前編(7) 奇襲開始
とある廃工場の建物の中。
「本当にリーダー一人で大丈夫だったのですか?」
黒服に身を包んだ女性が、前髪を逆立てた男性に話しかける。
その男性が座っている横には二メートルはありそうな槍が立てかけてある。
「リーダーがそう自ら言ったんだ『一人で行く』と」
その男性―――ボルドーという名の男はそう告げた。
今は午後十一時を過ぎて日付変更の時が迫っている。その今から数時間前のこと、彼らがリーダーと呼ぶ者、ミロリーは「集団で動くとこちらの動きを悟られる」と言って一人でこのボルドー達がいる拠点から一人で出て行った。
彼女が向かう先は標的と接触に成功したという雑木林。彼らはある少女を追っている。その少女を捕獲するというのが、彼ら狩猟者が請け負った今回の仕事だった。
「それに俺らの中で今日、バカな真似をしてくれた奴がいたせいでOASPに見つかる危険も高まったというわけだしな」
ボルドーがそう言うと、「ああ、全くだ」、「なんであんな奴が俺たちの中にいたんだ」、「とんでもなく足を引っ張ってくれた」などと、彼の周囲にいる者達がそれぞれ愚痴をこぼす。
「一般人への露見の可能性まであった……。あの男は暗黙の了解という言葉を知らなかったのか。まぁどのみちもうリーダーに制裁された者のことをいつまでも言っていても仕方がないな」
ボルドーが立ち上がって片隅の槍を掴む。
肩慣らしに槍を巧みに扱い、回転させて振り回す。
「それにしても暇ですね」
「警戒は怠るなよ。さっきも言った通りOASPの目をさらに引きつけやすくなったんだ。ここがもうばれていたとしてもおかしくはない」
「そろそろ見張りも交代ですかね」
今この場にいるのは全部で五人。そして外では見張りが四人。この廃工場の敷地は長方形の形をしていて、その頂点の位置に一人ずつ見張りを配置している。
今の季節は終わりかけの冬である。
だが終わりかけといってもこの冬一番の寒さとなっている。
それに加え先日から雪がまた降り出したことで、地上の雪は一向に消える気配がない。
であるので長時間の見張りはそれなりにつらいものであった。
副リーダーであるボルドーは、リーダー不在により自身を含め九人となったこの狩猟者のチームを半分に分けて、部下八人を四人ずつ三十分交代で見張りを回すよう命じた。
「では見張りの交代だ。各自交代してこい」
了解しました、とボルドーを除く四人が声をそろえてから各々の見張り場所へと建物外に出て行った。
これでこの建物内にいるのはボルドー一人となった。
彼はあまり人に囲まれているのは好きではなかった。だが一人になったことで気を休めることができ、自身が持っている疑問についても考えることができた。
(今回の仕事……リーダーはいったい何を考えている?)
