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【壱】退紅の世界を乞う  作者: 裏柳 白青
第壱章 必至の回転
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三、存在証明

 知り合いに会うのが面倒だからと紅が促せば、彼女は渋面ながら場所を移ることに同意した。酷く不愛想で、移動する間1言も発さず、ただ辺りを観察するように、視線だけを動かして人を眺めていた。あとは時々、連絡を待つように銀色の携帯電話を確認していた。


 公園の中に入れば物珍しそうに鉄棒に触れ、そのまま身軽に座った。拍子にスカートが捲れそうだったせいで紅は不自然に視線を逸らすが、彼女は欠片も気にした素振りはなく、ただ鉄棒に背を預けた。


 死族と名乗った彼女は、その気配に違和感があること以外、どう見ても普通の女子高生だった。その身長は150センチと少し。ただ、通常の女子ほど華奢ではない。スカートの裾から伸びる足は太くこそないもののしっかりと筋肉が浮き出ている。蹴られたら痛そう、などと口に出せば睨まれそうなことを紅は思った。


「…で、死族ってなんだよ」

「まぁ焦るな。今は暇だから順を追って話してやる。お前、世界の数を知ってるか?」


 ぶっきらぼうな口調では親切なのか不親切なのかも分からない。


「人間界と妖霊界の2つだろ」


 そう。妖霊は本来、妖霊界に住んでいる。それがどういうわけか人間界に侵攻しているというわけだ。


 が。その答えに、彼女は再び馬鹿にしたように嗤った。


「馬鹿が。順を追って話す、と言ったのが分からなかったのか? 世界が2つじゃないから、私達が存在してるんだ。世界が2つだったのは、もう数百年前の話だ」


 一瞬言われた意味が分からず目を点にした。彼女は体を支えていた手を鉄棒から離し、体勢を崩すことなくそのまま3本の指を突き出す。


「世界は3つだ」


 紅は一瞬訳が分からず呼吸を止める。


「は?」

「初めて聞いたと言いたげな顔だな。随分呆けた莫迦(ばか)面だ」


 冷ややかな罵倒の言葉が挟まれ、耳を疑う。


「世界は3つだ。1つ2つ3つ、大して難しい話でもないのに何度も言わせるな」


 今にも舌打ちしそうな──いや今現にした──表情で彼女は告げた。


「人間界、妖霊界、そして屍界(しかばねかい)

「シカバネ…」


 随分と不穏な名前だった。


「…何が住んでる?」

「死族だ。それ以外何がある?」

「知らねーよ死族なんて!」

「だからその話をしてるんだろう。お前私から話を聞く気があるのか?」


 紅の肩が怒りで震えた。僅か数十秒でここまで苛立つ会話をするのは初めてだ。


「屍界は死族が作った世界だ。確か数百年前の話だな」


 紅の反応を無視し、彼女は勝手に説明を始める。


「人間界と妖霊界は元々別個独立の世界だったんだ。それが繋がったことで妖霊が人間界に出没し始め、食われ始めたというのが現状の簡単な説明だな」

「元々別々だったってとこ以外は知ってるよ」

「だろうな。でなきゃ随分と知的好奇心の浅い莫迦だからな」

「…お前悪口挟まなきゃ会話進められねーの?」

「さて、そこで作り出されたのが私達だ」


(スルーかよ!)


