白くて、私はまた、あの笑いを笑った。




