第一話「二人の竜」
筋肉隆々のかっこいいダブル主人公を書きたかったんです
↓本編どうぞm(_ _)m↓
この身は絶対に折れない刀だ。
この手は全てを断ち切る剣だ。
無理な力は必要無い。ただ、そこにある大きな流れに逆らわなければ……。
無音無明の道場内は厳かな雰囲気を保ち、微かな風の揺らぎさえ鮮明に捉えさせる。
外からししおどしの小気味良い音が響き渡る。息を吸う。肺の中に自然が入り込み、脳内まで染み渡る。
膨らんだ風船に針で穴を開けるように、その空気の逃げ道を手先に集めるかのように。
彼はその手を、積まれた瓦へと振り下ろした。
「セイッッッ!!」
鋭い音が走り、彼の手刀は刹那にして幾つもの瓦を全て粉砕していた。耳に残るような轟音が響き渡ったかと思えば、次の瞬間には無音――。
そのまま、彼は吐き出した物をゆっくりと掻き集めるように、大気と調和した。
……なぜだ?
なぜ、この世にある物は壊れるのだろうか?
それが、諸行無常と言うことなのだろうか。
この世にある物は常に何かしらの力によって変化していく。そう、全ては変われずには居られないのだ。
齢二十ニ歳の青年は浮世離れさえしている浄眼を、たった今自らが壊した瓦へと向けた。
そんな感傷に不意に至る彼の体躯はおおよそ185cm。
鍛え抜かれた肉体の筋肉は著しく発達しており、四肢が服の上からでも分かるほどに膨れ上がっている。
それはさながら、野生の熊に等しい恐怖を見る者に与えるだろう。
若くして幾つもの修羅場を潜り抜けてきた彼の眼光もまた、それを手伝っている。
彼は一つ吐息を零し、一人きりの道場の戸をガラリと開けた。黄金の朝日が地平線の彼方に登りつつある……。
「……来たか」
彼は一言、そう呟く。
無音が澄み渡る街の中に、さぞかし近所迷惑であろう爆音が鳴り響いている。
それは遠くの方から凄まじい速度でこちらへと近づいてくる。よく聞き慣れた、改造したバイクのマフラーが鳴り響かせる音――。
やがてそれは道場の前で止まり、勢い良く門戸が開かれた。
朝日を背に、それよりも眩しい短い金髪を見せつけながら、男は豪快に笑う。
「はっはっは、今日も良い日だ大学日和だ! ゆくぞ! ついて参れ雨竜よ!」
そこに居たのは、彼と変わらないほどの身体付きをした豪胆な男であった。
雨竜。我道雨竜は鼻を鳴らしながら口元にほのかな笑みを浮かべる。
「相変わらずけたたましい男だ。景竜よ」
雅真景竜は雨竜のそんな声に意を関す様子は無く、白い歯を零してひたすらに笑ってみせるのだ。
「朝日を背に誰も居ない街を走るのは最高だぞ雨竜よ!」
「……ああ。風と一体になるのも、悪くはない」
雨竜は車庫に出向き、自分の身の倍はありそうな大型バイクを転がし、それにどっかりと座った。
同じようなバイクの景竜と並ぶと、それはさながら暴走族の総長が二人してバイクを走らせているような威圧感になる。
「往くか、景竜」
「ああ! ついてこい相棒よ!」
そう言い放ち、景竜はアクセルを捻った。
◆
赤信号を前にして、二人のバイクはピタッと止まる。
車通りの少ない早朝にも関わらずに、二人の暴走族かヤクザのような風貌の彼らは交通ルールをキッチリと守るのだ。
それは意外に思われるかもしれないが、彼らが自分に課したルールを破ることは絶対にない。
「雨竜よ、聞きたいことがある」
「……何だ?」
景竜の問いに、雨竜はいつものようにそっけなく答える。
「進路は決まったか?」
見た目に反し、彼らは大学四年生。今後の進路のことなどは目下の悩みである。
