四章(11) 世界を変える力《アルタラティオ》
「お前……」
ルネに歩み寄ろうとしていた木賊が後ろを向く。彼は彩人に何らかの変化があったのを感じる。それは凄まじいもの。
この世界の『異常』な存在。
「……木賊って言ったな……」
「フッ……キャハハハハッハ! そうか! まだ立てたか! お前は本当の化け物だ! だが残念だ、これでこの女の子が赤く染まっていくのを見せることができると思ったのによぅ!」
彩人は木賊をまっすぐ見据える。
「この世界に居場所は無いって言ったよな? 改変者はこの世界にとって消されなければいけない存在だと!」
あぁん? と木賊は首をかしげ、彩人の言っていることを理解すると。
「ああ! お前ら改変者がこの世界にとっては必要の無い存在で、存在することすらおかしいって話のことか? ようやく理解できたか? そうだよ、お前達はこの世界では生きられない。生きてはいけないんだよ! ここに転がっているこのお前の大切にしている奴もなあ! いられる世界なんてのはどこにもねぇんだよ!」
「そうか……」
彩人は一歩一歩と進み始める。
「お前らがそう言うように本当にいられる世界がないんだったとしら……」
(ルネは俺に言った。そして俺も言った。 俺にはその力があると!)
そして彩人は告げる。
白色の少年――――――白上彩人がかつてそう告げたように。
「だったら俺がこの世界を変えてやる! たとえ俺が他に大切なものを失くしてしまったとしても! ルネも俺も! 存在することが許される、俺たちの世界にな!」
彩人はこの世界の『異常』を発動する。空中を舞う雪を結合して『氷の剣』を右手に。彼の傷口から流れ出す血液も結晶化。
「行くぞ!」
彩人の右手に『氷の剣』を携える。
「ハッ、バカじゃねぇのか? なにをほざくかと思えばそんなことか?! そういうのはオレを倒してからにしやがれ!
木賊が彩人の元へと走り出す。
「それにお前の使う氷の結晶化はオレにはもう通用しねぇってわかってんだろうが! いいさ! これで終わりにしてやる! お前の最後だ!」
『異常』が作り出した『氷の剣』とアメンドを纏った棘棍棒。
改変者と修正者。
『世界を変える存在』と『世界を修復する存在』。
二つの存在がぶつかり合う。
「ネタがばれてても『こいつ』の対処法は無い!」
木賊はアメンドの纏った粉を撒き散らす。
「ルネ……」
今から彩人がしようとしていることは、かつての自分が八年前に使った『異常』を発動すること。それは彩人の中に眠る『世界を変える力』。今まで眠っていたその力を、枷を外して解放する。
(お前はあの時、俺を守って俺のことを忘れた。そして『前』のルネは消えたんだ。『前』の白上彩人のことはもう憶えていない。もう決して思い出すことは無いんだ。)
彩人は内なる力に代価を注ぎ込む。
(俺はルネ……お前のことをまだわずかながら覚えていた。やっと……やっと思い出したんだ。でも俺はお前のことを忘れなくてはならない)
今使っている力はルネの持つ『結合』。
それを使用するということは代償を伴うということだ。より大きな力を引き出せば引き出すほど代償は膨れ上がることになっても構わない。
(もう俺は『前』の白上彩人じゃない。お前がその時の記憶を失ってでも俺を守ったって言うなら、次は俺が。俺が、たとえこの記憶を犠牲にしてでも、『今』のルネを守ってやる!)
