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双竜、並び立つ  作者: 浮遊鱗(ふゆーりん)
3/5

第三話 あなたは人間ですか?

「お待たせいたしました!」

 小料理店に運ばれてきた料理を前に、景竜と雨竜は共にスッと目を閉じ、両の手を合わせた。

 作物を育んだ大地に。

 命の源となる綺麗な水に。

 世界を彩る太陽に。

 自分達の血となり肉になる野菜に。

 肉に。魚に。全ての生きとし生けていた物達に。

 こうして自分の目の前に出てくるまでに関わった全ての人に。

 一緒に食卓を囲む友に。森羅に。

 全ての祈りと感謝を込めて、僅か五秒。

 薄ら目を開き、雨竜と景竜はその一言、ただ一言に全ての感情を込めた。

『いただきます』

「いただきます」

 一緒になって、森羅もそう合掌して言う。

 それから、驚いたように景竜と雨竜へと言った。

「凄いですね!」

「は。何がでしょうか?」

 雨竜が聞き返すと、森羅は今一度合掌してみせた。

「こうやって、食材に礼を尽くすこと。それは凄く大切なことだけど、それを当たり前のようにやっている人ってほとんど居ないです。いいえ、初めて見たかもしれないです」

 そう言う森羅に対し、雨竜はキチッと正座をしたままほのかな笑みを浮かべてみせた。

「俺達は何かを食べると言う行為をおこなっている以上、必然的に命を奪います。そして、それは色々な人の手を渡らなければ、今俺達の目の前に存在しません。たったそれだけの事実に、敬意を払っているだけですよ」

「素晴らしいですね」

 感服したように森羅が声を上げる。

「雅真君もそう言う気持ちで?」

「あ、あぁ。……いや、思えばそんな深いことを考えたことはないな。ただ、いただくからいただきます、と言うだけだ。はっはっは、俺は雨竜ほど考えないからな」

「へぇ~、でも二人とも礼儀正しいんですね。あ、二人はお酒飲みますか?」

 ピッとそれを制止するかのように雨竜は左手を上げる。

「下戸なので、俺は烏龍茶を貰いたいです」

「俺は日本酒を貰おうか」

「おお、良いですね! それでは、どんどんと頼んでしまいましょう! 私も日本酒いっちゃいますね!」

 森羅は酒を頼みながらも、二人に興味津々と言うように問いかけてきた。

「あ、お二方に聞いても大丈夫ですか? 二人ともすっごく強かったですけど、何かやっていますか? 空手とか」

「空手ではありませんが、武道の心得が少々。景竜は俺と違う流派です」

「凄いですね! 強い人って私羨ましいな、って思います。二人を見てると身体だけじゃなくて、心も、技も、凄く磨いてきたんだろうなって感じます……」

 ポツリ、物悲しげにそう呟く森羅を見て、景竜が不思議そうな顔を浮かべる。

「過去に何か、あったのか?」

「あ、すみません。いえいえ、何でも。それより、二人はどうやって知り合ったのですか? 何だかとっても似た者同士に見えますし、仲良さそうだなーと」

 露骨に話を逸らされた、と感じながらも、それを追求するのは無粋だろうと雨竜は口をつぐんだ。景竜が答える。

「あ、あぁ! 俺と雨竜の出会いか。え、えーと、そうだな。幼馴染、……そう、幼馴染だ!」

 取り繕うように景竜が笑う。

 それもそうだろう。若き日のことなど黒歴史にも程がある。

 互いに県を二分するほどの巨大暴走族の総長で、初対面が、荒れ狂う獣のような群衆に囲まれた中での素手による一対一の殺し合いだった、など――。

 口が裂けても言えることではない。

 森羅は「へ~、幼馴染ですか~、良いですね~」と素直に感嘆している。

 僅かの気まずさから雨竜が鮪丼の茶碗を持ちそれに箸をつけていると、そこで日本酒と烏龍茶が運ばれてきた。景竜は酒器を自分と森羅に分け、彼女の酒器に向けて徳利を傾け日本酒を注ぎ、次いで自分の容器にも徳利を傾ける。酒器の中に満ちる透明な日本酒は店の間接照明を映し出し、まるで月夜に居るかのような風流を錯覚させる。森羅が浮かれるような声を上げた。

「おお~、良い香りですね~! それじゃあ、乾杯しましょうか!」

 雨竜と景竜は互いに酒器と烏龍茶のグラスを掲げた。

「乾杯の前に、感謝の気持ちだけ改めて伝えさせて下さい。……今日は、本当にありがとうございました! あのままだったら本当に何されてたか分からなかったので。だから、本当に二人には感謝しています。……と言うことで、乾杯ですっ!」

『乾杯!』

 ぐぃっ、と景竜は日本酒を一気に飲み干した。

 景竜は見た目通りに酒豪である。相反して、一切酒を飲まない雨竜にとって、彼の身体がどうなっているのか理解するのは全くもって難しいことだ。水や茶と言った飲み物は普段それほど飲まない割に、酒となると何杯でも顔色一つ変えずに飲めるのはなぜなのだろうか? それはしばしば雨竜が思う疑問である。

