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Pravitas World  作者: 月草
evergreen---mind
43/46

前編(4) 準備

 ごろごろとしながらテレビを見ていたところ、午後五時過ぎ、電話が鳴る。

「あーはいはい」

 新代荘家主、兼、住人他四名の保護者役―――新代藍は起き上がってふらふらと電話のある場所へと向かう。

 藍は近所のスーパーマーケット『イトヤスシ』でパートタイム労働をしており、昼を過ぎると新代荘に帰ってくる。

 彼女が帰ってきたところ、今日は他の住人が全員外出中だった。

 外は数日前には止んでいた雪がまた降り出して、気温も長居はしたくなくなるも低いというのに、あの子達は何をやっているの? と、藍は子供の考えることは理解できなかった。

 子供は風の子?

 ハッ。

 藍はそれを鼻で笑った。

 仕事で外には出なければいけないが、それ以外の目的では絶対に外にはでたくない、と頑なにだった。

 だが、彼女は外に出ることになる。一通の知らせによって。

「はい、もしもし、新代ですが?」

『藍さん……』

 知った声だった、というのも電話の相手は新代荘の住人の一人、常磐幸祐である。

「幸祐? どうしたの?」

 藍は幸祐たちには携帯電話を持たせてはいない。いや、持たせられない。そのようなものは家計が一台で破綻させられる。けっこうぎりぎりなラインを生計は現在漂っているのだ。

 だから藍は幸祐がどこから電話を掛けているのかを疑問に思う。

『あの……』

 様子がおかしい。すぐに藍はわかった。

「なにかあったの?」

 嫌な予感がする。

『今、俺、病院にいるんですけど……』

 病院。

 明らかに不吉なワードだ。何かが起こらなければ病院になんて行かない。

 予感は的中していた。


『若葉の意識が戻らない』


 藍は手の力が抜けて受話器を落としそうになった。

 目の挙動が狂う。

「詳しく……話して」

『俺と若葉は今日、部活が無くて……それで昨日は若葉から靴を買いたいからついて来てと頼まれたんだ』

「ええ、知っているわ。だから、お金ちょうだいって朝に私のところに言いに来た」

 幸祐と一緒に出かけるとは若葉本人は言っていなかったが、今日は学校帰りに出かけてくるということを藍は事前に知っていた。

『俺たち、それで店に行ったらそこで火事が起こって』

 火事。

 つまり、彼らはそれに巻き込まれた、ということなのだろう。

「巻き込まれて病院に運ばれたのね、その病院はどこ?」

 自然と藍は早い口調になる。

『あの大きな病院、って言えばわかる?』

「わかったわ。それと幸祐、あんたは大丈夫なの?」

『俺も巻き込まれたけど、大丈夫。ちょっと若葉の傍を離れるから後はお願い……。その場にいた被害者として警察の方から呼ばれてしまって……』

 幸祐の弱々しい声が受話器から聞こえる。

「わかったわ。それが済んだら、あんたもこっちに帰って休みなさい。私がそっちに行くから」

 わかった、と幸祐の声が聞こえてから電話が切れた。

 藍は受話器を置くと急いで身支度をする。

 ここから病院まではかなり距離がある。

 タクシーを呼んだほうがいいかもしれない、とも思って受話器を再び取り、タクシー会社に依頼をする。なるべく急いで着てください、と添えた。

 新代荘に到着するまでに十五分はかかるとのことだが、徒歩で行くよりは断然早く着くことができる。

 藍は落ち着かないまま時計を見続けて、待ち時間の十五分を過ごす。

 とても長い、永遠とさえ感じさせるほどだった。

 指定の時間まで後五分というところで新代荘の外で人の気配を感じた。早く到着したのかと部屋から出る。

外はもちろん張り詰めた寒さだがそのことなどもう気にも留めない。

「あれ? 藍さん」

 外にいたのは少年少女だった。彼らも新代荘の住人。

 少年の名は、白上彩人。髪が天然で茶色ぽいのだがたが、チャラ付いた雰囲気はない。どこか気だるそうな雰囲気で、新代荘で最も面倒くさがり人だ。

 少女の方は、名はルネ。彼女は前の日曜日に倒れていたところを彩人に救われた。その日は氷のように体が冷え切っていて衰弱しており、次の日になって彼女の事情が発覚した。記憶喪失。自身の名前すら思い出せないとルネは言った。行く当てもなく、身元も不明で、結局そのまま新代荘に根を張ることに決定。