彩人はかつての銀色の少女に別れを告げる。
そして彼の持つ『世界を変える力』がこの世界に『異常』を引き起こす。
「なぜだ! なぜアメンドの効果が働かない!」
木賊がその時起こった『異常』に呆然とした。空気中には舞ったアメンドの粉があるにもかかわらず、彩人の周囲で『結晶化』が巻き起こる。
彩人の複製は完全なものではない。
だがしかし、それは決して劣っているという意味ではないのである。
『異常』がさらに『異常』と化したもの。
その現象は世界の常識も法則も覆す。だからこそ、それは『異常』なのだ。
彩人の持つその『世界を変える力』はルネの持つ『異常』をさらなる『異常』へと進化させる。
「変化!」
彩人は自分のうちに秘めたその力を氷剣に注ぎ込む。
変えろ。
銀へ。
白へ。
白銀の剣。
彩人の持つ氷剣は、透明の氷という物質の枠組みから外れ、全く別の物質へと豹変する。その物質はこの世界には存在しないもの。元々この世界に無かった存在。
だからこそ。
それを。
この世界の者達はそれが何なのか説明できない。だから『異常』と呼ぶしかないのだ。
『元』氷剣だったそれは一撃では壊れない。
普通ではありえない、考えられないこと。
だがそれはダイヤモンドよりも固く、鋭く、美しく、白銀の輝きを放つ――――――
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
白銀の剣を見た目だけで説明しようならば、光沢を帯びた鋼のようなもの。刃渡りは氷剣の長さを上回り、彩人の体の半分はある。そして、厚さ、大きさもそれに応じて増している。
だが、彩人の支えることのできる重量。
全ては彩人の力によって変えられたもの。それは自然と彼に適応するように変化をし続ける。
「―――――――ッ!」
白銀の剣は空気中に自由落下していく雪を引き寄せる。それらは白銀の剣と同じ物質と思われる光沢を纏った帯状となる。さらに帯状を形成したそれらは白銀の剣を取り纏い始める。
――――――放つ――――――
白銀の帯は斬撃と化す。
「ぐっ……」
木賊は斬撃を棘棍棒で受け止めようとするが、ずりずりと後ろへ追いやられる。アメンドを纏っているはずなのに、相殺させることができない。
いや、相殺は確かにしているのだ。
ただその速度があまりにも追いついていないから。その異常と渡り合えるほどの力を木賊は出せていないのだ。
「クソがッ!」
木賊は棘棍棒を斜めに傾けることで白銀の帯による斬撃を何とか横に受け流す。横に反れた斬撃はあっという間に雲散霧消した。
彼は倒れ掛かりそうになった体を棘棍棒を地面に突きたてることで支える。
対する彩人は白銀の剣を構えなおす。
左肩を打たれているため左腕は使えない。だから右手一本で振るっているのだが、苦は無く振ることができる。
「これが……変化……」
この世界の異常。
『複製』。
『結合』。
『変化』。
三つの異常が統合され、さらに異常と化して創造されたその剣。
迂闊に触ってもいいものかはわからないが、彼は剣を撫でてみようとしたところ……。
バチッ。
白銀の剣は彩人の手を弾いた。彼は電流が走ったような痛みを感じる。
剣は絶えず変化し続けている。一目では判断しづらいが、よく見ると形を一定に保っていないのが確認できる。
「それが……S等級か……。最も世界を変えうる力、納得だ……。こんなものがこの世界に存在していたら、なにが起こるか検討がつかない。まさしくこの世界から消さなければいけねぇ存在だ」
木賊は鼻を鳴らして笑う。
「ようやくラスボスっぽくなってきたなぁ! 少年よぉ! これで殺しがいが増したってわけだ。そして俺も本気を出せるってことだからな」
彼は立ち上がって左手に通したブレスレットを彩人に見せ付ける。
「修正者は異常をこの世界から消滅させるという世界からの使命を受けた者だ。だがな、そんなものを素直に受け入れているのは神話的な物語の信者どもだけ。たとえ改変者であっても、修正者であっても二大勢力としてきっちり分けられちゃいねぇんだよ。OASPの中にだって二つの存在がともに活動している。狩猟者どもも同じだ」
つまり、と。
「修正者だから改変者の力を使ってはいけないなんて決まりはない。オレは特別一部だけが修正者の力を持っている。そのおかげで物に宿った異常なら右手で自由に操れる」
木賊のブレスレットが異常を発動する。
それは周囲に風を巻き起こす。
「こいつがオレの専売特許だ。さぁ始めようか?」
ああ、と彩人は短く答えて。
「いつでも準備はできているさ」
剣の切っ先を木賊に向ける。
「「行くぞ!!」」
彩人は白銀の剣を振り下ろす。そして斬撃を生む。
木賊はそれをさきほど同じようにアメンドを纏った棘棍棒で受け流しながら一気に彩人の懐へ入ろうとする。
(これが一撃目に使った異常か!)
棘棍棒を持っていない手は風を渦として生み出す。その風は蜜での濃い、触れれば切り裂かれる風。
彩人は足で地を蹴って横に避ける。
「甘いなぁ」
「ッ――――――!」
突如、風も彩人が避けて方向に横へ伸びた。本来形としては現れないはずの風が、一定の形を成そうとして密になっている。
彩人は慌てて白銀の剣を自分の前へ持ってくる。
だが風に固定された形はない。
突風で彩人の足はふわりと浮き、剣を避けて彼にいくつもの切り傷を作る。
この間にも木賊は迫り来る。
木賊は再び左手を振りかざし、そして剣を振り下ろすようにまたその手も振り下ろされた。
風による斬撃。
彩人も白銀の斬撃を放って迎え撃つ。
二つの斬撃の衝突。
「チッ……」
風の斬撃は白銀の斬撃に勝らなかった。衝突の末に打ち勝った銀色の斬撃が木賊へと向かっていく。
左手から生み出した風を推進力として利用して斬撃を交わす。すぐさま次の攻撃へ移る。木賊の動きは彩人の動きとは別物だ。やはり元々の個体としてのステータスがここに響いてくる。
彩人が逃げようとしても、木賊は追いつくのは確実だった。
「お前、片腕しか使えないんだろ?」
棘棍棒と白銀の剣が羽音を鳴らして衝突する。
これで彩人はもう防御を取れない。そこへ容赦なく攻撃を叩き込もうとする。
だが。
その前に白銀の剣が棘棍棒を真二つに切断した。
やむを得ず木賊は左手を使って白銀の剣を防ごうとする。木賊のブレスレット持つ異常の力を全開にして。
二つの異常の激突。
「くっ……」
「……」
お互いに後方へ飛ばされた。またも二人の間に空間ができる。
彩人が体勢を立て直そうとしたその時――――――
消える。
白銀の剣が消滅していく。
(ここで限界だって?!)
