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Pravitas World  作者: 月草
silver---world
17/46

二章(5) 二人で初めての……

 彩人あやとは昨日のようにあいの部屋『〇〇一号室』に真っ先に向かったのだが、ドアノブを回すが鍵が掛かっていた。

(自分の部屋にいるのか?)

 今度は階段を駆け登り『〇〇五号室』の前に立ってドアをノックしてみる。

「ルネー、いるかー」

 するとドアの向こうがわで、ドタドタと音がする。来たな、と彩人が思ったら次は、ドテン、と大きな音がした。

(大丈夫かよ……)

「開けるぞ?」

 ドアノブを回しドアを押すのだが。

 

 ガチャン。

 

「あれ?」

 どうして開かないのかと気になって確認してみるとチェーンが掛かっていた。

「入っていいよ」

 中からルネの声。

「いや入れないから……」

 チェーンのロックはドアの内側からしか開けることができない。だから彩人は開けてもらうためにルネを呼ぶ。

 ルネがドアの元に駆け寄ってきた。

「入らないの?」

「入『れ』ないの」

 昨日と同じように、どうして? と顔で語っている。

「この鍵のことは聞かなかったのか?」

「藍が一人の時は危ないからって、掛けるように言われた」

「うん。で、それでこれをはずさないと俺は入れないんだけど……」

「そうなの? あ、そっかこれも鍵だもんね」

 彩人は、このようなことは当たり前のようなことではあると思うが、ルネにとっては常識ではなく悪気はないので責めるようなことはできない。

「そうだ。ルネも部屋を出る時はずさなかったのか?」

「はずしたよ?」

 これまた当然のように答える。

「……」

(なぜ? もしかしてこの子、天然?)

 彩人は頭を悩ませる。

「だって、彩人は開けられると思ったもん……」

(俺はそんなテクニシャンなスキルは会得していない!)

「……まあ、とりあえずはずしてくれ」

 カチャ、とチェーンのはずれる音とともにドアが開くようになる。

 ルネの服装が朝と変わっている。彩人には見覚えがあった。

 朝は寝間着として使っていた若葉の服の上にうさぎエプロンという組み合わせだったのだ。しかし、今は、上はフード付きの白い上着を着てチャックを上の方まで上げている。下は紺色のジャージ。

 これまたルネの着ている服は若葉の服であった。若葉より背が低いため服のサイズが合っていなくて袖が余ってしまっている。

「やっぱり帰って来たんだね」

 ルネが彩人の帰宅を予期していたかのような口ぶりをする。

「やっぱり?」

「藍が言ってたよ。後、帰ってきたらこれを渡すように、って」

 言うままに、彩人は紙切れを渡される。

 恐るべし新代藍の予言。彩人が今日学校をサボって新代荘に戻ってくることまで見越していた。


 そしてその紙に書いてあったとおりに彩人はルネを連れて町へ出た。


   ■□■□■


 午前九時。

 今頃、皆は学校で勤しんで勉学に励んでいることだろうな、と思いながら彩人は目的地に向かっていた。

 彼の隣ではルネがフードを被り、顔を隠すように下を向いて歩いていた。

(まあ、ルネは目立っちまうだろうから)

 彼女は銀髪をはじめ、白い雪のような容姿をしている。

 それは彩人たちが住む町の住人とは、全く別の世界に住む人のように見える。

 そのためルネは周りの人から浮き彫りになって目立ってしまうのだった。

(ルネが人見知りで恥ずかしがりやだったとは……)

 彩人から見た彼女の印象は、誰とでもすぐに打ち解けることができる女の子、であった。

 ルネが新代荘にやってきてすぐに藍、幸祐、若葉の三人とも初めて会ったというのにたた一日で打ち解けて、さらに朝の馴染みっぷりと、そのように思うのであった。

(俺たちが特別だったのかなあ)

 たまたまルネにとって俺たちは接しやすかった、ということだろうかと考えた。

 平日ということもあり町を歩く人はそれほど多くは無かった。それでも歩いていれば何人かの人とはすれ違う。その度にルネはフードを手で下に引っ張り深く被る。

 彼女が下を向いて歩いているので、たまに対向から来る人にぶつかっていきそうになる。だから彩人はその際、ルネを誘導して自分の方へ寄せて避けていた。

(これじゃあ一人でまともに外を出歩けないんじゃないか?)

