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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

いきなりですが、誘拐されようとしています

 いきなりですが、誘拐されようとしています。

 わたしの目の前には覆面姿の男が二人ばかりいまして、わたしにむかって一人がナイフをつきつけ、もう一人が縄で縛りあげようとしています。因みに車の中です。まぁ、つまりは今まさにさらわれているところだったりするのですよ、わたしは。誰かにさらわれる心当たりなんかないのが一般的だとは思うのですが、何を隠そうこのわたしには、さらわれる心当たりがあったりするのでした。残念な事に。何の目的もなく誰かを誘拐するなんて、クッ○大王くらいでしょうから、恐らく当たっていると思います。

 だから、これが何かの勘違いであってくれと願わない訳ではないのですが、多分、これはわたしを狙った誘拐なのでしょう。と言っても、ややこしいことに、わたしの予測が正しいのであれば、これは勘違いの結果の誘拐のはずですから、何かの勘違いである事もまた事実なのですが。

 でもって、“ま、あれ目的なんだろうなぁ”なんて思っていたら、わたしを縛り上げたタイミングで、案の定、犯人さんの一人がこう言って来たのでした。

 「さぁ、これでお前はもう逃げられないぞ。お前の父親に、脱税して貯めこんでいる金を持ってくるように言うんだ」

 わたしはそれを聞いて嘆息しまくりました。

 “言うんだ言われてもなぁ……”

 困ってしまいます。話はちょっと前に遡ります。

 

 わたしの父親は会社を経営しています。ただし、バリバリの零細企業で、少しも自慢できたもんじゃありません。何しろ、貧乏過ぎて、まだ高校生のわたしが、少ないアルバイト代で手伝っていたりするくらいなんです。ところがどっこい、世の中には何が面白いのか、そんなわたしの父が「本当は儲けているのにそれを隠して、税金逃れでたんまり貯め込んでいる」なんて嘘の噂を流す人もいるのです。ネット上でその噂を見た時には、家族全員で大笑いしたもんです。もしもこれが本当だったら、ハワイ旅行でも行きたいねーとかなんとか盛り上がって。

 ……まぁ、気楽です。いいえ、気楽でした。

 異変はそれから少しばかり経ってから起こり始めました。何故か尾行されている気配があったり、誰かに観られているような気がしたりするのです。しかも度々。

 ですが、その時もわたしは、それが誘拐犯さん達によるものだなんて思ってもいませんでした。あんなネット上の信憑性の低い噂を信じる人がいるだなんてそもそも思っていませんでしたし「これはストーカーに違いない。断言できる」とそんなストーカー犯人説を頑なに信じていたからです。ほら、わたしは可愛かったりするものですから、今までストーキングされていない方が不思議なくらいなんですよ。多分。

 で、わたしは「いい男のストーカーだったら、考えないでもない」なんて思っていたのですがね。まぁ、残念な事にと言うべきかどうかは分かりませんが、それはストーキング行為ではなく、誘拐犯さん達がわたしをつけ狙っていただけのようですが。

 

 「さぁ、早くお前の父親に電話しろ」

 

 そう誘拐犯さんの一人が言いました。そう言われたわたしは、少しばかり困っていました。それはそもそも縛られているわたしには電話がかけられっこない、という事ばかりが原因では、もちろん、ありません。

 「あの……、父は大金なんて持っていませんよ?」

 わたしはそう応えます。脱税して貯め込んでいるお金なんて、我が家にはないのです。

 「なにしろ、昨晩のおかずなんて、ちくわ二本だけだったんですよ?」

 誘拐犯さんは間髪入れずにこう返しました。

 「うそつけ」

 その誘拐犯さんの言葉にわたしは憤慨します。

 「うそなもんですか。今日の夕食は何だろう?と期待して向かった先の食卓で、ちくわ二本を見たわたしの衝撃とその後に急速に襲ってきたわびしさがどれほどのものであったか、あなた達に想像できますか?」