彩人の持つ『複製』完全に相手の異常を完璧に複製できるわけではない。いつかは限界が来て、消滅してしまう。
まずい。
彩人は焦る。このまま消えてしまえば彩人は力を失う。元々は無力なただの少年。だが他人の力を借りることで、初めて戦うことが可能になるのだ。
それを失ってしまえばまた無力になる。すなはち、木賊の攻撃から身を守る術を失くすということ。
「おやおや?」
木賊はそのことに気付いてしまった。
「そうか。そうだったな。複製には限界があったんだったな。そいつが消えてしまえばお前も終わりだ」
どうする。
彩人は必死で思考を巡らせる。このままではいけない。また使えるようにするにはルネの手助けがいる。
(待てよ……奴の使っている異常は複製できないのか?)
今、木賊が使っているのは異常だ。アメンドの力は複製できなくとも、そちらの方だったら可能性は十分ある。
しかし、それは誤りだ。
彩人が複製を行う時、彼はルネの手を触って複製を発動した。現在、木賊の左手は風を纏ったままだ。そこへむやみに触れようとするならば、逆に手を切り落とされるのが落ちだ。
やはりルネの力を借りるしかない。
そう思った彩人は視線だけを移動させてルネの位置を確認しようとする。
(――――――な!)
彩人の右方。彼が見たのは、ゆっくりと体を起こそうとするルネの姿だった。
両手を地に着き、のっそりと立ち上がる。
「さあ、もう終わりかな?」
幸い木賊はまだそのことに気付いていない。ルネに再び襲い掛かるということは起こらない。
(今すぐルネの元へ行かないと!)
もう一回だけ持ってくれ、と願い消えかかっている白銀の剣を持って木賊へと走り出す。
斬撃を放つ。
木賊はもちろんそれを防ごうとした。
その間に彩人はルネの元へ一気に駆け寄る。
「―――起きていやがったのかッ!」
彩人が斬撃を放った後、次なる攻撃放たずに違う方向に走り出したのに、木賊が気付いた時にはもう彼はルネの手を取っていた。
「ルネ、大丈夫か」
「うん……彩人に比べたら平気……」
かくいう二人とも、もう服は血で染まり傷だらけだ。
彩人は言う。
「ルネ、力を貸してくれ」
「バカ……貸すけど、次は一人で戦ったりしないでね……。ルネも頑張るから」
ルネの冷えた手が彩人の手を包む。二人ともぬくもりを感じ取る。
そして複製を発動させる。
「ハッ、てめぇらまとめて消してやるさ!」
突風を巻き起こすと、左手に鎌のような形を成して風が集められた。それは今までの切断力を超える鋭利さを意味する。それを携えた木賊が左手を構えて駆け出す。
「ルネ頼む」
「うん」
彩人は白銀の剣、ルネが氷を作り出していく。
ルネの生み出した氷は白銀の剣に纏って、影響を受けて白銀へと変化する。これで準備は整った。彩人も剣を構えて駆け出した。
世界の『異常』が再び、交錯する。
「死ねえぇえええええぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うぉおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
二人は異常の力を全開にまで引き上げる。そして、衝突の直後、爆風と凍結が瞬時に巻き起こった。
「俺は――――――」
白銀の剣と風の鎌が再生を行いつつも、どちらかが破壊されるまで互いを削り合い続ける。
木賊の生み出した風の鎌が形を崩し始めた。彼は右手―――アメンドの使えるほうの手で白銀の剣を押さえる。そして鎌が粉砕された後には、風を纏った手も使って白銀の剣を押さえ込もうとする。
とある少年はかつて失敗した。
大切な人を守りきることができなかった。
もうその少年はこの世界にはいない。
そして、その少年が守りたかった大切な人ももうこの世界にはいない。
彼らは二人ともいなくなったのだ、この世界から。
だが、彼らは生まれ変わった。
『次』の自分たちとして。
彼らは『前』の自分たちのことを知らない。憶えていない。
それを思い出すことはもう二度と叶わないだろう。
彼らはそれでも『今』を生きる。
しかし世界はそれを拒もうと、彼らを排除しようとした。
彼らはこの世界で生きられない。
ならば、どうすればいいか?
そのようなことはもう既に――――――――――――決まっている。
「―――――-この世界を変えてやるッ!」
世界は。
変わる。
白色と銀色が混ざった。
白銀の世界に。
四章終了です!