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Pravitas World  作者: 月草
evergreen---mind
45/46

前編(6) 出発

 日付変更が近づいている。

「フェルメール、睡眠はしっかりとれたのか?」

 百緑は傍らに歩くフェルメールに語りかける。

「はい! 良くなりました。目もぱっちりです」

 フェルメールは最大限に目を見開いて、百緑の顔を見上げる。今の彼女は、数時間前までの眠気で今にも寝てしまいそう表情とは全く違う。

「これからまた忙しくなると思うがな」


 狩猟者ハンター拠点アジトへの襲撃。


 それが彼ら、『OSAP色見支部第二行動部隊』に与えられている任務だった。

 現在判明していることは、狩猟者ハンターはいくつもの個々のチームとして色見全域に散らばっている。その中の一つの狩猟者ハンターの拠点としている場所を見つけた。その狩猟者ハンターのリーダーは金髪の女性。

「しかし、あのリーダーが発信機をこれほどまでに簡単に拠点アジトへと運んでくれるとはな」

 百緑が大型スーパーマーケットの火災現場でミロリーと接触した際に、別の場所に待機していたフェルメールが発信機を取り付けていた。

「でも、どうもうまくいきすぎなんじゃないですか?」

「それは僕も思っているさ」

 そう。あまりにも簡単すぎたのだ。狩猟者ハンターが発信機の存在に気付かないこともあるかもしれないが、それを取り付けたのはリーダーであるミロリー。リーダーともあろうものがそれの警戒を怠っているなど考えにくい。


 罠。


 考えられなくもない。

 今回の拠点アジトへの襲撃は、この百緑率いる第二行動部隊のみで行う。メンバーは隊長の百緑、根本茜音、フェルメール。それと常磐幸祐を加えて四人となる。しかし、フェルメールは怪我の治療を専門とするため、あまり前線には出られない。それに彼女の治療能力は百緑と茜音には効果がない。

(フェルメールの力は常磐幸祐には影響があった)

 百緑は幸祐と若葉を火災現場から連れ出した後、フェルメールによる治療を行った。この時彼はどちらか一人しか治療できないと思っていた。

(特殊なタイプか……)

 彼の予想は裏切られた。

 あの火災では異常プラヴィタスによる炎によって起こされていた。その炎は二人に推襲いかかった。人間の体など簡単に黒焦げにしてしまう火力。

 にもかかわらず彼らはそれらを受けたはずなのに生きていた。

 アメンド。

 異常プラヴィタスをプラスだとすればアメンドはマイナスの力。

 アメンドは異常プラヴィタスを打ち消す効果を持っている。それが持つ唯一の効果であり、たった一つの存在意義。

 運良く彼らのどちらかがそれを使えた。だから二人とも助かった。

 アメンドを身に宿した者のことを修正者リバイスと呼ぶ。異常な存在を修正して正常へと戻す者。

 対してフェルメールは改変者アルター。異常を生み出すほうの存在。彼女の治癒能力がそれを証明している。

 ここでこの力は異常プラヴィタスだ。つまりこの治癒を行うことができない対象。それが修正者リバイスをなるのだ。治癒を行おうとしてもその対象が持つアメンドによって妨害されてしまう。

 だから修正者リバイスである方の治療は行えなかったはずなのだった。

「あの常磐幸助っていう人がレアだったから誘ったんですか?」

「まあ、そうかな。なかなかいないよ。完全にアメンドを遮断して修正者リバイスという存在から一時的に外れることができる。修正者リバイスの中にも色々な型を持ったものはいるが、その中でもあれはやはり欲しい」

 百緑がこの任務で偶然にもそのような人物を見つけた。

 常磐幸祐。

 一般人である彼を、彼の大事な人を救う代わりに任務に同行するという交換条件を突きつけた。幸祐はおそらくこの任務がどんなものであるかに、おおよそ予測がついていたであろうにも関わらず即断した。

同行するから若葉を救ってくれ、と。

(あの少年はなかなかいいものを持っている。レアな修正者リバイスを除いてもね)

 百緑は薄っすらと笑みを浮かべる。

 今、幸祐と共にいるメンバーの茜音に従い、二人も合流場所に向かっていることだろう、と百緑は思う。

 合流場所は帆布南駅。そこに訓練を終えて二人は来るだろう。

(たぶん大丈夫だと思うんだけどねぇ)

