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Pravitas World  作者: 月草
silver---world
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序章 銀色の少女

 雪の降る夜、一人の少女は雪を撒き散らし、美しく舞う。

 彼女の指先がなぞったところからは、氷が顕現する。その氷は羽衣のように彼女に纏わせることで美しさをいっそう際立たせる。

 少女が纏った氷の羽衣は、周囲からの攻撃を防ぎ、彼女の身を守る。


「繋げ」

 

 その言葉はとても短く、そして単純であるにもかかわらず、根本を的確に捉えた意味のある言葉を成している。

 空中をなぞっていた少女の指が、今度は雪が厚く層となって積もっている地面をこれまたなぞるように優しく触れさせる。雪の柔らかさのように。

 美しい。

 だが、バラは美しくも棘を持っているように、氷も同じものを持っていた。

 氷は連山を次々と作っていく。

 少女が指先を雪の上に触れさせたところから、周囲の柔らかかった雪を巻き込んでそれは作られる。氷の連山は彼女の前方へ扇形に広がりながら伸びる。

「皆、避けろ!」

 連山が伸びるその先には、彼女の美しさに遠く及ばない有象無象が広がっていた。その中の一人が、仲間の者に警告を発する。

 だが、その連山の襲撃に数人が巻き込まれ、そのものたちの体を跳ね飛ばす。またあるものは凍結に巻き込まれ足を取られた者もいる。

「攻撃の手を休めるな! すぐに体勢を立て直せ! 標的ターゲットへ一斉に総攻撃をしかけろ!」

 まだ動ける者達が全員で少女を取り囲む。そして彼らの攻撃が始まる。

 ある者は手から光を放つとそれが光線となって一直線に少女を狙う。またある者は手から炎を生み出し、それは生み出した者の言う事を聞くかのように、少女へ襲い掛かっていく。

 集中攻撃を放たれた少女はというと、その場で体勢を低くして指先を積もった雪に触れるように一回転する。

 一回転は円形を描き、連山をその円どおりに連山を広げていき、彼女を中心として氷の花を咲かせる。氷の花びらは羽衣と同様に身を護る役割を果たす。

 四方八方からの攻撃は全て見事に花びらによって阻まれ、少女には届かない。

「くそっ! やはり『異常プラヴィタス』では標的ターゲットには届かない! 捕獲するなどもってのほかだ!」

「ならば、次は俺たちが行く! 『アメンド』で弱体化させて――――――」

 有象無象が次の攻撃を開始するより先に、少女の反撃が始まっていた。

 少女はまた同じように一回転して、先ほどのものに付加させるように氷の花を咲かせる。二つの花びらはやがて一つとなって規模を増して有象無象を蹴散らしていく。

 残っていた敵も、地面と彼らの体とを一緒にして凍結させることで身動きを取れなくして、無力化させた。

 そうしてようやくこの場が静まりに帰る。

「はぁはぁ……」

 白い息が、煙が煙突から出るかのごとく、口元から出ては空気中に馴染んで消えて行く。

 少女は息を切らしている。

「くっ……」

 突然に頭の中をズキンとした衝撃が走ったので、手が頭を押さえようとせざるを得ない。だが、痛みは一瞬で、抑えたときには引いてしまった後だ。

 しかし、まだクラクラ感が消えない。

 限界が近い、少女はそう予期する。

「早く……逃げないと……」

 

 彼女は何者かに追われている。

 これで三度目の襲撃だった。黒服に身を包んだ者達―――男も女もいる。その者達が自分を捕まえようと必死になっている。理由はわからない。

 三回の襲撃のどれもこうして、『異常』な力を使って退けてきた。

 普通では考えられないことを起こすことのできる力。まさしく『異常』なものだ。

 狙われている。とにかく逃げなければならない。

 だから彼女は雪の降る夜の中で逃げ惑う。

 しかし、これの終わりがいつ来るかなど全くわからない。終わりなどあるのだろうか?