 藍はこれらのことを予想していた。

 だからわざわざ、ルネに大き目のフード付きの服を着させていたのだった。それと彩人が受け取った紙にも気をつけるようにと書き添えがあった。

 ルネがこうまでして出かけるのにはちゃんとした理由がある。

 藍からの伝言によると、ルネの身の回りに必要なものを揃えろ、と。買うもののメニューは一覧にしてしっかりと書いてあった。

 メニューの中は主に衣類。

 いつまでも若葉の服を借り続けるというわけにもいかないからだ。

(サイズ合ってないしな……)

 だから彼らの目的地は服屋もテナントとしてとりこんでいる総合スーパーマーケット。そこならば服以外の買わなければいかないものも揃えることができる。

「彩人ぉ……」

 フードの中から聞こえるわなわなした声。

「なんだ?」

「まだ着かないの?」

 一刻も早く通りから抜け出したいようだった。

「たぶん店の中に入っても変わらないと思うぞ?」

 そうこうしているうちに目的地に到着。

 店内は(ルネにとって)幸運にも客はそれほど多くは無かった。平日の上、この時間帯というのに要因があるのかもしれない。

「どれがいい?」

「わからない……」

 彩人にもルネにどんな服が似合うとなどわからない。

「試着してみるとか」

「しちゃく?」

「一度着てみるってことだ。それでどの服がいいか選んで欲しいだが……って、おーい」

 ルネはいつの間にか店内の隅に移動していた。手招きして、付いて来させる。

「……。別のところも見てみるか」

 ポケットからメモ用紙を取り出す。

「えーと、部屋着を少なくとも二着、寝間着も二着、あとは――――――んんっ?!」

 彩人は買うものリストを上から順に見ていって、とある欄に目が止まる。

 ルネは自分の服を一着も持っていないというわけで、つまり。

 もちろん含まれていた。

 外から見えない服以外のもの。

 そう。

(下着っ!)

 男のロマン。

「ルネちょっといいかな? って、あれ?」

 いつの間にかまたルネが隣から消えている。右左と店内を見回すと店の奥の方、彩人が見える位置にルネが立っていた。

 隅によっているルネを手招きすると、とぼとぼ歩いてきた。

「どうしてまたあんなところにいたんだ?」

「だって……」

 彩人の視線を追ってみると彼らとは別の客。つまり、ルネは他の客が店内を巡らない位置まで移動したということだ。彩人は、極度の人見知り体質によるものと察する。

「まあいいや。で、本題はこっち。さすがに下着は自分で選んで欲しいのだが……」

 大声では言うことができないので、彩人はルネの耳元で控えめに囁いた。

「へぇぃや?!」

「いやいや『へぇぃや?!』じゃないって」

「だって……彩人がいきなり下着なんて言い出すから」

 まるで自分が変態扱いされているようではないか、と彩人は思う。彼は否定する。断じて変態ではない、と。

「ルネの服を買いに来たんだろう?」

「そうなの?」

「藍さんに聞いてないのか?」

「彩人に紙を渡してって頼まれたから。そしたら渡された後に『出かけるぞー。支度しろー』っていうんだもん」

 今はそのようなことより重要なのは彩人にとってはどの服を買えばいいのか、という課題である。

 用が済んだと思ったのかルネはすたすたとまた店の隅へと移動し、彩人のほうを見ていた。

 なので仕方なく、今は一人で店内を物色している。

 彩人は陳列している女性用服を目の前にして悪戦苦闘していた。

(藍さんはどうして俺にこういうことを任せようとするんだろうか……)