少し思案するように黙り込み、雨竜は答える。
「……そうだな、まだ決まっては居ない。道場を継ぐことも考えたが、俺はまだそれに値する器だと思えない」
「ふむ、殊勝なことだな。それほどの強さが有りながら、まだ己が未熟と捉えるか!」
「それより、景竜。貴様はどうなのだ?」
「はーっはっは! 決まっている訳がないだろう!」
景竜は一切の迷いなく、そう豪奢に笑いのけてみせた。ふっ、と雨竜は微笑を隠せない。
「貴様らしいな。景竜」
「どう足掻いたって人間は今しか生きられん。なるようにしかならんし、なるようになる! 自分の道は自分でしか切り開けぬし、切り開くべき道が見えるのは時の運でしかないからな!」
「……ふっ。俺も貴様くらい迷いなく生きることができたら、さぞ幸せなことだろう」
「そう褒めるでない。何も考えていないだけとも言えるからな! ……ん?」
不意に、景竜が動きを止めた。視線を右端の方に寄せ、雨竜に問いかける。
「今、何か聞こえなかったか?」
「そうか? 俺は聞こえなかったが……」
信号が青になると同時に、景竜がハッと何か思いついたような顔を浮かべ、勢い良くアクセルを捻った。
「こっちだ!」
景竜の大型バイクが勢い良く発進した。突然のことに雨竜は反応に遅れ、戸惑いながらも景竜を追うのだった。
◆
狭い路地裏に入ると、そこに黒いワゴン車が一台止まっていることに二人は気づいた。
そして、そのすぐ傍で確かに女の悲鳴が上がっていることに雨竜はそこでようやく気づく。
覆面を被った四人の男達が一人の女の腕を掴み、ワゴン車に連れ込もうとしている現場に二人は遭遇した。
それを目撃した景竜は、二人の大型バイクが止まるが早いか否か、一切の躊躇無くその男達の集団に向かって闊歩していく。
「誰だ!?」
「こっちの台詞だ! 女一人に集団で襲いかかるとは、男の風上にも置けぬ奴らめ!」
そう言うが早いか否か、憤怒の表情を浮かべた景竜は、片手で男の一人の頭部に掌底を当てた。
男の脳に瞬間的にその衝撃が伝わり、脳を激しく揺さぶられた男は一瞬にして白目を向き、泡を噴いて倒れる。
それは目にも止まらぬ速業であった。
その光景を目の当たりにした他の男達に、刹那動揺が走る。目の前の男の体格、筋肉、あまりに的確な打撃……。
それは瞬時に男達に悟らせた。
生物的な本能――。
どんな武器を使おうが、こいつには勝てない、と。
「うわぁあああ!」
三人の男達は右も左も無く、ワゴン車へ向かって逃げるように駆け出す。
その先に、雨竜が居た。
雨竜のしなるような腕先が、鍛え抜かれた指が指弾となって、瞬く間に男達の急所を貫いた。
男達の口から声にならない悲鳴が上がり、そのまま膝から地面に倒れ伏す。
銃弾に貫かれた人間は、このように死ぬのだ、と言うことを彷彿とさせるような倒れ方だった。
「……何だ? この無粋な輩どもは」
雨竜が景竜にそう問いかけると同時に、景竜は倒れ伏した男達に目もくれず、連れて行かれそうになっていた女に問いかけた。
「女ァ! 大丈夫か?」
「あ、は、はい……」
そう言って、うずくまっていた女は顔を上げる。
凛とした顔が印象的な長い黒髪の女性が、そこには居た。彼女はジッと景竜を見つめ、そして、不意に安堵したように満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございました!」
「……!」
