終章(3) 銀色の少女の歓迎会
週末がやってきて今日は日曜日。
只今の時刻は午後七時。
場所は『〇〇一号室』。
新代荘の面々は一つの丸テーブルを囲っている。
今日の日中では、藍は朝から買い物が忙しそうにしていた。若葉と幸祐はゆっくりと部屋で休み、彩人はというとルネとまた町に出かけていた。
また新代荘の一室に全員が集合して前々から予定されていた催し物がようやくここにて開催される。
「じゃあ、これから『ルネ歓迎会』をはじめまーす!」
新代荘家主の藍が代表として高らかに声をあげた。彩人、幸祐、若葉も「おめでとう」「改めてよろしく」などと言い、盛大な拍手をルネに送る。
「えっ?! えっ?!」
ルネが慌てた様子でキョロキョロと皆の顔を見る。
「歓迎会っていうのはこういうものなんだよ」
「そうそう、めっちゃくちゃ盛り上げなくちゃね。だって歓迎会は一度しかできないんだし!」
「ほら、ルネ」
彩人が、状況にどう対応すればいいのか困惑しているルネにそっと耳打ちをして教えてあげる。
「え、えっと……きょれからよろしくお願いしましゅ!」
あっ、とルネが声を漏らすと顔が赤くなっていく。
「噛んだな」
「きゃー、かわいいー」
「ま、これもこれで」
「さあ、乾杯行くわよ!」
八畳間に気持ちのいいガラスのぶつかる音が響いた。
今日の夕飯はいつもと一味違う。
なんと言っても――――――
「「「肉ぅぅううううう!!」」」」
乾杯という食事開始の合図により、彩人と幸祐と若葉は丸机のフライドチキンを狙う獰猛な獣と化していた。
「わわっ!」
ルネはその迫力に仰け反る。
「はい、ストップ! ストップ!!」
藍がその争いを止めに入った時にはもう三本が皿の上から消失していた。
「ちょっと……あんた達はもう……ほんと。少しは遠慮ってものを知りなさい……今日はルネのための歓迎会なんだから」
呆れかえった調子で三人の様子を眺める。
「だって……肉……なんて……めったに……食卓に……並ば……ない、からさ……それに、まだまだ……あるし」
モグモグと口を動かす若葉。
「そうそう」
「ん。うめぇ」
彩人と幸祐も同様。
「あんた達、食べながらしゃべるの止めなさい! ルネ、あなたも食べなさい。そうじゃないと……この獣たちが全て食い尽くしてしまうわ……」
「う、うん……」
丸机の上の中央には足つきのフライドチキンが十本あった。だが次々と獣たちの胃の中へ運ばれて減っていく。今はもう半分しか残っていない。
「言っておくけど一人二本までだから。三本目はないわよ」
「「「はーい」」」
高校生三人が子供のように返事をする。
「で、ちょっとさっきから気になるんだけど……」
若葉が一本目を全て居の中に納めた際に言った。
「なんで、でかでかと豆腐が大皿に乗ってるの?」
「ああ、俺も気になってた」
「浮いている感があるが……」
異国の料理に囲まれた中で一際浮いている白い直方体が。
大きさは一般のスーパーマーケットで売られているものを八丁分、いやそれ以上のものを積み上げたようなぐらいであった。まさに超重量級。特別版。
「これは子のリクエスト。わざわざ豆腐屋まで行って頼んでみたら、そこの店主も『そんな豆腐好きがいるならやってやらー!』って言って作ってくれたわ」
「ルネが?」
「そう。この子の好物は豆腐よ」
「豆腐はおいしい」
「えー知らなかったー」
「意外だな……でもルネの好みでさっぱりした味っていうのには当てはまるな」
ルネが巨大豆腐の乗った皿を自分の前へと引き寄せる。スプーンを使ってデザートでも食べるかのように滑らかに掬い口の中へ運ぶ。
「おいしい?」
こくこく、と二回もルネは頷いた。『ほっぺたが落ちそう!』と心の中で叫んでいると思えるほどに実に幸せそうな顔をしている。
「先週、鍋やったじゃない? あの鍋をルネのために残しておいたの憶えてる?」
「ああそうだったような……」
「あったけ?」
「あったよ」
ルネが新代荘にやってくる前、元々その日は鍋にするはずだった。だが材料はあるのに火が使えなく、さらにガスボンベも使えないとなったことで彩人は買いに行かされることとなった。
もしもその時に彩人が買いに行かされていなかったとしたら、もしかすると今この場には新代荘の新しい家族が増えていなかったかもしれない。
「でね? ルネが起きた後に食べさせたのよ。その時ルネはまあ……ちょっと様子が暗かったのだけれど、豆腐を食べたときだけ違ったのよ」
藍がこのように話している間にもルネは豆腐にがっつき続けている。
「まさにこんな感じだったわ。とてもおいしそうに食べていたのよ。それで私もピン! と来たわ」
そして予想は的中してルネは現在、大満足している。
「そういえばルネはおいしそうに味噌汁食べてたな。そういうことだったのか」
「ということは……ルネちゃんの好物!」
やがて皿の上はすっきりとして、代わりに彼らのお腹も心もいっぱいになり、これで幕引きとなる。
『ルネ歓迎会』は成功に終わった。
食べ終えた彩人が立ち上がるとルネのほうを向いて言った。
「ルネ。この後で雪だるま作ろうぜ」
「雪だるま?」
ルネが小首を傾げる。
「あ、私も行くー」
若葉も手を上げて参加を志望。
「俺も付き合ってやるか。誰が一番大きいのを作れるか勝負でもするか?」
幸祐も後に続く。
「ルネはともかく。あんた達は明日、学校の試験でしょ? 歓迎会も終わったんだから。素直に自分の部屋に帰りなさい! ……ってあんた達、聞いてるの? ちょっと!」
藍の言葉も届かず、子供組の四人は一緒に藍の部屋からぞろぞろと出て行く。
「ああもう! 私も行くわよ!」
「えー、母さん来るの?」
「まあいいんじゃない? 五人で競争で」
「なにかわからないけど、ルネも頑張る!」
「おお、ルネ気合入ってんなー。俺も負けないぞ!」
新代荘。ここは彼らのための居場所。小さな世界。
そして扉を開ければそこには――――――
銀色の世界が広がっている。
これで『silver編』は完結となります。次はこの話の四章で描写されなかったもう一つの話となります。ここまで読んでくださった方はありがとうございました。