 それでも、逃げる。逃げ続ける。


「……またなの?」


 少女の前にまた黒服の者達が現れる。さっきの者達の仲間だと断定できる。彼らの目を見ればわかることだった。同じく獲物を狙う目だ。

 今度の人数は少ない。見たところ七人。しかし、もしかしたらまだどこかに隠れているということも考えられる。

 その中の一人は通信機を耳に当てた。

「リーダー。標的ターゲットを確認。今すぐ応援の要請を」

 すぐに襲いかかってこようとはしない。通信機で話し続けている。

「はい、そうです。追い込みました。廃棄済みの工場です。もう逃げ場はないと考えられます。わかりました。リーダーの到着まで時間を保ちましょう」

 通信を切る。それは襲撃開始の準備ができたということだ。

 少女は警戒を強める。いつかかってきても対応できるように構えをとる。

「もう抵抗しても無駄だ。標的ターゲット。お前の逃げ場はもうこれで途絶えた。なるべく大人しくしてもらえると助かるな」

 通信をしていた者が少女に向かって話しかける。大人しく降参しろと言っているのだ。

 けれども、そんなものすんなりと受け入れられるはずがない。

「断る……」


「そろそろ限界なのだろう?」


 少女がたじろぐ。

 見透かされていた。

転換コンバート系の異常プラヴィタスを持つ改変者アルターだろ? 俺の装備ペリフェラル系とは違って、転換コンバート系には何かしらの転換の元とする素材があるはずだ。だからB等級(ランク)であってもそう長くは使い続けられまい」

「……」

 たとえ限界が近くても少女は力を使う。攻撃してこないならば先手で抑えればいいことのだけだ。

 少女は手を地について、連山を生み出し先制する。

「どうやらまだ足掻くようだな……。おい! お前ら! リーダーたちが来るまで持ちこたえさせるぞ!」

 了解、と他の者達が返事をする。

 四度目の襲撃が始まる。

「防衛組はアメンドを展開! その間に俺たちで標的ターゲットの無力化を行う!」

 防衛組。

 どの人も黒服を着ているため区別がつかないが、その防衛組と呼ばれた彼らは持っている等身大ほどの盾を横一列に並べる。

「!」

 盾に向かう氷の連山は、そのまま防ぎきれないぐらいの勢いで迫っていた。だが、盾に近づいていくにつれて勢いは失くし、やがて停止。

 盾に直接触れたわけでもないのに。

 それは見えない何かによって、連山を作り出している氷の凍結そのものを、妨害しているようだった。

「行くぞ!」

 防衛以外の者達が氷の連山を避けて、右と左を迂回しながら接近してくる。

 少女は慌てて、攻撃パターンを全方位型に変える。一回転。そして先端が鋭くなった氷の造形物を花のように。

 右方からはバチバチ、と音がする。電撃。放電しながら敵の一人がかかってきていた。電撃は迫ってくる氷と衝突。氷の再生と電撃の粉砕が拮抗する。

 対して左方からは槍をもった男が迫り来る。先ほどの通信役を担い、また司令塔をしている者だ。

 少女が『異常』な力を使っているのと同様、もちろんただの槍ではなかった。鋼の色をした先端が赤みを帯びる。そして氷に突き刺さると、突如、水蒸気が発生した。

「……っ!」

 少女はその氷に囲まれた中心から飛び避ける。間一髪だった。その場には槍が氷を突き破って伸びてきていた。

「避けたか……」

 槍を携えた男は避けられたからといって攻撃の手を止めない。再び赤みを帯びて輝く槍の切っ先が少女を狙う。

 少女の方は後方へと追いやられていく。

 彼らの思う壺だった。


「今だ捕獲しろ!」


 彼女が逃げた先には、敵の仲間が待機していた。

 罠。

「あっ!」

 少女は、刺股さすまたを構える二人によって両側から捕らえられる。その刺股は、一般的なものとはまた違って、二つそろって効果を発揮する。股の部分は簡単には砕かれないように木の幹のように太く、それらの先端はジョイントになっていて二つ合わさるとロックがかかる方式。

