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Pravitas World  作者: 月草
silver---world
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終章(1) 異常《プラヴィタス》

 雑木林が静寂に包まれる。もはやこの場所は一週間前とは、全くの別物となってしまっている。

 木々は焼かれ。

 地面は氷が覆い。

 暴風により、あらゆるものがなぎ倒されては、飛ばされて。

 この地を踏み荒らした者達によって、雑木林にぽっかりと大きな傷跡を残した。

 その中心でたたずむ一人の少年―――白上彩人。

「終わったのか……?」

 白銀の剣を地面に突き刺してバランスを保つ。今にも膝から崩れ落ちて倒れそうだった。

 木賊は倒れている。

「S等級(ランク)か……」

 歯を食いしばって起きようとするが、体が地面から離れない。もう腕も足も体重を支えるだけの力が残されていなかった。

「チッ……こんなことで終わるのかよ……」

 意地でも起き上がろうとしても無理だった。

 さらにもう彼は異常プラヴィタスの力を失ったため、風を巻き起こすことはできない。

彼の左腕に通していたブレスレットは雪の積もった地面に落ちている。今は輪の形ではなくない。白銀の剣がこの異常プラヴィタスを宿したブレスレットを破壊したのだ。

彼に残された力は右腕のアメンド。

しかし、アメンドは相手を攻撃することも、自分の傷を癒すこともできない。それは世界の異常プラヴィタスを消滅させる存在。世界への影響力は無として生み出された力。

 木賊は動けない。攻撃も行えない。

 つまり。

「終わったんだ……。これで……終わったんだ」

 ミロリーとの待ち合わせの時刻からは一時間経っているか経っていないかぐらいだろう。それでも彩人にはとても長い時間に感じた。

「彩人やったね……」

 ルネは後ろで尻をついて座り込んでいた。彼女も棘棍棒スパインクラブによる深手を負っている。

「ああ。やったんだ。俺たちはやったんだ! この異常プラヴィタスで!」

 彩人は白銀の剣を突き上げて、見上げる。

 光り輝く。

 美しき。

 剣。


 だがそれはこの世界の『異常』なのだ。


「――――――!」


 だから、なにが起こるかなど誰にもわからない。

「お……い」

 白銀の剣は突然その輝きを強め始めた。そしてその剣を掲げた彩人を中心にして光の円は広がる。

 光は天へと垂直に伸びてサーチライトのごとく夜の天を照らす。

「どう……なってんだ?」

 白銀の剣から発せられる光はただの光とはまた異なる。光が意味するのは異常プラヴィタスの発動状態。

「駄目だ……このままじゃ」

 現在使っている彩人の異常プラヴィタスは、『複製ルミナティオ』『結合ネクサス』『変化アルタラティオ』の三つが合わさったもの。その中でも白銀の剣の基礎を作っているのは、ルネから借りている『結合ネクサス』。

 結合ネクサスには使用者にある代償を伴わせる。

「くっ……頭が……」

 頭が割れるような痛みが彩人を襲う。彼は今、異常プラヴィタスによって頭の中を強制的にいじられている状態なのだ。

「あ、彩人?!」

 ルネが突然に彩人の身に起こった出来事に戸惑う。

 このままではいけない。

 彼女はそう思って傷だらけの体を前へ前へと運んでいき、彩人の元へと近づこうとする。

「来るな……」

 しかし彩人はルネの動きを静止させようとする。

 だめなのだ。

 このままルネが近づいてくれば。

「お前も巻き込まれる……」

 彩人は必死にその異常プラヴィタスの発動を解除しようと試みるが、全くもって使用者の言う事を聞かない。

(なんで離れないんだ、この剣は……!)