 いろいろと問題があるかもしれないが、それをまったく気にしないのが新代荘だ。新代荘はそういう人たちのためにオープンなのであった。

「どうかしたの?」

 ルネは人見知りで顔をできるだけ隠しているのであまり見えないが、ちらりとフードからはみ出した雪よりも綺麗な銀髪が揺れる。

 と、二人の背後に雪の中に埋もれたライトが二つ。タクシーが到着した。

「彩人! ルネ! 今すぐ病院にいくわよ!!」

 藍の言葉に状況のわかっていない二人には首をかしげる。

 不幸な知らせであっても直裁に話す。すぐにでも駆けつけたいから。

「若葉が意識不明で病院に運ばれたわ」

 彼らがそれを聞いてどのような表情をしたのかは藍にはわからない。彼らの反応を見る前に藍はタクシーに乗り込む。彼女は彩人とルネを連れて病院に向かった。


   ■□■□■


 幸祐は鍵を開けて自分の部屋のドアノブを回す。

 電話で事件のことは藍に伝えておいた。もちろん隠しておかなければならない重要な一部を除いて。百緑の口止めはしっかりと守る。

 彩人とルネの姿も見えないので彼らも付いていったのだろう、と彼は思う。

 これから誰にも知られてはいけないことをしようとしている幸祐にとっては、好都合だったので安心する。

 ここへ戻ってきたのはちゃんと理由がある。

 幸祐は普段勉強机として使っている机の引き出しを開けた。そして手を奥のほうに忍ばせてから、小さな箱を掴み取る。

「あった」

 あまり乱暴に扱わないようにそっと優しくそれを取り出した。

 懐かしい。

 希にだがそれを取り出して眺めることがある。だが身につけたことは無い。

 幸祐の宝物。


 ペンダント。


 透き通った緑色の石が付いている。石を覗くと濃さにばらつきがあることを確認できる。常緑樹の春の若い葉のような緑色と夏の育った葉の濃い緑色をした二色。それらが完全には混ざり合うわけでもなく、はたまた完璧に二つに分離されているというわけでもなく、その二つの色は鮮やかなコントラストをなしている。

 一度も身につけずに大切に保管していたそのペンダントを幸祐は今初めてつける。

 幸祐が新代荘に戻ってきたのはこのペンダントを取りに帰るためだった。

「若葉……」

 首につけたペンダントを優しく包み込むようにつかみ、それをくれた人の名を呼ぶ。

 それは今から十年前。正確には九年と十ヶ月前になる。

 幸祐にとって人生を狂わされた事件。

 当時の彼は小学二年生。

 ある事件に巻き込まれた幸祐は、人生のどん底に叩き落された衝撃で立ち直ることができなかった。

 しかしある少女のおかげで立ち直ることができた。その少女こそ――――――新代若葉。

 その際に若葉はこのペンダントを幸祐に渡した。幸福がありますように。そのようなおまじないがかかった特別なもの。

 幸祐の身にこれから何が起こるかはわからない。だが命がけになることは明白。

 このペンダントが、若葉が身を守ってくれる、そのような気がして幸祐はこれをつけた。実際には神のご加護などというものが無かったとしても、あるだけで気持ちは変わる。

「あ、飯どうしよう……」

 気持ちがやわらいだせいか、今まで気になっていたことが今になって気になりだした。ちょうど今は夕食時。しかし、他の住人に悟られぬために病院へ誘導してしまったために藍の部屋(食材は全てこの部屋にある)へは入れない。

 まあ、仕方ないか、と諦める。

 戦の前の腹ごなしは無しになった。

 時計を見ると六時過ぎ。八時には百緑の呼び出しに応じなければならない。

 新代荘にいても仕方が無いのでもう出ることにする。移動手段は徒歩になるのでかなり時間がかかるため、残りの時間はほとんどそっちに注がれる。

 外に出て鍵を閉める。

(帰ってくる。絶対に。だから、若葉、待っていろよ)


   ■□■□■


 ポケットの中の携帯電話が振動する。

「なんですか? 百緑さん」

 それを取り出して一人の少女が携帯電話を耳に当てる。彼女がいるのは街中の通り。歩きながら彼女は離し続ける。

『どうだい? 狩猟者ハンターの影は確認できたかな?』

 電話の向こう側にいる百緑が話しかけてくる。提示報告だ。三十分おきにこうして相手側からかけてくる。そして何かあれば伝えるのだが。

「いいえ。異常はないです。あ、でも。なにやらどこかで騒ぎがあったっていうのが気になりますねぇ」

 街中を昼からずっと巡回していると、通り縋った人の誰かがそのようなことを言っていたような気がして、些細なことでもとりあえず報告しておく。

『それなら問題ないよ。さきほどその騒ぎに加わってきたところだからね』

「ほんとですかっ?!」 

百緑が意外なことを言ってきて思わず受話器に向かって叫んでしまった。

「す、すいません。アタシ、つい……」

『大丈夫だが気をつけてくれ……茜音あかね

 根本ねもと茜音あかね。それが今電話をしている女子のフルネームだ。赤みがかった茶髪の、肩までありそうなセミロングを後ろにゴムで二箇所に縛っている。その上からニット帽をかぶっている。ちょっと釣り目だが、それがまた逆に大人っぽさを出している。

「で、どうなったんですか? 遭遇したってことは、もちろん狩猟者ハンターと交戦したんですよね?」

 今、彼女らが動いている目的は狩猟者ハンターと呼ばれる者達を捜索するためだ。しかし、捜索だけではない。狩猟者ハンターと顔を合わせればすぐさま戦闘が始まる。それはお互いの命を賭けての。