 お前こそ俺と話す気あるのか、と言いたかったが、彼女が紅の様子を気にする素振りはない。代わりに、男前に親指で自分の胸骨柄(きょうこつへい)を突いた。


「私達──死族は、人間と妖霊の融合体だ」


 ──驚きに、それ以外の感情が鎮められた。


「…融合?」

「あぁ。人間という器に妖霊を容れたんだ」

「どういうことだ?」


 さも当然に理解できるだろうと言わんばかりの表情と口調だった。それとは裏腹に、紅の中では反射のように疑問が湧きでる。彼女は溜息をついた。


「そのままの意味だ。この体の中に妖霊を容れるんだ。ただの人間じゃ勝てないだろ?」

「そりゃ、そうだけど…妖霊を容れるって…」


 つまりどういうことだ。


「妖霊は実体がないからな。人間の体に容れることができる。理論上はなんの不思議もない」

「そう…か、理論上は…」


 なるほど、と頷く。幽霊に憑りつかれることを想像すれば納得がいったが──生憎幽霊は苦手なのですぐにそのイメージはやめた。


「妖霊が分かるなら人間の無力さも知ってるだろう。人間が敵わないなら人間でないものに戦わせればいい。死族は戦闘用の人外みたいなものだ」


 だからお前と違って生身でもないし、少々のことで死んだりしない。そう彼女は付け加えた。色々と唐突な話だったが、少し首を傾げながらも頷いた。


「えっと、死族って存在は分かった。でも…人間界にいないんだっけ?」

「あぁ。人間界に滞在するには色々問題があってな」

「問題?」

「…人間と妖霊との融合は、便宜上実験と呼ばれてるんだが。その実験はいつも成功するわけじゃない」


 つまり失敗する可能性があり、その失敗を人間界で起こすわけにはいかないということだ。ふむ、と顎に手を当てる。


「〝器〟がなければ妖霊が入る余地などない、とは分かるな? その〝器〟の有無が実験をするまでは分からないんだ」

「…俺、妖霊が見えるんだけど。それが器か?」

「いや、目とは関係ない。器は別にある。目だけなら見えるヤツを選べばいいだけだから話は早いだろう」


 やはり莫迦だな、と付け加えられた。納得の返事ではあったので返す言葉はない。


「手当たり次第とまではいかなくとも、無差別に選んだ人間を使っていたんだ。数百年前なら調達も楽だしな」


(──ん?)


 段々とイメージを掴みやすくなってきたせいで、彼女の選んだ言葉に対する違和感に気付いた。そんな紅の表情に気付いたのか、彼女は補足する。


「奴隷くらい分かるだろ? 日本の出来事だから正確には穢多(えた)非人(ひにん)か。それを使ってたんだ。今は時代が変わって実験は殆どないがな」 


 歴史の教科書でも朗読するような説明だった。それは声に限った話ではない。


「…それって…人体実験ってことか…?」


 ゆっくりと言い換えたその表現を肯定するように、彼女は頷いた。


「まぁ悪い言い方をすればそうだな」

「悪い言い方も何もその通りだろ…!」


 震えた声に怪訝な顔を向けられる。


「なんだその顔は」

「なんだって…だってお前も同じなんだろ…」


 自分と同じくらいの年の女子なのにと、紅の表情は悲痛そうに歪んでいる。


「だからなんだ。お前は教科書で誰かが暗殺される度に泣くのか?」

「お前は教科書の誰かじゃないだろ」

「確かにな。私は偉業を成し遂げるつもりはないし、世界に名を認知される予定もない」


 ひねくれた返事に返す言葉もなかった。そんな意味ではなかった。


「…今のは半分冗談だが。生憎他人の不幸を悲しむヤツを理解できたことはないからな。私が話をするたびに悲痛な顔をするのはやめろ。寧ろ腹が立つ」

「お前な…」

「会って僅か数分の相手に同情するお前の性根には脱帽だが。そんなことはどうでもいい」


 日頃無表情であることの多い紅が、感情を表情に表す。それほどまでに皮肉じみていて、人を馬鹿にした言い方だった。


「説明の途中だったな。──器がないことが原因で実験時点で失敗する人間は何人もいた。それ自体に問題はない。道具が壊れても新たに調達すれば済むことだ。問題はそれが害悪に変わった時」


 興味なさげな表情で、彼女はピシッと宙を舞う葉を弾く。まだ落葉の季節でもないのにどうして、などという疑問は情報への関心で霧消する。

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