 「いや、それはなんとなく想像できるけどな、そっちじゃなくて」

 「じゃ、どっちです?」

 「だから、お前の父親が大金を持っていないって話だよ」

 それにわたしは反論しようとしたのですが、そこで誘拐犯さんのもう一人がこう口を挟みました。

 「いや、嬢ちゃん。あんたは知らないだろうが、俺達は信頼できる筋から、お前の父親が脱税して金を貯め込んでいるって情報を入手しているんだよ……」

 その信頼できる筋なら多分わたしも知っています。ネットです。わたしどころか、世間の不特定多数の人達が知っています。わたしはそう言おうと思ったのですが、その誘拐犯さんの人は自分に酔っているのかなかなか話が止まらなくて、口を挟む隙がありません。

 「……お前の父親は脱税って違法行為をしているから、当然、警察に通報する訳にはいかない。つまり、俺達は安全に身代金を手に入れる事ができるって訳よ。こんなノーリスク・ハイリターンの甘い話は、そうそうあるもんじゃない。逃す馬鹿がいるかって感じだ。大人しく協力してくれたら、嬢ちゃんにも少しお小遣いをあげてもいいんだぜ。さっきの話じゃ、お嬢ちゃんだって騙されているみたいだし、ちくわ二本の夕食のわびしさに復讐してやろうじゃないか……」

 などなどと語り続けます。その後も十分以上も喋り続けて、ようやく話が途切れました。わたしはこのタイミングしかないと思い、口を開こうとしたのですが、そこでわたし達の乗っていた車のドアが突然に開いたのです。

 「いいえ、ノーリスク・ハイリターンとはとても言えませんよ。むしろ、ハイリスク・ノーリターンです」

 そして、そんな声が。見ると、そこにはわたしと同い年くらいの男の子がいました。誰でしょう? 誘拐犯さんが言いました。

 「なんだ、お前は?」

 誘拐犯さん達も知らないみたいです。本当に誰なんでしょう? その男の子はこう答えました。

 「偶々、通りかかってここの会話を聞いてしまった者です!」

 誘拐犯さんは言います。

 「そんな馬鹿な。聞こえるはずないだろう?」

 男の子は返します。

 「そんな馬鹿な。なら、ここの会話の内容を知っているはずがないでしょう?」

 “そんな馬鹿な”とはわたしも思いますが、彼が実際に知っている以上、聞こえていたのでしょう。彼は言います。

 「とにかく、今問題にするべきなのは、あなた達のハイリスク・ノーリターンなこの行為についてですよ。はっきり言って、この可愛い女の子の縛られ姿を見られるくらいしか、この行為にリターンはありません。ごちそうさまです。グヘヘ」

 褒められているようですが、素直には喜べません。誘拐犯さんは言います。

 「何を根拠にそんな事を言っているんだ?」

 「根拠ならあります。もしも、彼女の言うように彼女の父親が脱税を行っていなかった場合、彼女の為に支払う身代金はありません。そして、警察にだって通報されてしまいます。つまり、お金を得られる見込みがゼロで、かつ警察に捕まる可能性が非常に高くなってしまうという事です。誘拐は成功率の低い犯罪ですしね。

 だから、この行為には、彼女の縛られ姿を見られるくらいしかリターンがない可能性が大きいって事ですよ。本当にごちそうさまです。グッヘッヘ」

 なんだか、この人、押して来ますね。わたしの縛られ姿。嬉しくないですが。

 彼の説明を聞いて、誘拐犯さんの二人は顔を見合わせました。表情は分かりませんが、なんとなく雰囲気で、少しだけ怖気づいたのが察せられます。

 「いや、この話は信頼できる筋からの情報で……」

 男の子は首を傾げます。

 「そうですかぁ? 今はネットの所為で、デマが飛び交っていますからねぇ。どこまで信用できたもんやら」

 それで二人は黙ります。どうも、やっぱり情報源はネットだったようです。それを受けて彼は言います。

 「そんな危険な行為よりも、もっと確実で安全で素敵にお金を手に入れられる方法がありますよ」

 誘拐犯さんはその言葉に驚いたようです。

 「それは本当か?」

 「ええ」

 「何故、俺達にそんな事を教えてくれるんだ?」

 「それは僕にもメリットがあるからですよ。あなた達がお金を手に入れた暁には、僕も分け前が欲しいのです。あ、けっして彼女の縛られ姿を見られるって事だけが僕の分け前じゃないですからね。いやぁ、いいもん見れた。グッヘッヘ。

