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【壱】退紅の世界を乞う  作者: 裏柳 白青
第壱章 必至の回転
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二、未知の遭遇

【同時刻】


 連休最終日の夕方、早めに戻ってきた地元民で賑わう商店街。


 その中に、1人の少女が立っていた。


 濃紺のブレザーの下の白いシャツには赤色の紐リボン。同じく紺色のチェックスカートは、その裾を風に捲られる。同時に、肩甲骨を覆うほどに長く闇のように黒い髪も少し持ち上がる。じっと、1点を見つめるその瞳は大きく黒い。日本人にしては少し高めの鼻が少し匂いを嗅ぐように反応する。


「…あれか」


 小さく呟いたその唇は、すぐに不機嫌そうに真1文字に結ばれる。ついで舌打ちした。


 その黒い目は1人の男に向く。女性の手を引いている。商店街のアーケードから外れる脇道に滑り込むように消えていく。


 彼女の真新しいローファーがコツッと音を立てた。次いで、彼女もまた滑り込むようにそこへ消えた。建物と建物の間の、ただの細い裏路地。


 だが、そこで彼女が目にしたのは、血塗れの男と、その手の中で倒れる血塗れの女。


 驚くわけでも構うわけでもなく、彼女は握手するように左手を差し出した。振り向いた男が怪訝な顔をする。


「わざわざ面倒な真似を、してくれるもんだな」


 男が視線を移したときには、彼女の左手には刀が握られていた。真紅に塗られた白鞘の日本刀。彼女の小柄さもあってか、ただの木の棒のようだった。


 男は状況を理解できないようにぱちぱちと数度瞬きする。彼女は無表情のまま、鞘から刀身を剥き出しにした。


「あまり面倒なことをしてくれるな」


 僅かに差し込む夕日を反射させる刃より鋭く、彼女の怜利な瞳はその長い前髪の中から妖霊を射抜く。


 彼女の放つ殺気に恐れをなした〝妖霊〟は逃げようと、腕の中の人間を投げ捨てて背中を向けるが、それは彼女の持つ刀が1閃すると共に、腕を切り落とされた形で阻まれる。


 腕の切り口を押さえ叫び声を上げる妖霊に溜息をつき、飛び散る鮮血を冷たく見つめながら、彼女はゆっくりと歩み寄った。


「どうせ死ぬんだったら、楽に逝きたいだろ。…弱いくせに、人間界には来るな」


 そして、躊躇なく刀を振り下ろす。


 1刀両断された妖霊は、次の叫び声を上げる間もなく絶命した。地面に倒れこむが、着地の直前に砂となり、パサッと静かな音を立てる。


 残ったのは砂と飛び散った鮮血だ。彼女は無造作に地面に刀を突き刺すと2つ折りの携帯電話を取り出す。


「全く…人間界任務は嫌いだというのに…アイツもまだ来ないのか…」


 誰かからの連絡を待っているかのように携帯画面を見てそう呟き、上着の胸ポケットに押し込むと、刀を地から抜き、鞘におさめた。


 さて戻るか。


 そう踵を返す直前―ふと、視線を感じて彼女は振り返った。


 その先に見えるのは、先程入ってきた路地の入口。見えるのは路地の存在に気付かず通り過ぎる人々の群れ。暫くそれを見つめていたが、気のせいか、と彼女は頭をふり、左手首をくるりと回して刀を消した。


