雨に紛れる
「だ〜れだ!」
後ろからカナが抱きしめてくる。
「カナ、重いよ。」
俺は、急いでるんだ。
一本道をただただ、歩く。
「だーれだ!」
後ろからカナがもう一人、だきついてくる。
「カナ、重い。」
俺は、急いで…
「だーれだ。」
後ろから、カナがもう一人、首を絞めてくる。
「カナッ…はな…せ…」
俺は、立ち止まった。
真っ直ぐ伸びていた道が崩れて行く。
「ユウト」
カナがもう一人、目の前から抱きついてきた。
「カナ…」
俺は耐え切れずその場に膝をつく。
カナだったものはだんだんと肉がただれ落ちて骨だけの物へとなった。
「ユウト、ユウト、ユウト、ユウト…」
カナの声と思われる物が俺の名前を呼び続ける。
それがだんだんと雑音にも聞こえてきた。
いつの間にか周りは暗い闇となっていて、俺もその闇の一部となっていった。
「っはぁ…!!!」
目が、覚めた。
「…夢。」
こんな夢を見る日はいつも、そうだ。
「今日は、雨だな。」
外を見るとまだ晴れ晴れとした空が俺を静かに照らしていた。
最近、あの夢を天気予報に扱う傾向がある。
慣れたわけではない。
気のせいか、肩も重いし気もだるい。
「学校…休みたい…」
気だるい気分になりながらもバスを待っていると、後ろからユウト、と俺の名前をよぶ声が聞こえた。
その声に今朝の夢を思い出してしまう。
俺は何も無いフリをして振り返った。
「ユウト、おはよう!」
カナだ。
俺の、おそらく一生好きであろう女性。
ただし一生ものの片想いである。
「おはよ。」
「ねえユウト聞いて!今日怖い夢見たんだ!」
思わず持ってきた傘を強く握る。
今更気づいたが、傘を持って来ている人が少なすぎる。
なんなんだ、みんな予報は信じないのか。
「へぇ、どんな夢を見たんだ?」
なるべく平常心を保ちつつ、聞く。
もしかしたら俺みたいな夢を見たのかもしれない。
カナの場合誰だと言うんだ。
やはり、ハルトなのだろうか。
「…むかしのこと。」
カナは少し、儚げに笑う。
その笑顔がとても俺の胸に刺さった。
カナは昔、父に虐待されたことがある。
その時俺はただ慰める事しか出来なかった。
子供の俺には叶わないことはちゃんとわかっていたのだ。
「ごめん、聞いちゃって。」
「ううん、いいの。それよりね?」
カナは俺の傘を持つ手とは反対の手を握る。
過去のトラウマだ、俺に出来るのは今も怖がるカナを慰めることだけ。
「その夢にユウトが出て来たの。」
カナの声は半トーンくらい、高く、明るくなる。
「俺が?」
「そう、夢の中のユウトは強くて、私を守ってくれた。だから…全然怖くなんかなかったんだよ…。」
カナの俺の手を握る手に力が入る。
自分から怖い夢を見たと言っておいて…変に強がる奴だ。
「守るから。」
「カナにどんな怖い敵が出来ても俺はカナを守るから。カナは一人じゃない、俺が味方だから。」
なんて、実際守れてない時ばかりだけど。
「……ユウト大好き!」
周りに人がいる中、カナが俺に飛びついて来た。
「うわっ」
カナのぬくもりが俺の全身を包む。
身体がドンドン熱くなっていくのがハッキリとわかってしまった。
「カナ、落ち着け、もももうすぐバスがくるから!だから、あーーその!!」
「…ユウト慌てすぎ!」
笑って俺から離れて頬をつねってくる。
「う、うるせぇ!」
俺も仕返しに頬をつねった。
カナは痛い、と軽く笑いながら言うと一雫涙を流した。
「お、おい、泣くなよ…」
ぽつ、ぽつと音がして雨が降り出した。
よかった、傘を持って来ておいて。
俺が傘をさそうとすると止められた。
そのまま俺の胸に顔を埋めてくる。
「ごめん、泣かせて…」
小さい声でぼそりとそう言う。
なんで泣いてるのか俺にはわからない。
「…夢、そんなに怖かったのか?」
そう聞くとカナは首を振る。
じゃあ、本当になんでないているのだろう。
安心するようにカナの頭を撫でると、涙はまたポロポロポロポロとこぼれ落ちた。
「ユウトは優しすぎるんだよ、ばかぁ…」
カナの涙がただただ、俺のワイシャツに染みていった。