 さて。

 僕がこの車に入って来た理由がこれで分かったでしょう? あなた達に協力してもらおうと思ったのですよ」

 誘拐犯さん達は何もそれに返しませんでしたが、明らかに彼の提案に乗ったような様子でした。すると、それから満足げな表情で彼は自分の計画について語り始めたのです。

 

 彼の話したところによれば、彼はある社長の息子なのだそうです。わたしの家の会社とは違って、その社長の会社は大層儲けていて、そしてわたしの父とは違って、本当に脱税をしていて、ばっちり貯め込んでいるらしいのです。ところがどっこい、それだけ貯め込んでいるのにもかかわらず、その社長はけちんぼで、彼には満足に小遣いも渡そうとしないのだとか。

 「だから、僕はそのお金に目を付けたんですよ」

 なんて事を彼は言います。彼はその自分の父親のお金の隠し場所は突き止めたのだそうですが、その為には重いタンスを移動させなくてはいけない。一人じゃとても無理。協力者を探しているところに、偶然、わたしの誘拐現場を見かけたらしいのです。で、この誘拐犯さん達に協力してもらおうと思い立ったと、どうやらそんな話らしいです。凄い偶然もあったもんですね。

 わたしはその話を聞きながら、“こんな話、信じるのかなぁ?”なんて思っていたのですが、「何のメリットもなく危険に飛び込むはずがないでしょう? それはこの話が本当だからですよ」と彼が言うと、誘拐犯さんの二人はあっさりと「なるほど。それもそうか」と納得してしまったのでした。なんだかこの二人が心配になってきました。いや、本当に。

 それから誘拐犯さん達は車を移動させて、彼の家だと彼が証言している家を目指しました。すっかりと彼の言う事を信じて切ってしまったようで、誘拐犯さん達は上機嫌で鼻歌なんか歌い始めています。わたしは「もうわたしが捕まっている理由もないんじゃないですか?」と、それを見てチャンスだと思って言ってみたのですが、「警察に通報されたらまずいので駄目」だそうで、解放してはくれませんでした。例え通報したって、こんな話、警察だって信じちゃくれないと思うのですが。

 やがて男の子の家に着きました。男の子のが言うように金持ちらしく、でっかい豪邸でした。男の子はこう言います。

 「じゃ、僕がまずは行って、君達を通すように警備員達に言って来るから、ここで待ってて。説得できたら手招きするから」

 そう言うと彼は車を出て、その言葉通りに豪邸に向かいました。裏口のような所に行くと警備員が顔を出します。気さくな感じで何事かを喋っています。どうやら知合いみたい。いかにも嘘っぽいとわたしは思っていたのですが、驚いた事に彼の語った話は本当だったようです。それから彼は、こちらを指差すと手招きをし、それからその裏口のような所から豪邸の中に入りました。

 「よし、行くぞ!」

 とそれを見て、誘拐犯さんの一人は言いました。わたしに言ったように思います。“吉幾三”の勘違いである事を期待したのですが、こんな状況で個性派の演歌歌手の名前を言う理由もなさそうなので、恐らくはわたしに言ったのでしょう。それから、やっぱりわたしまで車の外に連れ出されてしまいました。

 「あの、どうしてわたしも行くんですか?」

 縛られているからどうせ逃げられません。誘拐犯さんのもう一人が答えます。

 「俺達が中にいる間で、誰かに見つかったらまずだろう?」

 縛られている女と一緒に行動しているところを見られる方がよっぽどまずいと思うのですが、何を言っても無駄だと思ってわたしは何も言い返しませんでした。

 誘拐犯さん達と共にわたしは豪邸の裏口を目指します。わたしは未だに先の彼の話を信じられないでいるのですが、もしもあの話が嘘だったなら、今頃彼は、不法侵入でこの豪邸の裏口の向こうでふん縛られていることでしょうから、やっぱり本当なのかもしれません。そう思って裏口に一歩踏み込んでわたしは固まりました。

 あの男の子がふん縛られていたからです。

 「今だ! 来留間太司さん!」

 そして彼はそれからそう叫んだのです。来留間さんと呼ばれた人は、どうやら先の警備員の人のようです。素敵な目をしています。

 なんて事でしょう?!