 そして、一人酒豪が居ると、周りの者達も知らず知らずに酒口が進むものだ。

 それは、森羅も例外ではなかった。

 森羅は元々あまり酒に強いタイプではないようだが、見た目に反し自分の年下である景竜に対抗心を燃やしてしまったのか、かなりのハイペースで飲んだようだ。

 時間が経つにつれ、森羅の様子が見るからに変わっていくのが分かった。そして、その酔いどれた森羅と景竜が楽しそうにはしゃいでいるのを少し、冷めた目で見つめる。

「私はねぇ、……えへへ。せいぎのみかたなのら!」

「素晴らしいぞ!」

「せいぎのみかたなのらから、けいかんに、なったのだー!」

「格好良いぞ、森羅殿!」

「えへへー、でしょでしょー? もっとほめて、ほめて」

「褒めよう! 何度でも! 流石だ! グーッドだ! グーーーッド!」

 ……景竜は、父親になれば意外と子煩悩になるのかもしれないな。雨竜はそんなことを思う。

 やがて、唐突に森羅は頭を机の上に突っ伏した。

 酒に潰れてしまったのだろうか? 完全に酔い潰れる前に、送る為に森羅の自宅を聞いておけば良かったか、と雨竜が後悔したその時だった。

「あはは、ほんとは――何で、私警察官になったんでしたっけ……?」

「……?」

「何も、思い出せないです」

 今の今まで酔いが回っていたとは思えないほど澄明な声で、机に突っ伏したままの森羅がそう呟いた。

「えへへ、なーんも、思い出せない」

 ……嗚咽? 

 雨竜と景竜の表情が変わった。

 彼女は、泣いて、いるのだろうか? 

「あはは~、私、一年前より昔の記憶が、ぜーんぜん、無いんですよ。笑っちゃいますよね」

「……!」

 それは、衝撃的な告白だった。

「何でですかねー? 忘れちゃいけない、大切な物が、あったような気がするんですけどねぇ……。何も思い出せないです。私は、本当は誰なのでしょう?」

 景竜は、真剣な眼差しで机に突っ伏す森羅を見つめた。

「森羅殿……?」

 そこで、ハッとしたように森羅は顔を起こした。頬を伝わる一筋の光を指先で擦り、彼女は無理やりに笑顔を作ってみせた。

「あはは、ごめんなさい。何でこんなことを言ってしまったのでしょう? 飲みすぎちゃいましたね、あはは」

「森羅殿」

 景竜が森羅へと真っ直ぐな視線を注いだ。

「吐き出すが良い」

 ただ一言、景竜は慈愛に満ちた表情で、そう言った。

「――っ!」

 森羅の瞳に迷いが生じる。そんな彼女に、雨竜も次いだ。

「森羅さん。人は――心の器に注がれた負の感情を、定期的に掻き出さないとダメな生き物です」

 そんな二人をまじまじと見て、森羅は唇の端を僅かに上げた。

「格好良いなぁ、二人とも」

 そう言って、森羅は目を僅かに伏せた。

「でも、ごめんなさい。……言えないです」

「……そう、ですか」

 これ以上は踏み込んではいけない領域なのだろう。

 雨竜も、景竜も、それ以上の追求はおこなわなかった。

 森羅はそんな二人に対して笑みを零した。

「あはは、ごめんなさい。変なこと言って空気悪くしちゃいましたね、酔いが回るとダメですね! これ絶対明日残るな~っと、酒臭い警察官はちょっとあれですね、不良ですね」

 森羅はそう笑い飛ばす。気を遣う森羅を見て、景竜もニヤリと笑ってみせた。

「いや、酔うのは良いことだ。俺など、もう久しく酔った記憶がないからな」

「そう言えば、雅真君、物凄くお酒強いですよね! どこで鍛えたんですか?」

「ははっ、哺乳瓶の頃から親父がミルクの中に酒を混ぜていたからな」

「あっはっは、まさか~!」

 そんな小気味良い会話を飛ばしつつ、森羅が言った。

「いやー、それにしても食べた、食べた、食べました。そしてたくさん飲みました! そろそろお開きにしましょうか?」

『ご馳走様でした!』

「楽しかったです! お二方さえ良ければ、また飲みましょう」

『ぜひ』

 そうして、三人の飲み会は終わった。


 森羅をタクシーに乗せ、景竜は雨竜のバイクの後ろに乗った。そして、タクシーをバイクで後ろから追いかけるような形で彼女の住んでいるマンションまで送り届ける。幸いにしてオートロックのマンションのようで、ひとまずここまで届ければ安心だろう。

 名残惜しそうに、心配そうに何度も振り返りながら、景竜は雨竜と共に帰路を向かうのであった……。

 千鳥足をふらつかせながらも、森羅は自分の部屋にまで辿り着いた。

 外には、すっかりと真ん丸のお月様が登っていた。決して広くないワンルームに月光が差し込んでいる。

 このまま、何もかも忘れて眠ってしまいたい……そのような衝動に駆られながら彼女は風呂場へと向かった。一日着古した衣服を脱ぎ、彼女は、艶やかな肢体を鏡の前に露わにする。

 そして彼女は、その鏡をまじまじと、見つめた。

 そこにあったのは、孔。

 彼女の胸の中央には、五センチほどの虚空が、ポッカリと空いていた。

 普通の人間ならば、心臓があるはずの位置――。

 その空間にだけなぜか何も無く、風がその穴を、彼女の身体を通り抜けていく。

「なぜでしょう……?」

 森羅はポツリ、そう呟いた。

 そして、鏡の中の自分に向かって、問いかける。

「なぜ、貴女は心臓が無くて生きられるのですか? ……なぜ、貴女は、何も覚えてないのですか?」

 森羅は自らの胸にポッカリと開く孔を触り、それを指先でなぞる。

 彼女は、誰にも聞くことのできない問いを一人、放つ。


「貴女は本当に、人間なのですか……!?」


 そのまま、森羅は膝下からその場に崩れ落ちた。

 月夜も風も何もかも、その問いに応える者は――居ない。


前後を読み直してみたら森羅さんの口調に違和感があったので微修正加えました。

内容に変更はありません。

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