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【壱】退紅の世界を乞う  作者: 裏柳 白青
第壱章 必至の回転
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五、合理的な棲み分け

 ──一瞬、紅の心臓は飛び上がった。殺されるかと思った。


「あっ…危ねぇな! (ふところ)に入ってくんなよ…」


 反射的に竹刀を掴みかけ、殺意がないことに少し安堵する。ただ、彼女の目には怒りと苛立ちが混ざっていた。


「…懐に入るな、とは言葉だけは偉そうだな」

「…言葉だけは、ってお前こそ偉そうだろ」

「少なくともお前よりはマシな存在だと思っているがな」

「は?」

「で? 先に質問に答えたらどうなんだ? …お前は死族になりたいのか?」


 〝お前よりはマシ〟などと聞かされれば、聞き返したいのは紅のほうだったが──ゆっくりと、尋問のように吐き出された言葉に詰まる。


「…それ、どういう意味だ」

「あぁ、確かに無知なお前には分からない話かもしれないな。換言しよう、家族も友人も恋人も、この世界のあらゆる存在に忘れ去られた存在となり、妖霊に殺されるまで戦い続けたいか、と聞いてる」


 9割方嫌味なのではないかと思うほど癇に障る言い方だった。けれど。


「死族は…死族になった時、他の人間に忘れられるのか…?」

「あぁそうだ。死族になれば、人間界にはいなかった存在となる。死族となる瞬間に立ち会っただとか、元々能力があるゆえに記憶の残る性質だったとか、妖霊の存在を知っているとか…色々と例外はあるが。推奨できる存在じゃあない」


 彼女は呆れたような溜息と共に指を離した。


「もし、先ほどのお前の言葉が死族の数を増やせという意味なら自身の浅はかさを恥じろ。お前みたいに悠々と人間生活を送るお前にとやかく言われる義理はない」


 吐き捨てるような言い方に、返す言葉もない。配慮が足りなかったのは、どちらだったのか。


「…悪い。言い過ぎた」

「謝るな鬱陶しい」


 紅のこめかみに青筋が浮かんだ。


「てめぇ…人が謝ってんのに…」

「私が同情を買いたくてこの話をしたと思ってるのか? お前が知りたいと言ったからした説明だぞ。お前が現状を認識するために話した部分はあれど、それ以上の意味はない」


 彼女に少しでも罪悪感を持ったのが馬鹿だった。今度は謝ったことが別の意味で恥ずかしく思えて額を押さえる。


「…で? 死族云々を知らないことはともかく、妖霊については知っているのはなぜだ?」

「…両親が見える家系なんだよ。だから俺も妖霊が見えて分かるってだけだ」

「さっき家系に意味はないことが多いと教えたばかりだろう馬鹿か。大体、見えて分かるだけなら、その刀はどうした」


 また冷ややかな罵倒の言葉を挟み、彼女は疑いの眼差を向ける。


「妖霊に対抗できる武器なんて、死族自身が鍛えない限りできるものじゃない。ただの人間のお前がそんな刀を持ってるなんて、変だ」

「そんなこと言われても…俺は父親に貰ったんだよ」

「親は誰に貰った?」

祖父(じい)さんだ」

「お前の名前は」

「榊原 紅」

「例外的に代々能力者を輩出する家系もあるにはあるが、榊原家なんて聞いたことないな…」


 彼女は顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。母方の姓はどうだったっけ、と考え込むものの、聞いたことがないことを思い出した。そもそも人物像すら怪しいせいで特に気になったことがなかったのだ。ただ、代々能力が顕現するのが当然とされていたと言えば母の家系だ、が、母自身には能力がなかったらしいし、刀自体は父に貰ったものだし、関係ないだろう、と紅は結論づける。


 まぁ器も能力も生まれつきだからなぁ、と彼女は眉間に皺を寄せたままぼやいた。死族のことを説明し終えており、紅の家についても考え込むだけで踏み込んで聞くことはしないとすれば、話は終わったのだろう。


 はぁ、ともう一度溜息をついた。今度は疲労の溜息だ。急に変な女子に出会ったかと思えば死族だなんて。妖霊の存在だけで十分悩ましいというのに。


 そこでふと、紅は彼女の名前を知らないことに気付いた。


「お前、名前は?」

「何? 名前だと?」


 なんだそれは、とでも言いたげな返事に戸惑う。まさか死族は名無し──なんてことはあるまい。


 ただ、海翔に付き合わされて見るSF映画の中に001号とかNO.001だとか、番号で呼ばれるだけの存在なのかもしれない。


 そうだとしたら今度こそ地雷を踏んだかと、身構える。しかし、予想に反し彼女は不愉快さを示さず、ただ疑問があるだけのような表情で口を開いた。


風間(かざま) (れい)だ」


 彼女の名前を聞いた紅は安堵する。なんだ、名前あるのか。なんなら苗字が隣のクラスのヤツと同じだった気がする。死族といえどそんなに珍しい氏名でもないらしい。元が人間だというのならそれを引き継いでいるのだろうし、当然といえばそうだけど。


 そんな紅の心情など意にも介さず、死族の彼女──黎、は、不審げな表情を崩さない。


「そんなこと聞いてどうする?」

「…は?」


 なぜ自分が変みたいに言われるのかと紅は顔をしかめた。初対面の相手に名前を訊いて何が悪い。


「どうせもう会うこともないだろう。名前なんて聞いたところで無駄だ」

「…会うかもしれねーじゃん、仕事同じだし」

「仕事が同じ?」


 黎は小馬鹿にしたように笑った。


「くだらない。そんなものは死族の真似事に過ぎない。人間なら人間らしく生きてればいい」

「あのな、死族の数が足りねぇってのは置いても、少なくとも俺がずっと妖霊退治してきたんだよ、ここで。お前がいつ百遡に来たかは知らねぇけど、俺が退治してなかったら被害が、」

「私が来たのは今日からだが。お前が中途半端に妖霊退治してるから、屍界が妖霊の出現している地域だと感知できなかったんじゃないか?」


 それをさも自分の手柄かのように語るのは滑稽にもほどがある、と。あまりに理不尽な返事であるような気はするが、屍界の仕組みを引き合いに出されては反論の仕方も分からない。 押し黙った紅が肯定したと思ったのか、黎は話は終わったとばかりに制服のポケットを探った。出て来たのは携帯電話──しかも2つ折りで銀色の、ごくごく一般的な所謂ガラケーだ。なぜ死族が携帯電話を持っているのか、その理由は不明だ。


「お前、私以外に死族に会わなかったか?」

「は? いや見てねーよ…第1見てたらソイツに聞いてるよ」

「それもそうだな…」

「他にも仲間がいるのか?」

「…それが種族の括りを意味するなら、そうだな」


 なぜか黎は仲間という言葉を広義に言い換えた。紅がその単語を遣ったことに特別深い意味はなく、黎の言う通り死族が他にいるのかという意味しかなかった。わざわざ換言する理由は分からなかった。


 そんな黎は険しい表情のまま乱暴に携帯電話のボタンを押している。


「私以外に2人来てるはずなんだ。1人が連絡を寄越さないんで困ってる。クソッ年上のくせに…」


 不機嫌さを隠すつもりなど微塵もない黎の横顔を、まるで近所の子供でも見るような目で見てしまう。いかんせん紅からは黎のつむじが見えてしまうほど身長差がある。


 ──その時、ピリッと空気が震えた。妖霊だ。


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