『落ち着け。こちらで起こったことを報告しておく。僕とフェルメールは帆布はんぷ南方の中心街、大型スーパーアーマーケットで奴らと接触した。まったく派手に動かれて困ったのだったよ。まさか狩猟者ハンターの中にあれほどの愚か者がいたとは。その狩猟者ハンターは店内で火炎を操る異常プラヴィタスを使用。一般人見境なしに、だ』

 茜音は、ひどいものだ、と思う。

 茜音、それに百緑とフェルメールの所属するOASPという組織の目的の一つに、一般人に自分たちの戦闘の被害が及ばないようにする、というものがある。本来、OASPも狩猟者ハンターもこの世界の裏側で動いている。だから暗黙のルールとして正体を表側に晒してはいけないのだが、その店内で無差別に暴れた狩猟者ハンターの奇行は完全にそのルールを無視しているのだ。

「で、始末したんですか?」

『その狩猟者ハンターなら焼死体となったよ。それをやったのは僕でもなくその者のリーダーだったけどね』

「リーダーが現れたんですか?!」

『逃げられちゃったけどね。けが人の救命を優先してしまったもので』 

 百緑は、ははは、と申し訳無さそうに言う。せっかくの相手方の親玉を捕まえるチャンスだったから。

「けが人より狩猟者ハンターの方を優先すべきだったとアタシは思いますけどね」

『まあ、そう言わないでくれ。もちろん助けたくなってしまった理由はちゃんとあるさ。僕がその場から助け出したのは二人。少年一人に少女が一人。そしてその少年のほうが修正者リバイスらしいんだ』

修正者リバイスだったんですか。それで?」

 茜音は百緑の話の続きを聞く。やや興味が湧いてきた。

『その二人ともフェルメールに治療をしてもらったんだけど――――――』

「え? ちょっとおかしくないですか? フェルメールの異常プラヴィタスはアタシら修正者リバイスの治療は行えないはずだったんじゃ……」

 百緑の不可解な点を茜音は指摘する。

『そう。てっきり片方しか治療できないものだと思っていたよ。最初はどちらが修正者リバイスか判断がつかなかったからフェルメールに二人まとめて治療してもらったんだけど。あら不思議。二人とも治療できてしまったんだよ』

「そんな、百緑さんの勘違いじゃ?」

 まだ最初に百緑の言ったことが信じられない。

『いやいや、例外はあるでしょ?』

 それを百緑は彼女に納得してもらおうとし続ける。

「確かに……ありますけど……。それだったら百緑さんが興味を引かれたこともつじつまが合いますよね……。で、どうしたんですか? その二人」

 ん? と茜音は眉を顰める。百緑の返事がなぜか遅い。

 そして百緑は十秒ほど経ってからかた話し出した。

『ちょっとお願いがあるんだけど。 その少年に初歩的な戦闘訓練だけしてあげてくれないかな?』


「はぁ?!」


 茜音は、いつも冷静で頭も切れて尊敬しているこの人―――百緑がどうかなってしまったのではないか? と本気で思ってしまった。

「えっ、ちょっ、何言ってんですか! 一般人巻き込むつもりなんですか? この任務に!」

 彼女らが所属している組織、OASPより与えられた任務には、命の危険性が関わってくるものだ。そもそも任務に一般人を巻き込むことすら考えられないことなのだ。

 それなのに、百緑の答えは。

『まぁ、そうだね』

 組織として口に出してはいけないことを、百緑は淡々と答えてしまった。

「『まぁ、そうだね』じゃないですよ! ヤバイっすよ、さすがにそれは。規則破りになるじゃないですか。隊長ともあろうあなたがそんなことしたら駄目でしょ?!」

 茜音は先ほどの百緑から受けた忠告を完全に忘れ、携帯電話に思いっきり叫んでいた。

『その声マネはあまり似ていなかったね。内緒、内緒。というか、フェルメールをスカウトした時だって似たようなものじゃないか』

「スカウトするんですか。その少年を。まあ、いいですよ、もう。決めるのは隊長でアタシは従うだけですから」

 部下は隊長の言う事に従う。組織内では基本中の基本のことなのだから仕方がない。権限も全て隊長が持っている。

『いやー、できた部下を持って助かったよ。じゃあ気兼ねなく頼みごとができるね』

 百緑はほっとしたように言い、頼みごとを遠慮なく茜音に託した。

狩猟者ハンター捜索の方はもういいから、今から帆布南駅に向かってくれ。そこに少年が向かう。僕たちは別のことで忙しいから頼むね、じゃあ』


「ちょっと待って、百緑さん! それって雑――――――」


 ツー、ツー、ツー。

 と、茜音が百緑に言う前に相手側から電話を切られた。

(それって、アタシに雑用を押し付けただけじゃないのぉぉぉぉおおおおおお!)

 隊長命令。茜音はやむを得ず進む先を駅のほうへ変えたのだった。

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