過ぎ去った時の中で
一月十一日。晴れ。成人の日。二十歳になる新成人の為に成人式というイベントが開催される日である。大学に進学した者は、恐らく地元に帰省しかつて共に過ごした友人たちと共に成人式に参加するだろう。
ここにも、地元に帰省し成人式に参加する一人の青年がいた・・・が
「うぅ・・・眠すぎる。なぜ朝は来るのだろう?なぜ世界はこんなにも残酷なのだろう?なぜ世界は・・・ムニャムニャ」
その青年は、ベッドの中で丸くなっていた。
悠々自適な二度寝タイムである。
彼の名は朝霧ハルキ。都内の大学に通う青年で、普段は一人暮らしをしている。
ギィ・・・と彼の部屋の戸が開く。時刻は朝の四時。侵入者は静かに彼へと近付き、寝ている彼の横顔へ自らの顔を近付ける。
直後、雷のような衝撃が走りぬける。
「おっはよー!今日は成人式だね!おめでとう!大人の階段登る君はもうロミオだぁー!」
対して彼は寝返りをうつように声の主に背を向ける。
「いや、意味わかんないし・・・耳元で叫ぶなよ・・・というか今何時?」
「朝の四時!」
「どう考えても早すぎだろ?あと三時間寝かせてくれ」
「そんなに寝ていたら成人式に遅れちゃうじゃない。ふざけたこと言ってないでさっさた起きる!」
声の主はハルキの寝ている布団を、彼から引き剥がす。するとどうなるか?
「ウヴぉぁー・・・さっみいいい!」
一月の早朝だ。寒くない方がおかしいのである。
「この程度の寒さでなに弱音を吐いているのかなおにいちゃん!」
「オイ桜ァ・・・てめえ・・・」
「きゃー☆お兄ちゃんがおこった!こわーい☆」
彼を兄と呼ぶ少女の正体は、彼の妹の朝霧桜。
高校生の少女である。
「お前はもうちょっと大人になれよ・・・それとも、久々に会うお兄ちゃんに甘えたかったのか?」
「いや別に」
「皮肉を言ったつもりが真顔で塞否定されるのってこう、心にダメージがすごいな」
とりあえず、と寝起きの体を起こして立ち上がる。
「せっかく起こしてもらったんだし、このまま起きとくか」
「ふーん。じゃあ私は寝るね!おやすみ」
「お前は何しに来たんだよ!」
反論虚しく、彼女はすぐさま彼の部屋から立ち去っていく。
(さて、起きているのはいいがなにをしようか?)
今の彼の部屋にはベッドと、高校時代に使っていた机以外特に物がない。マンガやゲーム、テレビなどは全て彼の一人暮らしの住まいに置いてあるのだ。
(ここは無難に・・・)
本棚へ手を伸ばす。しかし本棚には参考書など、特に娯楽の品にはならないようなものの類しかない。彼はその中でも、ひときわ細長い本2冊を手に取る。紙のような柔らかさはない。
「あったあった。懐かしいなぁ」
と、手にした本のうち一冊を開く。
中学時代の卒業アルバムだ。
一通り、卒業アルバムの中の写真を見通す。
どれもこれも懐かしいものばかりだ。
中学時代の入学式や体育祭、文化祭。修学旅行や何気ない授業風景・・・と中学時代の思い出がたくさん詰まっている。
と同時に、今日成人式で久しぶりに会うであろう友人たちの顔と名前がすぐに一致できるように名前と顔を確認していく。
「いやぁ、案外覚えてるもんだな。中学の連中は小学校からの付き合いの連中が多いからか?」
ふと手が止まる。修学旅行の時の写真だ。
所謂班行動をしていた時の写真だろう。その写真の中では自分と一人の少女が仲が良さそうに肩を組み、カメラに向かって満面の笑みでピースをしている。
「・・・」
少女のことを思い出す。彼女の名は東雲紗江。幼馴染というものである。
中学時代までは兄妹のように仲が良かった・・・と思っていたのだが、高校に入った途端疎遠になってしまったのだ。
(改めて見ても仲が良いと思うんだけどなぁ。俺何かあいつに悪いことでもしたっけ?中学ではこんなに仲が良かったんだ。原因は高校に入ってからか?)
手に取ったもう一冊の本。高校時代の卒業アルバムを手に取る。
高校時代の写真も一通り見通すが、全く原因がわからない。
(まぁ、良くわかんないし、今日あたり会うだろうから聞いてみるか)
なんとも能天気な考えではあるが、原因が分からなければどうしようも無い。残された手段は本人に直接聞くだけなのである。
それはそうと、先ほど見通した高校時代の卒業アルバムを改めて見直す。
中学同様、様々な行事の思い出の写真が載せられている。
パラパラとページをめくり、文化祭の写真が載っているページを開いたところで手が止まる。
こちらは、幼馴染がどうこうというものではない普通の写真だ。
その普通の写真をみながら当時のことを思い出す。
(二年の文化祭では模擬店を出したんだよなー。えっと確か、やきそ・・・あれ?)
違和感を覚える。確か自分は焼きそばを作っていたはずだ。それがなぜかワッフルになっている。
自分の記憶しているものと、実際に残っている記録が違っている。
(なんだこりゃ?この歳でもうボケたのか?)
他の写真もよく見て当時のことを思い出す。
やはり、記憶と実際の記録が食い違う。
文化祭だけではない。体育祭や修学旅行まで自分の記憶と実際の記録が異なっている。
何かがおかしい中学の時の思い出には何もおかしいところはなかった。なのに高校での思い出が何かズレている。より深く、自分の過去の思い出を思い出そうと、もう一度最初からページを見直す。二年生での写真のページに入った瞬間だった。
突然、正体不明の頭痛をハルキが襲った。
「なん、だ?頭が・・・うぅ、」
走馬灯のように記憶がフラッシュバックする。
おかしい。どの記憶も全て高校二年の文化祭の記憶だが、すべて違う記憶だった。
同じく模擬店を出しているが出している食材が違うもの。そもそも模擬店ではないものといくつか種類があった。
頭痛に耐えながら、フラッシュバックする記憶を整理していく。
(この、記憶はなんだ?そもそも俺の記憶・・・なのか?ちくしょう。頭がパンクしそうだ。)
そして、たどり着く。フラッシュバックが終わった時だった。五人の少女との記憶だ。
この少女達には見覚えがある。確かあれは――――――――
彼女達のことを思い出そうとした瞬間だった。
パタリと。糸の切れたマリオネットのように全身の力が抜け、その場に崩れおちた。