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【1999年5月20日水曜日】【午後4時10分】
side/K.Sakakibara, world/1st
「そういえば、●●くん、ずっとおやすみだね」
小学校の中庭で、青色の塗装が施されたジャングルジムを上りながら、そう呟いた。
「かぜかな?」
「だれ?」
「え、だから●●くん」
名前を訊き返されて、下から上ってくる友達を振り返った。
「4くみの、●●くんだってば。いつもいちばん早くなかにわに出てくる●●くん」
「だから、だれ? その●●くん」
「え?」
もう一度訊き返され、思わず目を見開いた。見上げてくる友達は、不思議そうな顔で尋ねた。
「だれのはなししてるの、コウくん。いちばん早くなかにわに出てくるのは、コウくんじゃん」
【2009年4月13日月曜日】【午後4時10分】[world/1st]
公園のベンチで座り込み、彼は一点を見つめる。
そこには三人の子供がいる。小学生くらいだ。
好き勝手に叫びながら遊ぶ三人と、ベンチに座る彼一人と、子供が戯れる遊具の奥で、砂場で座り込む少女一人。
夕日が公園を染め上げ、、子供たちの影を作っている。四つしかない影が、少女の正体を映す。
少年は徐に立ち上がり、竹刀片手に子供たちに近づく。遊んでいる子供たちは少年に目もくれなかったが、さすがに目の前に立たれると、じゃれあう体を静止させ、恐る恐る少年を見上げた。
一般に危ないとか、近寄っちゃいけないとか、そう親が教える容姿と彼の容姿は一致しない。黒髪短髪、二重の目、高くも低くもない鼻に、薄い唇。ごく、普通だ。
ただ、尋常でないほど不機嫌であるのは分かる。硬直していた子供たちは、暫くすると、悲鳴と共に散り散りになってしまった。
今流行りのおもちゃもカードも何もかも放り出して、一目散に公園を出て行った子供たち。少年は、そんな態度はもう慣れたとばかりに、表情一つかえることなく、残る少女に近づいた。
少女はただ一人、逃げることなく、じっと少年を見上げた。
その手の中にあるのは、竹刀。
──だったはずが、柄、鍔、そして臙脂色の鞘まで備えた立派な日本刀に変わっていた。
少女の大きな瞳が更に大きく見開かれるまでもなく、少年は乱暴に鞘から刀身を引き抜いた。
たじろぐ間もなく、狼狽える間もなく、声を上げる間もなく──少女の体は真横に引き裂かれた。
吹き出る鮮血と、それと引き換えに砂塵となった少女と、全てに顔色一つ変えない少年と。
全てを受け入れた公園が、僅かに歪む。
その世界で、少年は黄金色の空を仰ぎ、溜息をついた。
小さな記憶がある。
誰かが、この世界の数を教えてくれるだけの、小さな記憶。
それが誰だったのか思い出せないし、何歳くらいの頃の話なのかも分からないし、教えてくれた世界の数すら、思い出せない。
要は、誰かと会話をした記憶しかない──最早そんなもの、“記憶”と呼べるのかどうかすら怪しいのだけれど。
それでも、思い出す。
『世界がいくつあるか知っているか?』
その問いに対し、首を横に振ったことを。
『それじゃあ、何個だと思う?』
答える代わりに指を一本出せば、笑われたことを。
『実はね、世界は──』
それから、世界の数を教えてくれたことと、
『それはね、人の所為だよ』
その理由を教えてくれたことと、その理由の意味がよく理解らず、首を傾げたことを。
『だから、君だけは──』
殆ど声しか記憶できていない中で、話していた“誰か”が自分の前から消えたことを覚えている。
そのまま、“誰か”はこの世界から消えたことを。
その“誰か”の存在する世界を守りたかったことを。