表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/97

 、『  』

【1999年5月20日水曜日】【午後4時10分】

side/K.Sakakibara, world/1st


「そういえば、●●くん、ずっとおやすみだね」


 小学校の中庭で、青色の塗装が施されたジャングルジムを上りながら、そう呟いた。


「かぜかな?」

「だれ?」

「え、だから●●くん」


 名前を訊き返されて、下から上ってくる友達を振り返った。


「4くみの、●●くんだってば。いつもいちばん早くなかにわに出てくる●●くん」

「だから、だれ? その●●くん」

「え?」


 もう一度訊き返され、思わず目を見開いた。見上げてくる友達は、不思議そうな顔で尋ねた。


「だれのはなししてるの、コウくん。いちばん早くなかにわに出てくるのは、コウくんじゃん」



【2009年4月13日月曜日】【午後4時10分】[world/1st]


 公園のベンチで座り込み、彼は一点を見つめる。


 そこには三人の子供がいる。小学生くらいだ。


 好き勝手に叫びながら遊ぶ三人と、ベンチに座る彼一人と、子供が戯れる遊具の奥で、砂場で座り込む少女一人。


 夕日が公園を染め上げ、、子供たちの影を作っている。四つしかない影が、少女の正体を映す。


 少年は徐に立ち上がり、竹刀片手に子供たちに近づく。遊んでいる子供たちは少年に目もくれなかったが、さすがに目の前に立たれると、じゃれあう体を静止させ、恐る恐る少年を見上げた。


 一般に危ないとか、近寄っちゃいけないとか、そう親が教える容姿と彼の容姿は一致しない。黒髪短髪、二重の目、高くも低くもない鼻に、薄い唇。ごく、普通だ。


 ただ、尋常でないほど不機嫌であるのは分かる。硬直していた子供たちは、暫くすると、悲鳴と共に散り散りになってしまった。


 今流行りのおもちゃもカードも何もかも放り出して、一目散に公園を出て行った子供たち。少年は、そんな態度はもう慣れたとばかりに、表情一つかえることなく、残る少女に近づいた。


 少女はただ一人、逃げることなく、じっと少年を見上げた。


 その手の中にあるのは、竹刀。


 ──だったはずが、柄、鍔、そして臙脂色の鞘まで備えた立派な日本刀に変わっていた。


 少女の大きな瞳が更に大きく見開かれるまでもなく、少年は乱暴に鞘から刀身を引き抜いた。


 たじろぐ間もなく、狼狽える間もなく、声を上げる間もなく──少女の体は真横に引き裂かれた。


 吹き出る鮮血と、それと引き換えに砂塵となった少女と、全てに顔色一つ変えない少年と。


 全てを受け入れた公園が、僅かに歪む。


 その世界で、少年は黄金色の空を仰ぎ、溜息をついた。




 小さな記憶がある。


 誰かが、この世界の数を教えてくれるだけの、小さな記憶。


 それが誰だったのか思い出せないし、何歳くらいの頃の話なのかも分からないし、教えてくれた世界の数すら、思い出せない。


 要は、誰かと会話をした記憶しかない──最早そんなもの、“記憶”と呼べるのかどうかすら怪しいのだけれど。


 それでも、思い出す。


『世界がいくつあるか知っているか?』


 その問いに対し、首を横に振ったことを。


『それじゃあ、何個だと思う?』


 答える代わりに指を一本出せば、笑われたことを。


『実はね、世界は──』


 それから、世界の数を教えてくれたことと、


『それはね、人の所為だよ』


 その理由を教えてくれたことと、その理由の意味がよく理解らず、首を傾げたことを。


『だから、君だけは──』


 殆ど声しか記憶できていない中で、話していた“誰か”が自分の前から消えたことを覚えている。


 そのまま、“誰か”はこの世界から消えたことを。


 その“誰か”の存在する世界を守りたかったことを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