 幸祐は百緑たちと違って一般人だ。ただの高校生だ。

 戦場にわざわざ行きたがる人など、よほどの奇人でしかいない。

 それでも百緑は逃げずに彼は来ると思っている。


 幸祐が内に持っている不変の信念があるからこそ。


「もうそろそろですね!」

 フェルメールは駅が見えてくると先にすたすたと小走りで走っていく。

「おーい、転ばな……――――――あーやっちゃったか」

 百緑が注意する前には、もうフェルメールは足を盛大に滑らせてヒップドロップ。

「言わんこっちゃないよ」

「いてて……まだ言ってないじゃないですか」

「言おうとはしたよ」

「でも転んじゃった」

 尻をさすりながらフェルメールがゆっくりと立ち上がろうとするが、彼女がまた足を滑らせてこけそうになったところを百緑が支える。

「自業自得」

「むぅー」

 フェルメールは口をへの字にして、先ほどとは違ってとぼとぼ歩き始めた。

 百緑はやれやれと肩を下ろす。

 彼女の持つ治療能力は対象者の肉体再生を促進するのだが、便利なものには代償が伴うこともしばしば。

 それが彼女にとって『睡眠』なのだ。

 狩猟者ハンターによる大型スーパーマーケットの火災で怪我をした幸祐と若葉を治療した。その後それによって睡魔がフェルメールを襲うことになる。

 だから病院に来るまでに百緑は彼女に睡眠をとることを命じた。

 そのため今は眠そうな状態ではないため、彼女もはしゃぎたい気持ちが抑えきれなくなるのだ。仕事の度に異常プラヴィタスを使うことを強いられ、たいてい眠い状態でしかいられない彼女にとってはしかたのないことだった。