 彼女が路地を出ると、路地の存在に気付いた人々が意味もなく視線を向ける。


 路地には何もないかのように、人々は通り過ぎた。



【午後5時50分】


 泳ぐように人混みを抜け出した妖霊を追いかけ、追い詰めたのは袋小路。軽く肩で息をする紅を見上げてくるのは、どこにでもいそうな少年だ。


「なんでどいつもこいつも人間の形してんだよ…」


 妖霊とはいえ、小さい子供を切り裂くのに何も感じないわけではない。寧ろ、そんなことを繰り返していたから既に麻痺している気がする。


 追い詰められましたとでも言いたげな不安な表情が見上げてくる。それでも、コイツが妖霊だと全身の機能が教えてくれる。そんな経験はもう何度も繰り返した。


 だからそろそろ、その助けを請うような表情は妖霊の知恵なんだって考え方くらいできてもいいはずなのに──。


 へたり込んだ少年を真っ直ぐ見れば、1瞬手が震えた。


 それに気づかないふりをして、何かを振り払うように、その体を斜めに切った。


 叫び声が耳をつんざき、血が眼前に飛び散る。喋ることなどできないくせに、痛みに呼応した悲鳴だけは上げるなんて。


 虐めかよ、と紅は自嘲気味に笑った。


 カチン、と刀を鞘に納める。あまり血の跡は見たくないためすぐに踵も返した。雑踏の中に紛れ込めば、紅も普通の人間と同じだ。どういうわけかは知らないが、妖霊を中心に半径数メートルは人間に感知できない。それは反面救いでもある。


(変人扱いの原因なんて改造竹刀の噂だけで十分だ…)


 思わず溜息をつきたくなるのを我慢してくるりと辺りを見回す。ふと目に入ったのは夕日が僅かに差し込む商店街だ。


 アーケードとなっているその入り口に。小中学生が通り過ぎていくその場所に、女子が1人立っているのが見えた。


 小柄だが──百高(ももこう)の制服だ。後ろ姿のせいで徽章までは見えないが、まだ真新しい制服を見れば1年生だと思う。


 ただ不思議なのは、なぜ祝日なのに制服を着ているのか、だ。部活があったにしてはカバンも何も持ってない。そう、妙に軽装で、まるで制服だけ借りているような──…。


 そこまで考えたとき、ぴくっと指先が無意識に動いた。後れていつもの悪寒が走る。


「っ…妖霊かよ…」


 その距離は10メートルもない。それなのに…、漂う妖気は僅かだ。どうして分からなかった、と歯軋りしながら近づく。


 もし、周囲の子供が巻き込まれたら──。


 途端、その女子が振り向いた。


 踊るように靡いたのは闇のように黒い髪。更に射貫くような瞳に、1瞬、足がすくんだ。


 その動揺の隙に彼女のほうから歩み寄ってきた。普通の人間にしては妙な歩き方だったが、妖霊にありがちな不自然な歩き方とは違った。


 ぬっと、彼女は目の前に立つ。意外と美少女だ。怪訝な表情で見上げてくるその瞳は、深淵を覗いてしまったかのような、瞳孔と虹彩の区別がつかないほどの黒。


 知らず、喉が鳴った。──それは恐怖。


「っ」

「やめろ」


 思わず竹刀を抜こうとした紅の手を咎めるような声と目が制止した。妖霊が発しないはずの、言葉。


「お前、何だ」


 見た目よりも低い声だった。ややぶっきらぼうで、あまり女子らしい喋り方ではない。ただ、喋っていることに変わりはなく。


 手を竹刀から離してゆっくり息を吸う。人々は微妙な地点で立ち止まった紅達を訝しむように1瞥を向けるが、ただの高校生2人を見つけただけのように無関心に素通りする。


(──コイツは、ただの高校生なのか)


 じっと見下ろす先にいる彼女はその不機嫌そうな唇を開く気配がない。先ほどの台詞は質問で答えを待ってるのか、と紅は気付いた。


「…何、って…ただの人間だよ。お前こそ何者だ」


 彼女は答えない。代わりに不躾に、文字通り紅の頭から爪先まで眺めまわし、竹刀に視線を移す。


「確かに…ただの人間か…。で? 何で、そんなものを持ってる」


 〝ただの人間〟〝そんなもの〟―。妖霊の存在を前提に見透かしたような言葉に、益々疑念が深くなる。


「…だから、まずお前が何者だ? …人間じゃねーけど、妖霊でもねーだろ」


 手札を晒した成果はあって、彼女は眉を吊り上げ「妖霊は分かるのか」と返した。


「どうやらただの玩具代わりではないらしい…が、妖霊しか知らないのか」


 そして──半分馬鹿にしたように嘲笑を向けた。


「本来なら教える必要もないが、暫く留まるんだ。教えてやる、私は〝死族(しぞく)〟だ」


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