一章(8) 週末の延長
ここは『〇〇一号室』、新代藍の部屋。
藍は少女が寝ている横で座っていた。もう彩人たちが帰ってからずっとこうしている。今頃彼らはもうおそらく皆眠っているだろう。
「やっぱり……この子なのね」
藍はその少女の名前を独り呟く。誰に語りかけるわけでもなく、いや自分自身に語りかけているのかもしれない。
「また……私たちはあの世界に戻らなければいけないのかもしれないわね……。もう二度と関わらない。もうあの子達を巻き込まない。私が守ってみせる。そう心に決めたつもりだったのにね……」
独り言は続く。
「この子がなんでこんなところにいるのか確かめなくちゃいけないわ。もし奴らがこの町にまた……。また狙いに来ているのだとしたら……いや、それは不自然すぎる。この子が一人でいるってことはありえないわよね……」
藍はルネの頬に優しく手でなでる。
「二度と関わらないって決めたけど……」
藍は立ち上がって電話の前に行って受話器を取る。
「やっぱり気が進まないわね……」
受話器を取ったものの電話番号を押そうとしない。
(あー、もう! あいつに掛けるのか!)
頭を掻く。
「これはあの子達のため!」
決心して電話のボタンを押していく。その電話番号にはもう何年も掛けていない。昔の知人であり、それ以上に仲間であった者の元へと電話を掛ける。
プルルルル、と五回ぐらい鳴って、もしかしたら出ないのではないかと、期待してしまったが、期待はすぐに打ち切られる。
『もしもし?』
男の声。懐かしい声だ。
「久しぶりね……」
藍は気乗りしない調子で語りかけた。
名乗ってもいないのに電話の相手はすぐに理解したらしく、
『ああ久しぶりだね』
と、返事は藍と相反して明るく、うれしさを隠しきれていないのか軽やかな調子だった。
『どうしたんだい突然? もう二度と掛けてこないと思っていたのに。まあ一応こちらの電話番号は変えておかなかったのは正解だったね。変えてたら君はこうして僕に掛けることはできなかったんだからね』
「ええ、二度と掛けるつもりは無かったわ。あなたの声も二度と聞きたくなかった」
『ひどいなー。どうだい最近。子守で忙しいかな?』
「あの子達はもう高校生よ」
藍はそっけなく答える。
『ほう、たくましくなったもんだな』
「それより……」
『君は今でも昔みたいに綺麗かなー』
電話の相手は久しぶりに藍の声を聞けたので心が浮いているようだった。
「いいかしら?」
『はいはい。せっかくの何年かぶりだっていうのに』
「八年」
『あの子の時が最後か、なんて言ったっけ、白上彩人、君?』
「本当、あなたは鬱陶しくて憎たらしいわ」
『そうさ。間違ってないよ。で。』
電話の相手は一拍おく。
『何があった?』
先ほどまでの浮かれたトーンも話し方もどこかへ消え去ってしまったかのように、真面目になる。電話越しにぴりぴりとした空気が伝わる。
藍は本当にこいつに話していいものかと躊躇う。昔からどこか食えないところのある男だった。迷っているうちに電話の相手のほうから話を振ってきた。
『来訪者のことかな?』
藍はその言葉を聞いて背筋に寒気が走る。
(勘の鋭いやつめ)
相手は大方、こちらの話そうとしてることを読んでいるようなので、包み隠しても無駄だと判断した。
「ええ、そうよ。『あの時』の続きが始まるかもしれないわ」