景竜の表情が驚きに染まる。まるで胸を貫かれたかのように胸元を押さえ、口をパクパクとさせながら、いつもの彼らしからぬ挙動で答える。
「あ、あぁ……」
「どうした、景竜」
雨竜がそう問いかけると、景竜は顔を真っ赤にし、女に背を向けた。
「ど、どうやらもう大丈夫のようだな! お、俺はちょっと、あれだ。あぁ、えっと、貴様が彼女の安否を確認せい!」
どうも支離滅裂なことを言いながら、そう言う景竜を見て雨竜はピンッと来た。
ひとまず彼女の安否を確認する言葉を投げかける。
「大丈夫か?」
「あ、はい、何とか……。すみません、ありがとうございます」
「こいつらは何だ?」
その問いかけに、彼女は小首を捻った。
「分かりません。恨みを買うような覚えをした記憶はないですし……。あ、そうだ、本部へ通報しなくちゃ……」
そう言って電話をポケットから取り出し、彼女は警察へと連絡し始めた。
それが終わり、一息つくと、そこで女はハッとしたように雨竜と景虎に真っ直ぐ面を向けて、精悍な顔を向けた。
「あぁあこれはとんだ失礼を、助けていただいておきながら、名乗るのが遅れてしまいました。私は森羅心深。東御影町で巡査をしております」
「巡査? 警官か? 俺は我道雨竜」
「が、雅真景竜だ!」
背後を向いたまま、景竜はそう言い放った。
心深はビシッと右腕を上げ、景竜と雨竜に敬礼した。
「はっ! 我道さん、雅真さん、変質者の集団逮捕に御協力いただき、誠にありがとうございます!」
「なに、男として当然のことをしたまでだ!」
背を向けたまま、景竜が高らかにそう言った。
「つきまして、お二方に何か御礼をしたいのですが……」
「い、要らぬ! そのような邪な気持ちで助けたのではない!」
そんな景竜を見て、雨竜はニヤリと笑う。
「まぁまぁ、景竜よ。礼をしたいと言う気持ちを無下にするのも失礼であろう」
「そうですよ! ……あ、そうだ」
そう言って心深は胸ポケットから手帳とボールペンを取り出し、そこにサラサラと何か書き加えた。そして、満面の笑みを浮かべてそれを我道と景竜へ渡した。
「私の携帯電話の番号です。薄給なのであまり高い物は厳しいですが、今度、何かお二方に御馳走させて下さい」
「有り難く受け取っておこう」
そう言って雨竜はその紙を折り畳み、ポケットへと仕舞い込んだ。
「雨竜!」
景竜が雨竜にそう強めに言うが、雨竜はそれを気にした様子も無く、自らのバイクにまたがった。
「それでは、森羅さん。俺たちは未だ学生の身にて、これから書道の朝練があります故。これにて失礼させていただきます」
「はい! それでは、お気をつけて!」
心深はにこやかに笑みを浮かべ、雨竜と景竜を見送るのであった。
◆
静謐な室内に、雨竜と景竜の二人は横並びに座っていた。
墨汁の混沌とした黒は己自身であり、筆はそれを吐き出す刃。そして、一枚の白紙は己を映し出す鏡である。
心が清らかな状態であれば筆は己自身を真っ直ぐ、力強い字を表すだろう。
正座をし、背を張り、筆を執る。
毛先に墨汁を染み込ませ、雨竜と景竜は自らの鏡となる白紙へと向かう。
一切の波が立たぬ心を持ち、肉体を研ぎ澄まし、技を磨くことこそが武への敬意。
そして、敬意は力となり自らに還る。
雨竜と景竜は未だ朝日が差し込む部室にて、たった二人、毎日この日課をおこなっていた。字とは手先で書く物ではない。身体の流れを捉え、制御し、それを自分自身の物にする為の物だ。
半眼で雨竜は紙に流れるような所作で字を書き記す。
『威風堂々』