 同じ女の子である若葉に任せればいいのではないか、と考える。

「どうかされましたか?」

 店の女性店員が気を利かせて彩人に話しかけてきてくれた。

「え、まあ」

 彩人はこういう受け答えはあまり得意ではない。

「プレゼントですか?」

 店員は、彩人が一人で女性服コーナーにいるので勘違いされてしまった。

「えっと……あの……あそこにいる子の服を探しているんですけど」

 彩人は店内の片隅にいる一人の少女を指差して事情をその人に伝えると。

「彼女さんへのプレゼントですよね」

「か、彼女?!」

 あまりに唐突に言われてしまったので声をあげてしまった。

「す、すみません。失礼しました」

 勘違いに気付いた店員が慌てて彩人に向けて頭を下げつつ謝罪するのを、彩人は「いいですよ、いいですよ」と言って頭を上げさせる。

「お探しのものはなんでしょうか?」

「えっと……」

 彩人は藍から渡されたか紙に目を落とす。

「部屋着、寝間着、出かける時の服、あと……下着も……ですね」

「では、あちらの方の服のサイズはわかりますか?」

(しまったな……。ルネの服のサイズぐらい測っておくべきだったな……。背丈すらもわからないや)

 と、またも困っている様子を見て店員が気遣いをする。

「ちょっと、あちらの方をお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。ルネー」

 ルネは先ほどからずっと同じ場所に立って店内を見渡していた。呼ばれた彼女は彩人のほうに視線を戻すと、手招きされていることに気付き行こうとするのだが。

「っ!」

 彩人の横に立っている店員に気付くと、石像のように体が硬直して動作を完全停止。

 ルネは呼ばれたからには行かなくてはならないと思いつつも、足の裏が床に張り付いたように歩むことができない。

「すみません、ちょっと極度の人見知りの子で……」

「そう……ですか」

 店員を困らせてしまって申し訳ない、という気持ちでいっぱいになる。ただでさえ受け答えは苦手だと言うのに、さらに厄介な事態を作ってしまっている。

「そうですね……」

 店員はまじまじとルネを見る。二人の距離は約三メートル。

 続けること五秒。

「おおよそのサイズならわかりました」

「ええ?!」

 彩人は店員の顔を見る。

「あくまでもおおよそになってしまうのですがね」

「そんなことわかるんですか?」

「ちょっとした特技ですね。センチ単位―――部位にもよりますけど身長や胸囲、胴囲ぐらいなら」

「すごいですね……」

 本気で感心してしまっている彩人は、これならルネが他人に近づかなければいけないことも無いだろうと思った。

「でもちゃんと測ることをおススメします」

「いえいえ、全然いいですよ」 

「では少々お待ちください」

 店員はそれだけ言って店内を回りだした。そして二十秒ほどで彩人のもとに戻ってくる。

「これは……」

 彼の目の前には店員が持ってきた大量の服(その他もろもろ)が掛かっているハンガーラック。

「とりあえずこちらにお客様のサイズに合うものを揃えてみました」

「これ全部ですか?!」

「はい。どうぞよろしかったらこの中から選んで試着されてみてはどうですか?」

「あ、ありがとうございます!」

 そうして店員は店の奥へ去っていった。

(これ全部ルネのサイズ用なのか? すげえ……。メジャーもなにも使ってない。プロだ。あもしくは勇者だ)

 ともかくもあのような店員がいたことは何より助けとなって、彼はお礼とそれに加えて敬意を払った。

彩人はルネに気を使い、店の奥の方に設置された試着室を選んで、一緒に移動する。ここは店内でも死角になり人目を避けることできるので彼女も落ち着いている。

「とりあえず、ひとつ着てみろよ」

「うん」

 ルネは店員が揃えてくれた服の中から上下一つずつ手にとって試着室に入る。

 しかし入ったことはいいものの、なかなか次の行動に移らなかった。

「どうした? 着ないのか?」

「わかった……彩人あっち向いて……」

「お、おう」

 言われるがままに彩人は背を向ける。

(ん? 何で後ろ向かなきゃいけないんだ? まあ気にすることも無いか)


 カサカサ、と。 


 背後から服が肌と擦れている音。

 つい耳がその音を聞き取ろうと傾いてしまう。

 後ろで女の子がお着替え中。

(いかんいかん! 想像しちゃだめだ!)