「あの子の本当の仕事は、僕たちの仕事が終わってからあるんだよね。ん?」

 駅の入り口に立つ二人の少年少女の姿を見つけて呟く。

「どうやら僕たちのほうが遅かったみたいだ」


    ■□■□■


「やっときた」

 そう言ったのはカイロで手を温めている茜音だった。

「遅いっすよ」

「すまんすまん」

 百緑は両手を合わせた後で、もう一人待っていたほうの人物を見る。

「来たんだね」

「当たり前です。あの約束をちゃんと守ってくれるなら俺は何でもするって決めてますから」

 幸祐は百緑と真正面に向き合い目を据える。

「うん。わかっているよ(少し変わったか)」

 百緑は彼の目を見る。幸祐の雰囲気もろとも病院の時とはまた違って見えた。それはまるで百緑たちと同じ非日常を生きてきた者と同じような。

「さて、茜音どうだった? 常磐の訓練は。成果はあったか?」

「……」

「茜音?」

 茜音は百緑に尋ねられるも黙ったままだ。

 百緑がもう一度尋ねると彼女は口を開く。

「百緑さんの目はやっぱり節穴じゃなかったですよ。こいつ、カタギのくせして拳銃ハンドガンの扱いにもう慣れやがった」

 だけど、と続けて。

「それがこれからの任務で同じようにできるかですけどね」

「安心しろ。それだけの覚悟はできてる、って何度も言っているだろ」

「あまり調子に乗るなよクソガキ。お前の脳天にぶち込むぞ」

 茜音が幸祐の胸倉を掴む。幸祐は掴まれたままの体勢で茜音の腕を振りほどこうとはせずにただ睨みつけていた。

「どうやら二人ともずいぶん仲がよくなったみたいだね」


「「どこがだ!」」


 息ぴったりで二人が同じフレーズを互いに睨み付け合っている相手に向かって叫ぶ。

「だってそんな、お互いに顔を近づけあって見詰め合っているじゃないか」

 百緑が見たままの状況をそのまま述べた。

 確かに顔を近づけて互いを見ているとはいえるが、彼らの気持ちはそんなものではないだろう。

「ひゅーひゅー」

 百緑の隣に立つフェルメールが口笛は吹けないので、口で言う。

「おいフェルメール! お前もぶち込むぞ!」

「ひゃっは」

 フェルメールが百緑の上着の腹部辺りを掴んで彼の後ろに顔を半分隠す。

「そろそろ放してもらえるか?」

「チッ……」

 いい加減呆れていた幸祐に要求され、茜音は彼の体を突き飛ばすようにして放す。

 ようやく放してもらえた幸祐は胸倉を掴まれたことでずれた服を直した。

「ふむ、これで一応僕も話し始めことができるようになったかな? まあなんだ狩猟者ハンター拠点アジトに向かいながらに説明はしよう。まずは電車で二駅ほど移動する」

 百緑が先導して切符の券売機の前に進んでいく。

「茜音ちゃん。いったいどんな訓練してたの? 本当に戦闘訓練だった? もしかして別の……あ、言えないっ!」

 フェルメールが頬を赤らめながら一人で何かを考えている。

「お前本当にキャラにギャップがありすぎだろ。どうにかなんねぇのかよ、っていうのは前々から何度の言っているが。おい、聞いてんのか? オイッ!」

「茜音ちゃんにも春が来たー、ふふふ」

 茜音とフェルメールも互いに(一方的に茜音からつっかかりながら)券売機で切符を購入し改札機の方へ歩いていく。

 ただ一人、幸祐だけがその場から動こうとはしなかった。


「どうした? メガネ野郎」

 幸祐の様子に気付いた茜音が余分な言葉とともに振り返って尋ねる。

「常磐、どうかしたか?」

 茜音の言葉でその事態に気付いた百緑も幸祐のほうを見る。

 対して幸祐は目を逸らして、、何かを言いたそうにしながらも何かを言えないでいるようだった。

「あ、あの……」

「まさか今さらビビッたとか言うんじゃないだろうな? なんだぁ? そんなにもヘタレだったのかよ、お前」

「今の茜音ちゃんの言葉から推測するに常磐君のことをヘタレだとは全く、微塵も、すんとも考えていなかったんだ」

「う、る、さ、い」

 茜音がフェルメールの頭を握りこぶしで挟み撃ちにしてぐりぐりと押し続ける。

「い、痛いよ、茜音ちゃん。照れないで! あ、やめ。痛っ、強くなってるよ茜音ちゃん?! やっぱごめん! ほんと、ごめん! 悪かったよ、反省してます! だから許してー!」

 フェルメールは必死の謝罪でなんとか茜音の手をほどく。

「それで、どうしたんだ? 常磐。なにかあるならはっきりと言ってくれ。君らしくもない」

 フェルメールと茜音がようやく静かになったのを見計らって、百緑が幸祐が抱えている悩みを探る。


「あの……俺、今お金持ってないんです……」


 言いにくそうにして幸祐は正直に告げた。

 やや沈黙を作ってしまったために彼は気まずさを感じてしまった。

「そうならそうと言ってくれればいいのに」

 百緑は爽やかなせみを浮かべて優しく対応した。

 だが、一人だけはきつく接する者がいる。

「へっ! だっらしねぇ、お前金もってないのかよ! 高校生だろ? ママー、とかでも言ってお小遣いでももらってこいよ」


「――――――ッ!」


(な、なんだ?)

 茜音は体にぴりぴりと伝わってくるものを感じることができた。

(殺気?)

 それは彼女が任務でしか味わうことが無かったものだ。

 しかしなぜか茜音が先ほどの言葉を口にした途端に、幸祐の様子が変化したことをそう自然と捕らえてしまった。

(こいつ、キレたのか? いやそんなことではこんな……)

 今の今まで茜音は数々の罵倒を浴びせてきたが、幸祐は常に冷静さを崩すことはなかったのだ。それが一瞬、冷静さを生み出すための理性を失い、内に隠された一面が漏れ出したかのようだった。

「そう……だったな」

 百緑は何かを悟ったようで。

「茜音。常磐をからかうのは大概にしておけ。これは遊びじゃないことくらい十分に承知しているだろ? まあ高校生にも色々とあるものだ。常磐はお小遣いなどもらっていないんだろ?」

「え? あ、はい」

 幸祐は、はっとしたように返答をする。

「お小遣いなんてもらえる余裕が無いもので」

「まったく……彼女もこちらの仕事に戻れば、この子らも少しは娯楽というものを与えられるというのに……」

 百緑はとても小さな声で呟いた。

「なんか言いましたか?」

「いや、なんでもない。ただの独り言だよ」

 百緑は券売機の場所へ戻って、もう一枚切符を購入する。そして幸祐の下までそれを持っていき手渡した。

「あの……」

「ああ、お金のことなら心配いらない。返す必要もない。君がやらなければならないことは他にあるからね。さてこれで出発できるか。そろそろ電車も到着する時刻だろう」

 これで幸祐も改札を通ることができた。

 通ってしまった。

 それはもう後戻りはできないということ。

 一方通行だ。

 彼の進める場所は一つしかない。


 百緑、茜音、フェルメールらが言う仕事場せんじょうへ。

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