 主要登場人物を差し置いて、ぽっと出の警備員さんに名前が付いています。この話。しかもフルネームです。それから警備員さんは言います(悔しいので、名前では書いてやりません)。

 「うん! ふん縛っていいんだね? この人達!」

 「遠慮なくやってください!」

 それからその警備員さんは、電光石火の神技で誘拐犯さん達を投げ飛ばします。「ぬあんんだとぉぉ!」と彼らは叫びました。叫ぶだけで何も抵抗できません。そして、警備員さんは投げ飛ばした二人を、瞬く間にふん縛ってしまったのです。それから今度はわたしを見やると警備員さんは舌打ちします。

 「チッ この子は既にふん縛られているじゃないか。残念」

 なんだか、誰かをふん縛りたい人のようです、この人は。

 これ、何なんでしょう?

 男の子が言いました。

 「驚いたかい? 警備員の来留間さんは柔道の達人なのさ。そして、人をふん縛るのが大好きなんだ! お蔭で僕もこの様さ」

 彼は縛られている自分の姿を誇示しています。ふん縛るのが好きだという異常性癖を持っている警備員さんは言いました。

 「そりゃ、いくらぼっちゃんの友達だからって不法侵入者は逃さないさ」

 わたしの頭は軽く混乱していましたが、これだけは分かりました。やっぱり、あの話は誘拐犯さん達を騙して捕まえる為の嘘だったのです。

 

 「つまり、ここはあなたの家ではなく、あなたの友達の家で、ここの警備員さんが柔道の達人である事を知っているあなたは、ここに誘拐犯さん達をおびきだして捕まえてやろうと思ったって事ですか?」

 わたしがそう尋ねると、彼はにこやかな笑顔でこう答えました。

 「その通りさ。見事に計画通り! 大したもんだろう? 君の事を助けてあげようと思ってさ。君の縛られた姿も見たかったし」

 普通、こんな計画、上手くいくとも思わないだろうし、そもそも考え付きすらしないでしょうに。因みにわたし達二人とも未だにふん縛られています。彼はともかくわたしは解放してくれても良いようなものだと思うのですが。

 「二人とも縛られててお揃いだね」

 なんて、彼は悦に入った様子で言います。わたしはそれから尋ねました。

 「でも、まだ腑に落ちない点があるんです。あなた、どうして車の外からあの誘拐犯さん達の会話が分かったのですか?」

 それに、なんだかこの人は、わたしの事を以前から知っている風でもあります。澄ました顔で彼は答えます。

 「それは、君のカバンに取り付けておいた盗聴器のお蔭さ。まさか、こんな感じで役に立つとはねぇ」

 「盗聴器?」

 「うん。盗聴器」

 その瞬間、わたしの中でパーツが繋がりました。

 「まさか、あなた、ストーカー?」

 そうです。最近、わたしの周囲にあった気配はやっぱり誘拐犯さん達のものではなく、ストーカー…… つまり、彼のものだったのです! だからこそ、彼はあんなタイミングで都合良く現れる事ができたのでしょう。彼は気楽にこう返しました。

 「せいかーい! ね、吊り橋効果とか、ストックホルム症候群とか、なんでも良いけど、僕の事を好きになっちゃったりなんかしちゃった?」

 「なりませーん! 盗聴器ってなんですか? 犯罪ですよ?」

 「そんなぁ。そのお蔭で、君は助かったのに」

 「それとこれとは別問題です!」

 なんだか、とっても疲れました。それからわたしはふと不安になりました。

 

 ……一体、これ、どう警察に話せばいいのでしょう?

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり、女の子を縛るのは、誘拐するリスクに見合うということでいいのでしょうか。(なんか違う)
2016/05/05 21:05 退会済み
管理
[良い点] 笑わせていただきました! ナニされるのかな?と思ったらびっくりする肩透かしの理由に困惑しながら冷静に対処する女性は「恐怖心は無いのかお前!」と思いながら見させていただきました。 [気になる…
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