彼の疑問とはリーダーに対するものであった。
ボルドーはこの狩猟者のチームの副リーダー。第二の権限を持つもの。
そして第一の権限を持っているのがリーダーであるミロリー。
このリーダー、副リーダーを決めるのはただ単純な強さ比べによるものではない。だがもちろん他の部下と比べればこの二人がツートップになるのは確実だ。
もしミロリーとボルドーが一騎打ちをしたならば、勝者はボルドーになるだろう。
しかしリーダーはミロリーである。
理由は、知識、経歴、部下の扱い方、などさまざまだが強さだけではないということだ。その人が持つ総合的な能力で選ばれる結果、ボルドーよりミロリーのほうが優れている。
(リーダーは間違いなく何かを俺たちに隠している)
最もこのチームで優れているミロリーにボルドーは不信感を抱かざるを得なかった。他の部下は何も気付いていないようだが、彼はミロリーの様子が先日からおかしいと感じていた。
それは、楽しんでいるような。
とにかく違和感があった。
ミロリーが標的の捕獲に一人で行ったのも、彼女はそれなりの理由を口にしていたが、それすらもただのうわべだけの理由だったのでは? と思っている。
「まあとにかくリーダーが依頼を受けて、それを裏切るようなことはしないだろう。俺たちがすることはこの場所で彼女の帰りを待っていることか」
その時だった。
「来たのか?!」
何の前触れも無くそれは始まった。いや、もうすでに始まっていた。
その銃声が鳴り響く前から。
■□■□■
〈B2、B4。後方に狩猟者確認。警戒してください。B1。その先、狩猟者の影はありません。進んで大丈夫です〉
〈〈〈了解〉〉〉
百緑率いるOASP色見支部第二行動部隊は、狩猟者に奇襲を仕掛けていた。普段はメンバーに入っていない幸祐を含めて、計四人。
B3(フェルメール)は廃工場広範囲が見渡せる高台からの司令塔。
B1(百緑)は単独で狩猟者側の司令塔を潰しにかかる。
B2(茜音)は、B4(幸祐)を連れて百緑が敵の司令塔にたどり着くための下っ端の陽動を行っていた。
〈おいアタシに当てるんじゃねぇぞ! 当てたら後でどうなってるかわかってんよなぁ!〉
狩猟者に聞こえない程度に、無線機を通して茜音は後方援護に回らせている幸祐に向かって叫びつつも、両手に握った二丁拳銃で狩猟者を相手にする。
彼らの襲撃は、狩猟者の見張りが後退する時と同時に開始された。敷地が長方形になっている廃工場の頂点の一角。西の角から茜音と幸祐のペアが見張りを襲撃した。
最初は肉弾戦が人並みにできる茜音が狩猟者の一人を攻撃した。それによって二人のうち一人は現在気絶状態。
本来なら銃の使用は極力避ける計画となっていた。銃声が一発でも鳴ってしまえば、この静かな廃工場のどこにいても聞こえてしまう。
つまり、狩猟者に自分たちの存在を明らかにしてしまうのだ。
茜音は一人目を倒すと、続いて二人目と行きたかったが、そのもう一人が厄介なことしてくれたおかげで台無しになった。
もう一人の狩猟者はすぐさま発砲したのだ。
だから狩猟者たちも動き出したとの報告が、メンバー全員が方耳にはめた無線機を通して伝えられた。
「OASPの連中め……!」
残ったほうの狩猟者と茜音が足を一秒たりとも休めずに、互いに銃口を向け合う。
幸祐は後ろの影に隠れながら茜音の援護をしようとも、なかなか狩猟者だけを狙おうとするのが難しい。標的があまりにも素早く動きすぎるからだ。
(くそ……どうする……)
幸祐は考えようとも経験としてのデメリットが大きすぎる。自分ではかなりあの短時間で拳銃の扱いには慣れたつもりだったが、やはり訓練と実戦は違う。
〈おいB4、もういい。お前は見つからないようにしてればいい。こいつはアタシが片付ける〉
いつになっても援護射撃で仕留めようとしない幸祐に呆れて、茜音はもう待っているのが面倒になった。
弾切れになった銃を二丁とも弾倉を慣れた手つきで交換する。
(未だにコイツは異常を見せていないな)
今戦っている狩猟者は改変者なのか、それとも修正者なのか。
どちらでもないという選択肢は切り捨てて構わないだろう。可能性は限りなく低いからだ。
