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【壱】退紅の世界を乞う  作者: 裏柳 白青
第壱章 必至の回転
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四、暁闇の声

「ある日、死族が突如仲間を襲った。妖霊と戦闘中だったせいで見事に大混乱を引き起こし、当時その場に存在していた死族は壊滅。まさか、仲間が一瞬で敵になるとは誰も思わないからな」

「…どう、なったんだ、それ」

「その狂った死族は、他の死族が始末した」


 ──酷く、冷たい低い声で。彼女は自身にも経験があるような口調で。そう告げた。


 試すように紅を見たその目は深淵のように深く──思わず、ゾッと背筋が震えた。


「正気に戻る見込みもなかったからな、当然の処置だ。問題はその後…〝狂った原因〟だ。同じことが起こるのは損失でしかない」


「…そういう問題じゃないだろ」


「命の得喪を得損換算するなと? 幸せだな。私達は爆弾を抱えているんだ、そんなことは言ってられない」


「爆弾…?」


「さっきから話している狂化(きょうか)の比喩だ。狂えば人間も仲間も襲う。タチが悪いのは爆発のタイミングが不明だということだがな」


 地雷であれば踏めばいいといった、所謂スイッチの所在が不明というわけだ、と彼女はつづけた。


「今も昔も変わらず、な。だから昔々、いつ狂化しても人間に被害が出ないよう、聡明で優秀な死族が新たな世界を作った。それが屍界だ」


 説明は以上だ、と彼女は締めくくった。


「私達は死族。人間と妖霊の融合体だから人間ではない」


 少し、沈黙が落ちた。他に何か疑問はあるか?と彼女は暇潰しを望むような表情で紅を見る。


 紅には疑問が山ほどあった。妖霊の始末が仕事だというのならどうして今まで死族に出くわしたことがなかったのか。どうしてどこまでも他人事のように平然と語れるのか。


 彼女自身も元は人間だったというのなら、どうして実験なんてされたのか──。


 沈黙を否定だと勘違いしたのか、彼女は自らもう1度口を開いた。


「お前は──死族の存在を知らないんだろう。理由は私達が屍界に住んでいるからだ」

「じゃあ何で今回はわざわざ人間界に?」


 ご丁寧に制服まで着て、と言おうとしたが、そこまでは言わなかった。


「まぁ、周期だな」

「周期?」

「今回、この百遡市に来たのは、そろそろ掃除と修正が必要だったからだ」

「掃除ってのは、妖霊の掃除か?」

「そうだな」

「…死族、は、妖霊を掃除するのが役目なのか?」

「簡単に言うとそうだな。私達は妖霊を殺すために生み出されたのだから」


 ぶっきらぼうで、やや投げやりな口調で彼女は言う。仕事が面倒だと愚痴る社会人のようだった。


「じゃあ修正ってのは?」

「妖霊が出現するとき、人間界が少し歪むんだ。その歪みを修正する」


 歪みね、と紅は小さく反芻した。何のことか分からないが、死族には感じられるものもあるのかもしれない。


 表情にそれを読み取ったのか、彼女は思案する仕草をしてみせる。


「そうだな…お前、妖霊に人間が食われる場面を見たことがあるか?」


 かと思えば、彼女は表情の変化など意にも解さぬ様子で視線を向けた。ただ肯否の言葉を待つように。デリカシーのない女だと溜息をつきたいのを我慢し、口を開いた。


「…あるけど」

「するとどうなる?」

「どうなるって…あぁ、食われた人間が?」


 一瞬質問の意図を理解しかねた紅だったが、理解した瞬間には笑った。何も可笑しくなどなく、ただ自嘲気味に。


「俺以外のヤツは忘れるよな。昔からずっとそうだよ」


 言葉こそ無機質だが、それは経験を伴った途端に生々しい意味を持つ。 


 何度も何度も、紅には経験があった。ある日突然、普段見ていた知り合いが文字通り消滅する。初めからいなかったかのように、その痕跡は消える。一番最近でいえば1カ月前のことだ。入学式に話しかけてくれたクラスメイトがその日のうちに砂になった。


 ご丁寧に記憶まで掘り起こしてしまった脳に嫌気がさし、思わず頭を振る。


「それがどうかしたのかよ」

「歪みの意味はそこに集約されていると言いたいだけだ。人間をいびる趣味はない」


 言い訳のような言葉が寧ろデリカシーのなさを物語っている。


「妖霊は人間界にいてはならない存在だ。その存在と交われば、人間の世界から欠如するのは道理。ただ、その欠如は世界が勝手に補ってくれる。しかし世界というものも不完全だからな、自動的に補正を繰り返す度に返って歪みは大きくなり、更に妖霊が引きつけられる。それを更に修正するのが私達の役目だ」


 淡々と、まるで新入りに業務内容を説明するように。


「だから掃除だけを仕事というとやや語弊がある。目に見える(ちり)を掃ったところで両端が文字通り掃き溜めになるようなものだ」


 ──酷く、不愉快だった。


 まるで碁石を置くように。最終局面が調うように手を打っていくような、その口調は、まるで彼女の人間性の欠落を示すようで。


 思わず溜息と共に鉄棒に凭れ直した。苛立ちのせいでほんの僅かなそよ風すら鬱陶しい。


「で…、今回がその定期的な見回りの1回だと」

「そうだな」

「世界が歪むなんて大それた表現のわりに随分悠長なんだな」

「…何?」


 皮肉を鋭敏に感じ取ったらしい。彼女の声が剣呑さを帯びた。


 でも──だって、そうだ。妖霊退治を教え込まれ、実際に始めて数年経つ。それなのに今まで死族に出会わしたことはない。それなのに──、妖霊が絶えたことはない。1人で妖霊退治をしたところで救える人間はたかが知れてる。現に救えなかった人間が何人いるか。自分の友達がいなくなった時なんて、感情の遣り場がない。それなのに。


「俺は何年も妖霊を退治してきたのに、今まで死族なんて来なかった」

「それは悪かったな」

「だから──」

「仕方ないだろう。私達も数が少ない」


 今度は彼女が苛立った口調で返す。


「お前達人間が今何人存在するかは知らないし知ったことではないが、私達の数に比して圧倒的に多いことは分かっている。私達はせいぜい150人程度…しかも人間界に留まらず屍界の守護もしなければいけないんだ。文句を言われる筋合いはない」


 ──思いのほか、死族の数が少なくて面食らった。


「150人?」

「言っただろう、死族は人間と妖霊の融合体なんだ。昔は呪術や魔法、宗教の類として行われてきたが、今ではすっかりそんな古い非科学的なものは捨てられた。身分差別も解消された。死族の数は増える理由などない」


 死ぬ理由はいくらでもあるがな──と、彼女は小さく呟いた。その意味が分からず、眉尻を吊り上げて疑問を呈す。すると不意に、彼女の指が紅の胸骨柄を押さえた。


「お前は死族になりたいのか?」


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