一章(6) 最後の言葉
彩人の安心は一瞬で恐怖に変わる。
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
男はゆっくりとした足取りで彩人たちに近寄ってくる。
「灰にしてやる! 何の形をとどめることなくただ灰となれ!」
男が右手を天に高く突き上げて、その腕が炎の渦を巻く。次々と生み出される炎の渦は手の先へ昇り集約されていく。集約された後、炎は球体を形成。まるでコロナを纏う太陽のようだ。
(なんだよあれ……)
火炎球は大きさを増し続け、それを掲げる男の体よりも大きくなる。
これに当たってしまえば本当にただ灰となるか、灰さえ無くなってしまうのではないかとも思えてならない。
彩人にはどうすることもできない。
防ぐことも。逃げることも。
ここで少女に助けを求めたとしても、無理だろう。氷壁で防ごうとしても一瞬にして打ち砕かれてしまうのがおちだ。
窮地。
本当の絶体絶命。
終わり。
「図に乗るなよ、世界の『バグ』が」
三回の銃声。その音がした直後。
「がはっ」
男は口から血を吐き出した。
三発の弾丸に撃ちぬかれた彼は火炎球のコントロールを失う。制御されなくなった。火炎球は球体を保つことができず、無数の火の粉となって散らばる。
彩人は少女に預けていたダウンジャケットをとっさに掴んで頭から被り、少女の上にかぶさるように彼女を庇う。
「くそ……。てめぇら『OASP』の連中……か」
「これより改変者の削除を行います」
乱入者の一人が言う。
彼らは全部で三人。二人は黒服に身を包みいかにも怪しげな人物で、残りの一人は装飾品だらけのチャラついた格好をしており他の二人と比べて若い。二十歳ぐらいに見える。
(助かった?)
彼らが男の動きを止めてくれたおかげで火炎球は防がれたが、彼らはそれを防ぐために拳銃を用いた。そのようなことをするならば一般人であるわけがない。
敵か、味方か。
まだ安心はできなかった。
「待て『T2』、部外者と思われる二名を確認」
「『T1』了解。どうされますか? 木賊さん」
木賊。
そう呼ばれたこの集団のリーダーらしき人物は薄気味悪い笑みを浮かべてブレスレットやネックレスをちゃらちゃらと鳴らしながら、どうしようか、と顎に手をあて考える。
そして彼の口から解き放たれたのは。
「殺っちゃえ」
「了解しました」
(なに!)
黒服の一人が拳銃を持ち近づいてくる。
「殺されてたまるか!」
そう叫んだのは炎を操っていた男だ。
炎を灯した手で黒服の男の顔面をわしづかみにする。
「があああっ」
炎で顔面を焼かれうめき声を上げる。
彩人たちに向かっていた黒服の人もそちらを向く。
「へぇ、頑張るねー」
木賊は少し離れたところからこの現場を見物しているようだった。仲間がやられているのに、楽しんでいるようにさえ見える。
「貴様らまで邪魔しやがってえええ!」
今度は男の周囲で渦を巻く。
もう一人の黒服は腕を組んで防御体制。男の攻撃は今はもう彩人たちに向けられていなかった。
「彩人……」
「き、君!」
少女はまた目を覚ましていた。まっすぐ彩人の顔を見つめている。
「今からルネが彩人を守るから」
「ルネ? それが君の名前? ……っていうか守るってどういうこと?!」
ルネと名乗ったその少女はその場に立ち上がる。
彩人には今から彼女がしようとしていることがなんとなくわかった。彼女が使う特別な力でこの場を鎮めようとしている。残りの力がわずかだというのに。それには対価があるにも関わらず。
ルネは言う。
「いい彩人? たぶん『今』の彩人にはわからないと思うからさ、ルネが変なこと言っているように聞こえると思うけど聞いてくれたらうれしい……」
「え?」
「また巻き込んじゃって、ごめん。たぶんルネも次に目が覚めたら『今』のルネではなくなると思うから。もし、また危ないことがあっても大丈夫だよ。だって彩人には『世界を変える力』がある。だから諦めちゃ駄目だよ」
「それはどういう……って、ルネ待って!」
彩人の言葉を待たずにルネは前へ踏み出した。ふらつきながらも前へ。彩人から離れていくように前へと。
「彩人。最後にまた会えてよかった」
ルネは最後に彩人の方を振り返り――――――初めて笑顔を見せた。だがそれはどこか悲しげで。
次の瞬間。
とても綺麗な銀色の光がその場をを包み込んでゆく。
銀色の光が彩人の視界を覆う。
「チッ、あいつも改変者だったか! 『T1』『T2』引き上げだ!」
これから起こることの危険性をいち早く察知できたのは新たな乱入者のうちの一人、木賊だった。部下二人に退却を命じる。
(眩しい……)
彩人はあまりの眩しさに目を開けることができない。この光の中で何が巻き起こっているのかまったくわからない。
やがて光は収束を初め、また元の暗闇へ。先ほど火炎球による火の粉が無数に飛び散って周囲の木々に燃え移っていたはずなのに、今は蝋燭のように軽く枝などに火が灯っているだけだった。
光が消えた時には全てが終わっていた。
炎を操る男も、新たに乱入してきた謎の三人組も姿はなくなっている。
この場に残されたのは彩人を除いて一人だけ。
「ルネ!」
その場所に残されたのは銀色の髪の少女。彼女の体力尽きたように倒れた体の上に天から粉雪が舞い降りる。彼女と似たその雪は彼女の体を溶け込ませて、このままでは彼女を覆い隠してまいそうだった。
彩人は急いで少女の元に駆け寄った。そして抱きかかえる。
「大丈夫か! おい!」
声をかけても少女は目を覚まさない。あの光は間違いなく彼女が氷を出現させたように、何か特別な力
を使って引き起こしたのは明らかだ。おそらく余力を全て使い果たしたのだろう、と彩人は思う。
(とにかく早く連れ帰ろう!)
彩人はルネを背負い新代荘へ急いだ。