相手が改変者であるか、修正者はとても重要なことだ。その二つの存在で抗戦方法が変わってくる。
改変者であった場合。相手は何かしらの特殊な力を持っている。普通の人間は持っていないその力。誰にも予測のできない常識から外れたその『異常』という力には、強く警戒が必要となってくる。相手の行動が読めない以上、下手に接近すればその特殊な力の餌食になる。だからこの場合は基本一定の距離をおいた上で、アメンドを纏わせた弾丸で射撃を行う。アメンドは他の異常を打ち消す特性を持っている。そのためアメンドを纏った弾丸というのは、改変者にとって異常の能力で防御を貫通する恐れがある。
修正者であった場合。お互いにアメンドを持ち合わせていたとしても、その特性は戦闘では何の効果も発揮しない。他の異常を打ち消すだけの効果しかもたないそれは、攻撃手段にも防御手段にも働かない。だから人が作り出した武器をお互いは用いて戦う。
そして茜音の前にいる狩猟者は。
(たぶん修正者だな)
茜音はそう判断すると一気に畳み掛ける。
逃げつつ攻撃しつつの攻防を止めて、接近戦で決着をつける。
「―――そうきたか」
狩猟者は茜音が戦法を変えてきたことに気がつく。
茜音は素早い動きで、狩猟者の銃の照準を合わさせない。そのまま懐に一気に潜り込んだ。
そして彼女の手にあった銃はいつの間にか短剣に替わっており、それで狩猟者の正面を一閃。
続いて蹴りで体を突き飛ばす。
止めは弾丸。
〈ちゃんと見ていたならわかったよな? これが修正者の戦い方だ〉
茜音が無線機を通じて幸祐に語りかける。
〈ああ。見てたよ。今の俺にはとうてい真似できない戦い方だった〉
幸祐は茜音の戦い方には素直に感心していた。
あのようなことをただの高校生ができるなどあり得ない。それなりの訓練や実戦の経験が無ければできない熟練者の体の動かし方をしていた。
(『今の』か……)
小声でも無線機を通じて伝わってしまうので口には出さない。茜音は心の中でそう思った。
〈B2、B4。狩猟者を排除したのなら報告をすぐにお願いします〉
〈ああ……スマン。こちらB2より、西側の見張り二人を排除完了〉
〈そちら側に北側と南側より一人ずつ見張り役が接近しています。警戒してください〉
〈こちらB1東側の見張りと遭遇。排除した。引き続き中心へ向かう〉
〈お願いします〉
〈B2、B4は接近中の狩猟者を排除に専念を〉
〈〈了解〉〉
通信を一旦終えると茜音が幸祐の下に近づいてきた。
「聞いたとおりだ。南側の狩猟者はお前がやれ。アタシは北側の狩猟者をやる」
「わかった……」
短い会話を終えて幸祐と茜音の二人は、二方向から迫ってくる狩猟者に対抗するため、それぞれの配置について身を闇に隠す。
(次こそはやらなければならない……)
幸祐は拳銃の弾倉を確認する。装填された弾丸数は十発。何度か装填の練習はしていたが、先ほどの茜音の戦いを見ていたら今のままでは完全に間に合うはずがないと実感させられた。
(十発でやれる相手なのか?)
それは無理に近い、と幸祐自身思う。茜音は先ほどの銃撃戦でも十発を超える弾丸を使っていた。熟練者である茜音に初心者である幸祐が及ぶわけもない。
(無理でもやるしかない)
先ほどの茜音の相手は修正者だった。
幸祐は自分の前に現れるのが改変者であってくれ、と願う。
修正者だった場合の勝率は限りなく低い。だが改変者ならまだわからない。
それは幸祐が修正者であり、アメンドをその身に宿しているから。
(本当に今俺の手にはアメンドが纏っているんだよな?)
アメンドは透明で視覚での確認は不可能。
そんなものを扱うのに頼りにできるのは、自分の感覚だけ。
肌がそわそわするような感覚が近いと、幸祐は覚えた。その感覚を頼りにアメンドを操作している。
だがやはり見えないというのは不安がついてきてしまうのだった。
「―――!」
北の方で銃声が鳴った。
茜音が戦闘を開始したのだ。
(もうそろそろか……。こっちにも来るのは)
もしかしたら、もう近くに潜んでいるのかもしれない。
高台にいるフェルメールから見えるのにも限りがある。狩猟者が建物の影に隠れてしまえば見失ってしまう。
(やるんだ)
そう幸祐は何度も自分に言い聞かせていた。