 発動が止められないならば、剣を手放してしまえばいいとは、彩人も思った。けれどもそれさえも不可能なのだった。

 剣が手から離れない。というよりは手が剣を放そうとしない。

 まるで勝手に自身の体が動かされているように。

 体が異常プラヴィタスに乗っ取られてしまったかのように。


 人知を超えた力はその使用者の意思に背く。


 暴走。

 元々力も持たない彩人が『複製ルミナティオ』によって他人の力を自身の体に取り組む。さらに『変化アルタラティオ』を使ったことにより、その力は複製を対象とした使用者の持つ本来の姿、性質を変化させた。

 本物オリジナルから作られた偽物レプリカ。それに独自の改変を加えたものは元々の所有者のものでは決して同一ではない。

 変化とは修理、改善だけを意味するのではない。

 時にはそれをさらに改悪させてしまうことだってあるのだ。その末に起こる現象が『異常』。


「止まれ、よ……、ちくしょ……う」


 彩人は銃弾で撃たれている左肩を無理やり持ち上げて、左の手で白銀の剣を押さえ込もうとするが容易く弾かれてしまう。体力に限界が来ている彼は剣を地面に突き刺す。異常プラヴィタスの発動は続いている。

(このままじゃ……まずい)

 頭をトンカチで叩かれているような痛みが、ガンガン、と響く。その痛みはやがて彩人の意識をまた闇へと沈み込ませようとしている。

そしてこの間にも力の代償は払われ続けている。

(駄目だ……まったく言うことを聞かねぇ……)

 成すすべがない。

 初めからだ。

元々この力の完全な制御方法など、どこにもありはしなかったのだ。

そんな危険な力を使ってまでも彩人は守りたいもののために世界を変えようとした。現に、ミロリーと木賊を倒し、ルネを狙う者達から守った。

だがその結果、ルネの代わりに彩人が災厄を負うことになる。

(俺は守れたのかな?)

 彼は自身の身に降りかかった災厄を仕方がない、と受け入れようとしていた。

 なぜなら彼は元は空虚でちっぽけな白色な少年だったから。

(はは……、俺は自分のやりたいと思ったことができたのかな……? たとえこのまま俺が異常プラヴィタスに飲み込まれてどうなるかはわからないけど。それでも、何か。何かを俺は……)

 朦朧としてきた意識の中、彼はむしろ幸せだった。

 だってそれは。

(やり遂げた気がするんだ。俺の人生が真っ白になって以来、何をしようとも、何かをやり遂げようともしなかった俺が、やり遂げたんだ)

 さらにそれは他人の為にやったことだ。

 自分が大切だと思った者を守ったこと。彼にとってはとても大きな出来事なのだった。

 だからこそ。

 もし、このまま人生がここで終わったとしても。

 悔いは……ない。

「彩人! ルネ!」

 なぜだか遠くのほうで彼らを呼ぶ声が聞こえたような気がした。

(……藍さん?)

 彩人が記憶を無くしてから、八年間ずっと彼の面倒を見続けてきてくれた人。あの場所は何よりの救いだった。同い年が二人もいて、仲良くできて。彼らも自分と似たもの同士で。

 あそこが自分たちの―――――――居場所。


「帰りたい」


 彩人の切なる願い。彼らのことを思い出すとやはりあの場所に帰りたくなってしまった。新しく加わったルネも連れて一緒に。そのために戦った。こんな危険な力まで使って居場所を守りたかった。

 けれども彩人にはどうすることもできない。

 彼には異常プラヴィタスの暴走は止められない。


「だいじょうぶだよ」


 安らかな声が彼に安堵を与える。

 そして彼はもう一度、だいじょうぶ、と耳元で囁かれた。彼は朦朧とした意識の中でそのささやきをわずかに聞く。

 その声の主は雪のようにやわらかく彩人をそっと抱きしめる。だが雪のようでも冷たさはまるで感じられない。

とても温かい。

その温もりは彩人の不安も悲しみも、異常プラヴィタスも全てを鎮めてくれたのだった。


   ■□■□■


「百緑! 早くこの子達に治療を!」

 藍が倒れている彩人とルネに駆け寄る。彼らの姿はとても悲惨だった。服はぼろぼろに引き裂かれて、そこからむき出しになった血まみれの皮膚が見える。とにかく体中が傷だらけのとんでもない外傷だった。それを見た藍は焦り狂い、すぐさま百緑に助けを求める。

「そう焦るな。フェルメール。今すぐこの二人に治療を。できるだけ外傷の大きい白上彩人を優先しろ。治癒能力は最大で構わない」

(誰だろう?)