その字は、繊細さと力強さと言う二律背反を兼ね揃えるような卓越した技術によってこの世に産み落とされた。雨竜自身惚れ惚れするような会心の出来だ。
その四字は雨竜が最も好む物である。己を鍛え上げ、文を好み、他者に決して迎合はしないが礼儀を尽くす。己が己であると言う自我を持つことにより、それは態度や雰囲気に表れ、威厳に満ちる様相を作り出す物だ。
その横で、景竜は自身を信じられないと言うような呆然とした表情を浮かべていた。
そこに映し出された字は『信』と言う一文字のみ。しかし、その字にいつものような力強さや脈動感は一切無く、むしろ、字の途中で毛先が揺れていることが分かる。完全な失敗作だ。
「……一体、これは、どう言うことだ」
苦虫を噛み潰したかのように、景竜は頭を振った。
「どうした、景竜。書で失敗するなど、貴様らしくない」
「なぜだ! 一向に平常心を取り戻せぬ……! なぜだ! あの女の笑顔を見てから、なぜか心が揺らぐ……! 字一つ、まともに書くことができぬ……!」
苦悩の表情を浮かべる景竜に対し、雨竜は筆を置き、正座のまま景竜へ向き直った。
「景竜よ。それは、恋だ」
「コイ!?」
刹那、景竜に衝撃が走る。まるで信じられないと言うような顔で、雨竜に聞き返す。
「それは……池によくおよいでる、口をパクパクするアレか?」
「そんな古典的ボケは今は要らん」
「恋だとぉ!?」
景竜は驚き戸惑ったように奇声を発した。
「まさか、この雅真景竜が!? 一目会ったばかりの女に!? 恋!?」
「一目惚れと言う奴であろう。貴様ほど愚直な人間ならば、有り得ぬ話ではあるまい」
雨竜の冷静な指摘に、景竜は首をこれでもかと言うほどに横に振る。
「いや! そんなはずはあるまい! 確かに、あの女を見て奇妙な胸の高鳴りを覚えた。顔がなぜか赤らむのは自分自身分かった。目を真っ直ぐ見ることさえできなかった。この景竜が、だ! しかし、俺は、人となりも分からぬ女を好きになるような男では決して無い!」
必死になって否定する景竜を見て、雨竜は目尻を下げた。
「それが恋ではないか。くくく、幾分、大胆不敵かつ堅物な男だとは思っていたが、結局は貴様も人の子だったと言う訳だ」
「ぐっ……」
屈辱である、と言うように景竜は顔を歪めた。
そして、すぅっと息を吸い、正座のまま雨竜へと向き直った。
「くっ、認めざるを得まい……。貴様が言うからには、そうなのであろう。雨竜。信じがたいことだが、この俺雅真景竜は、彼女に、確かに、森羅心深に惚れたらしい」
「潔いな。嫌いではない」
真っ直ぐに自分を見つめてくる景竜に向かって、雨竜は柔和な笑みを浮かべた。
「そこで、恥を忍んで、俺の唯一無二の友である貴様に聞きたいことがある」
「何だ?」
「俺は、その、何だ。これまで女子と付き合った経験が、無い。……貴様は、女を知っているのか?」
まるで小学生のような問いに、雨竜は吹き出した。
「馬鹿げたことを……無論だ」
「何ィ!?」
「聞いて驚くなかれ! 俺は女子と付き合った経験があり、かつ、接吻まで既におこなっている!」
「何だとォ!? 付き合うだけでなく、接吻まで!?」
そこで景竜は、正座のまま、深々と雨竜へと頭を下げた。
「完敗だ! 雨竜よ、恋の師匠と呼ばせてくれ!」
「頭を上げるが良い、景竜よ! 貴様と俺の仲! 俺が責任持ってその恋、成就させてやるわ!」
「おお! これほどまでに貴様を頼もしいと思ったことは無いぞ、雨竜!」
男二人友情を再確認し、固い固い握手を交わすのであった。
次→早ければ土日には次話投稿できるかもです。