 彩人はじっとしているのがつらくなってくる。

「なあ、まだ――――――」

 だから待っていられなくなって彩人は何気なく後ろを振り返った。

 この時に彼は『まだか?』とルネに対して聞こうと思っただけだ。

 

 他意など無かった。

 そう、ただ自然に。

 自然に振り返っただけなのだ。

 やましさのかけらも無い。

 絶対に。

 だって、カーテンが開いているなんて考えるわけがないじゃないか、着替え中に。

 

 以上、彩人の弁解。

「――――――か、あぁ……」

 彼の目が留まる。

 思考も止まる。

 体の動きも止まる。

「?」

 それに気付いたルネも同じく静止してしまった。

 まるで時間が一瞬止まったようだった。

 そして再び時間が動き出す。

 まず二人は目を合わせる。

 次に顔が夕焼けのように真っ赤になっていく。

 最後にお互いにの口が開いていき――――――

「あ、ぁ、ひっ、あ、ぁあ」

 言葉にならない高い声がルネの口からこぼれる。

 その言葉にならないものが、しっかりとした声となったらどうなるのだろうか?

「ま、まま待て! 落ち着け!」

 ここは公共の場であって。

 確かに客が少ないとは言っても。

 やっぱり他人はいるのであって。

「ここでそれは駄目ぇええええええええ!」

 彩人の願いは無残に散り去り、店内に一人の少女の甲高い叫び声が響き渡ったのだった。


   ■□■□■


 帰り道。

 往路とは違った点が一つ。

 彩人とルネの間に妙な距離がある。

「はぁ……」

 彩人はこれほどまでに無い深い深いそれは奈落の底に落ちるように深いため息をつく。

 原因は店での事件。

 彼が待ち遠しくなって振り返ったそこには、砂糖でもまぶしたかのような白く美しい上半身。下半身も 同様に白い肌が見えていたのだが、もう一つに白い布がその肌を包むように存在していた。

 つまり、上半身は裸で下半身は下着一枚という姿のルネが、ちょうど試着した服を着ようとしている最中だった。

 もちろんのこと彩人は、その後ルネは叫び声をあげたせいで、サイズを当てる特技を持った店員に事情を必死で説明する羽目となり、挙句の上、超絶ビンタをルネに食らわされることとなった。

 ルネは着替える前に「あっちを向いて」と言った。

 その言葉の本当の意味を理解することができなかった彩人は迂闊だった。

 彼女は自分たちとは知識や常識に少し違ったところがある。それは彼女と出会って昨日までの二日間だけでも十分にわかったはずである。

 ルネは試着室の使い方を知らなかったのだ。そこにあるカーテンを閉めればいい、という彩人たちにとっての常識は彼女には通用しなかった。

「な、なあ?」

 先を歩くルネに声をかけてみる。

 が、彼女の後姿からは返事が返ってこない。

「……」

 そのことがあった後、服はしっかり購入。その時まではルネも渋々ながら服選びに付き合っていた。

だが、選んだ服をレジに通してからと言えば、ずっとこのような感じである。

「はぁ……」

 またため息をつく。

 もう何回しただろうか、彩人には数える気も無い。

「ごめんって! あれは事故だって! とりあえずなにか言葉を返してくれよー。ルネぇえ!」

「彩人のバカ」

 昨日も色々とあったが今回は「彩人が原因」という形になった。

 

 だけれども、それでも平和だった。

 新しくルネが加わった日常。

 これはこれでいいのかもしれない。

 新代荘はこれからこんな風に賑やかになっていく。

 彩人は心の中でそう思った。

 それは本当に平穏な日常。


 日曜日の出来事なんか無かったことに思えるくらいに。

silver編、折り返し地点まで来ました! 二章はこれで終了。次からは、三章入ります! ここから彩人たちの日常がまた崩れ始める。追記:そのうち挿絵が入る……かも?

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