 彩人にとって聞き慣れない人の声が藍の声と混じっていることに気付く。

「藍さん、この人たちは……」

「――――――っ! 目が覚めたの? しゃべらなくていいわ、いいから安静にしていて。すぐに治療してもらうから」

 藍は彩人の血まみれの手を握る。その手はひどく冷たかった。

「あったかい……」

 藍の手の暖かさが彩人へと伝わる。

 フェルメールが彩人の元に来るとしゃがみこんで彼女の異常プラヴィタスによる治療を行う。青い光が彩人の全身を包む。すると傷口が少しずつだが塞がっていくのが見てわかる。

「とりあえず応急処置程度まで済んだら彼女の治癒も並行で行え。あともう少しで仕事も終わる。もう少しの辛抱だ」

 百緑がそう言うとフェルメールは無言で頷いた。フェルメールの瞼が幾度も落ちかける。だがそれを彼女は必死に閉じそうになってもまた開くという繰り返しをしながら治療をし続ける。

そして百緑は別の人物にも用があり、そちらの元へと行く。

「ひどい様だな」

「百緑、か……」

 彼の顔見た木賊が消えかかっているろうそくのような声で言った。

「第六行動部隊隊長、木賊。お前のやったことは任務の範疇をはるかに超えている。さらには一般人への危害と来た。もちろん覚悟はできているのだろうな?」

「覚悟、か。ハッ、十分楽しんだよ、だが……まだこいつらを殺すまでは――――――……」

 木賊はそこで意識を失う。

 百緑は細目でその様子を上から眺める。

「君の役割は終わったよ……」

 気を失っている彼に告げて、手持ちの鎖で体を拘束した。念には念を、と木賊を完全に動けない状態にしてから彩人とルネの治療が行われている位置に戻る。

「彩人……大丈夫?」

 先ほどまで彩人と一緒に気を失っていたルネも、同じく意識を取り戻し隣に寝そべって治療を受けている彩人に話しかける。

「ああ、大丈夫……」

彩人は片手でひらひらと振ってみせる。

「彩人のバカ。大丈夫なはずがないよ……バカ」

「二回も言うなって……」

 軽い傷は治ってきたがまだ肩と腹と背の傷が深く治療にかなり時間がかかる。

「フェルメール、まだいけるか?」

「はい……」

 彩人は気になっていることが山ほどあった。それを察したのか、彩人が話さないように百緑のほうから話し始めた。

「最初に言っておこう。僕たちはOASPだ。おそらくもうそれでわかってしまうだろうからな」

「な――――――」

 OASPとはさっきまで彩人とルネを殺そうとしていた木賊が所属する団体である。この世界の異常プラヴィタスによる問題を解決する組織。彼らが木賊と同じ団体だと知り、彩人に緊張が走る。

「そう固くならないでくれると助かるかな。僕たちには本来狩猟者ハンターの確保・拘束・連行という任務が任されていた。あそこにいる色見支部第六行動部隊隊長である木賊は、その任務の範疇を超えた行為に及び、さらに一般人に危害を与えるという罪を犯した。それ相応の処罰が下されることになるだろう。君たちに危害が及んだことについては深く謝罪したい」

 百緑が頭を下げる。ついでにフェルメールもわずかに頭を下げた。

「彩人。とりあえず、もう安心していいのよ。もうあなた達を傷つける者はどこのもいない」 

 藍が彩人とルネに語りかける。

「って……どうして藍さんがここにいるの?! ―――っ痛い……」

 大声を出そうとしたために傷口が悲鳴を上げる。止む終えず黙り込んでしまう。

「まあ……それにはちょっと、いろいろと話さなくちゃならないことがあるのよ……。つまりは隠しごとをしていた、ということになるわね……」

 申し訳なさそうな顔をして彩人とルネの手を握り、ごめんね、と謝った。

「あなたたちは十分頑張ったのよ、本当に。二人とももう寝なさい。私たちで新代荘まで運んでおくから。それで起きたら話をしましょう」

 彩人もルネも頷く。

(本当に全てが終わったんだな……)

 狩猟者ハンターによる襲撃と木賊の奇行によるこの一連の出来事は、ようやく終わりを告げたのだ。

 だからもう安心して休んでもいい。

 二人とも安心してしまうと急に疲れが出てきたのか、自然と眠気に誘われていく。

(やったな、ルネ。帰れるな、二人で俺たちのいられる世界に)


 彼らはそのまま半日寝続けたのだった。


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