 両腕と胴を共に封じられた彼女は動きが取れない。

 だが彼女には異常な能力がある。それを使えば簡単に抜け出せるはずだった。

「どう……して……? なんで『結合ネクサス』が発動しないの?」

 使えなかった。なぜか彼女はその力までもが封じられていた。

 槍を持つ男がゆっくりと近づいてくる。

「なんだ……俺たちだけでも捕獲できてしまったか。まあいい。どうだ? 力が使えないだろう。なにせ、ただの捕獲道具ではない。それはアメンドを纏っている。アメンドとは『異常プラヴィタス』を弱体化させる存在。そしてアメンドの力が強ければ発動そのものをできなくさせることができる」

 少女の目の前に立った槍を持つ男は、無理やり彼女の顎を上げさせる。

「んっ……」

「俺が本当に槍で刺そうとするわけがないだろう。この仕事は殺すことじゃない。捕獲することだ。標的ターゲットを殺してしまうわけにはいかない。さあ、このまま大人しくしていてもらおう――――――」

 男が急に少女から離れる。

 危険を察したからに他ならない。

結合ネクサス!」

 少女がそう叫ぶと、異変が起こったのは足元だった。 彼女の足元から凍結が始まっていく。それからの展開は言うまでもない。

 刺股で取り押さえていた二人組みはあっけなく凍結に巻き込まれる。彼女の周りでは空から舞い降りる雪が全て雹へと変化した。それらはさらなる凍結への材料となる。

「アメンドを跳ね除けた?! なんという力だ……。全員この場から離れろ! 巻き込まれるぞ!」

 槍の男は叫ぶが、防衛組の行動が鈍った。防衛組はその名の通り防御をしてこそ意味がある、それなのに防御より回避を優先させられたのだ。

 その一瞬の迷いが彼らの陣形を完全に崩す。それを襲うのは氷。

 それは今までとは桁違いの力。少女の周囲、全てのものを吹き飛ばし、氷漬けにさせる。

 最後まで残っていられたのは、槍を持つ男だけだった。それ以外の六名は戦闘不能。

「熱発生でなんとか凌いだのはいいものの……。くそっ……まだこんな力が使えるのか……」

 男は地面に型膝を突いた体勢で言った。今戦えるのは自分一人になってしまっているが、笑みを浮かべる。

 ここにいない仲間の到着がそろそろだからだ。それに彼女はもう戦う力を失った様子だったからでもある。

 少女の膝が崩れ、その場に座り込む。

(だめ……逃げないと……)

 だが。

「ボルドー!」

 遠くで槍の男の名を叫ぶ声がする。

「あいつらようやく来たか。ふん、これで終わりだ。あとは標的ターゲットが捕まるだけか」

 敵の仲間の到着。

 逃げようにも彼らがいるこの控除の敷地は高い塀と、有刺鉄線で囲まれているため逃げられない。


(あれを使えばもう本当に枯渇してしまうかもしれない……。次で最後だとしたら……会いたい。最後はもう一度あの人と――――――)

 少女は決断する。殺されないかもしれない。しかし、敵の具体的な目的が判明していない以上逃げるしかない。

 ある少年とまた会えると思ってここまで来たのだ。それなのに見知らぬ者達の襲撃を受けるという結果に至っている。

 このまま、捕まってしまったら願いは叶わない。だから、彼女は力を使う。

(この力を使った後にもう『今』の自分ではいられないかもしれない。でも、会いたいから、お願いあと少し、少しだけまだ『今』の自分でいられますように)

 そしてより大きな代償を払わなければならない力を解き放つ。


「我、欠片を繋ぐ者なり! この指の先に示すは離れし存在もの! 今ここに絆を繋ぎて一つと成せ! 結合ネクサス!」


 銀世界をさらに濃い色へと変える光が、少女から放たれこの場を包み込んでいく。

「まだ何かを起こすつもりか!」

「ボルドー! なんなのこれは!」

 光の中でボルドーと彼らのリーダーが言葉を交わす。光が眩しすぎて、お互いの姿は見ることができない。

 そして、光が収まるとそこには――――――


「なん……だと……」


 少女の姿は無かった。

 彼らは驚きを隠しきれず口を開けていたが、リーダーは冷静のままだった。

「うろたえるな! 標的ターゲットはあの状態ならば、この地域からは逃げられないわ! 今すぐ捜索を再開する! 他の狩猟者ハンターに先を取られるな!」

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