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ずぶ濡れの死神にまつわる物語

死神と思い出の懐中時計

作者: 方舟

 交差点の信号で、老紳士は何かを探していた。交通量の多い交差点である。行き交う車に視界が遮られるのか、目を眇て老紳士は交差点の中心を見つめていた。


 信号が赤になり、一瞬車の流れが途絶える。老紳士はいてもたってもいられないという顔で交差点の中心へ向かって一歩踏み出そうとした。



「まった、ご老人」


 その肩を掴んだ者がいる。紳士は驚いて振り返り、さらに驚いて声を失った。


 老紳士の肩を掴んでいたのは、白い服の男である。ひょろりと背が高い。首が不自然に傾き、眉が困ったように曲がっている。老紳士は何かを探すのに必死で、男が背後に立ったことに気がつかなかったのだ。



「信号は赤だ。轢かれちまうよ」


 言われ、老紳士は名残惜し気に交差点を振り返る。既に途絶えた流れは元に戻り、交差点の中心は再び車で見えなくなっていた。老紳士は肩を落としため息をつき、頭を下げた。


「どこのどなたか知らないが、ありがとう。探し物に夢中で周りが見えていなかったようだ」



「気をつけてくれよご老人。流石に二度も見るのは堪えるんだ」


 男は首をまたかくりと傾けて笑った。困ったように曲がった眉が更に困ったようになる。それを見た老紳士は、何かを思い出したように寂しげに笑った。


「ああ……そうだ、そうだった。あれを探して、私は前も貴方に助けられた事があった」



「助けちゃいないぞ」


 男は慌てたように両手を振った。「間違っちゃ困る。ご老人が助からなかったから、俺が来たんだからな?」


「そうだったかな」老紳士は苦笑した。


「歳のせいかな、どうにも物覚えが悪くてね」


「……食えないご老人だ」


 男は紳士の落ち着いた態度に、男もつられて苦笑した。



「……で、その食えないご老人の探し物はこれだったかい」


 男が老紳士の前で手を翳すと、しゃらんと音を立ててこぼれた物がある。それを目で追った老紳士は感嘆の声を漏らした。


「ああ、これだ、これだ。どこにいったのかと思った」


 差し出した老紳士の掌に男が乗せたのは、古びた懐中時計だった。



 蓋の表面に彫られた意匠をなぞり、老紳士は懐かしげに呟いた。


「これは還暦祝いに妻が贈ってくれた物でね。妻が他界してからもずっと一瞬だったんだ」


 言いながらかちりと蓋を開く。しかし、中を見て老紳士は悲しげに頭を振った。


「やれやれ、壊れてしまったか。息子夫婦に譲ってやりたかったが」



 男が老紳士の手の中を覗き込む。時計の文字盤は割れ、針が止まっていた。老紳士もこの時計も、止まった時間の中にいるのだ。男は老紳士に問い掛けた。


「治りそうにないかい?」


「ここまでになってしまってはなぁ。寂しいが、仕方がない」


 男は難しい顔をしていたが、ぽんと手を打って笑った。



「じゃあ、持ってっちまおう」


「……いいのかね」


 驚いた顔でいう老紳士に、男はまたかくりと首を傾けて困ったように笑った。


「本当は手ぶらで来てもらわにゃならんのだが、残しても仕方あるまい?」


 悪戯する子供の様な男の顔に、老紳士は苦笑して倣った。


「では、お言葉に甘えるとしようか」



 しばらく楽しげに二人は笑っていたが、やがて男が老紳士を促すと、老紳士は手にした時計の蓋を閉めた。そしてそのまま身を翻し、男の後について歩き出した。歩きながらポケットに懐中時計をしまい、ぽんぽん、とその上から叩く。


 その様はまるで、愛する妻の肩を叩くような、優しげな動きだった。



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